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パク大統領罷免とTHAAD配備に中国は?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
朴槿恵大統領弾劾訴追 憲法裁、罷免を決定(写真:ロイター/アフロ)

THAADの韓国配備に賛同したパク・クネ(朴槿恵)大統領が罷免された。中国は大喜びだ。一方、直前にアメリカがTHAAD配備の既成事実を作ったことに中国は激怒。軍事行動を示唆したり、米朝に自制を求めたりもした。中国の韓国次期大統領への思惑は?

◆パク大統領罷免を歓迎し、次期大統領候補・ムン氏に期待する中国

3月10日、韓国の憲法裁判所はパク・クネ(朴槿恵)大統領の弾劾を妥当とし、罷免を決定した。

裁判が始まるとCCTVは生放送で全ての推移を逐一報道しただけでなく、裁判長の言葉をすべて時々刻々文字化して同時報道した。中国政府の関心の高さがうかがわれる。

なぜなら、これを受けて始まる次期大統領選挙では、ムン・ジェイン(文在寅)氏が有力と見られているからだ。ムン氏は親中・親北朝鮮であるだけでなく、反日でもあり、そして何よりも「韓国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備反対派」だからだ。

中国では、2016年8月に東亜日報がムン氏に関して報じた「THAAD配備が現実のものとなっても、政府は最善を尽くして中国を説得し、関係悪化を防がなければならない」という報道を、最近になって大きく扱っている。ムン氏はそれ以前には「THAAD配備反対」と明言したことさえある。

もともと中国はパン・ギムン(潘基文)元国連事務総長を手なずけ、韓国次期大統領として陰に日向に応援してきたが、今年2月1日、潘基文氏は緊急記者会見を開いて次期大統領への出馬断念を表明した。庶民ポーズを示そうとしたパフォーマンスが逆効果となって人気が暴落しただけでなく、親戚のスキャンダルが追い打ちをかけたのが原因のようだ。となれば、支持率が最も高いムン氏が有力となる。

中国にとって実は、ムン氏以上に条件が揃った大統領候補はない。

そうでなくともCCTVはここのところ毎日のように、韓国内におけるTHAAD配備反対派の抗議運動を大きく取り上げて報道しており、「THAADが配備されれば、韓国はまたもや戦争に巻き込まれ、かえって平和を失うことになる」という韓国の一般庶民の声を拾い上げたりなどしてきた。韓国内でTHAAD反対の機運が高まり、選挙の票を得るために韓国の選挙民の意見に同調した政党が勝利し新たな政権が生まれることに、中国は大きな期待をかけている。

◆THAADの韓国配備開始に中国激怒――いざとなれば軍事行動

その裏を読むかのように、大統領選が始まる前にパク政権が決定したTHAAD配備政策を、ギリギリ滑り込む形で断行した「米韓の狡猾さ」を、中国は口を極めて攻撃している。

なぜなら、そのタイミングにピタリと合わせて、3月7日、THAADの韓国配備が始まったからだ。韓国国防部は、6日夜、THAAD発射台2基などが韓国に到着したことを明らかにした。2カ月以内には残りの装備の搬入も終わり、4月にはロッテグループが韓国国防部に売り渡した星州ゴルフ場跡に移され、発射可能な段階に入る予定になっている。

中国の中央テレビ局CCTVはこれに関して速報で報じた。また中国外交部報道官は8日の定例記者会見で、「われわれは必ず必要な措置をとって中国自身の安全と利益を守る。このこと(THAAD配備)が招く全ての結果は、米韓が責任を負わなければならない」と強い語調で米韓を批難した。

この「必要な措置」とは何を指すのか。

2月23日、中国国防部の報道官は、韓国のロッテグループが韓国国防部とTHAAD配備のための土地の交換契約をすると宣言したことに対し「中国の軍隊はすでに必要な準備をしている」と宣言している。つまり「いざとなれば、軍事力を行使する」という意味だ。中国のネットは一斉にこの言葉を転載し、中には「国防部:THAADの問題は中国の軍事力にモノを言わせる」といった表現で伝えているものもある。

◆王毅外相:武力より対話を!

このように脅しておきながら、3月8日、王毅外相は全人代(全国人民代表大会)の外交部記者会見で、以下のように抗議した。

1.朝鮮半島の情勢は、まるで二本の列車が互いに譲らず絶えず加速しながら走っているようなものだ。双方とも正面衝突をする準備ができているのだろうか?赤信号をつけ、ブレーキをかけろ!

2.中国は二本のレールのポイントを切り替える役割を果たす。(中国が唱えてきた六者)会談の道に戻る以外に、解決の道はない。

3.韓国は崖っぷちから馬を引き返せ!THAADを配備すれば、韓国は今よりももっと危険な状態に追い込まれる。

この3番目に書いた「馬を引き返す」役割を、中国は次期大統領候補・ムン氏に期待しているのだ。ムン氏が2015年末の慰安婦問題に関する日韓合意を覆す可能性があるように、すでに配備が始まったTHAADを、有名無実化する可能性があるというのが、中国の思惑だ。

しかしそうなった場合、米韓関係はどうなるのか?

◆米中首脳会談を4月に?

そしてTHAAD配備に着手してしまったアメリカと中国との関係はどうなのか?

もちろん安倍首相訪米前夜に、トランプ大統領は習近平国家主席と電話会談をして、「一つの中国」を尊重すると伝えた。王毅外相はこのことに触れて、米中両国の関係は「良い方向に向かっている」とした。しかしTHAAD配備の既成事実化に着手したアメリカと、どのようにして「良い方向に」向かい得るのか?

王毅外相は「米中首脳会談の日程調整を行っており、またティラーソン国務長官とも先般G20外相会談で隣に座り、その後二人で会談も行って気心が知れている」と、同じ口でアメリカをほめている。

その直後に米中首脳会談が4月6日に行われるだろうという情報が、中国政府関係者の間から、それとなく出てきた。

◆米国連大使が王毅発言に苦言

一方3月8日、米国のヘイリー国連大使は「あらゆる選択肢を検討している」と述べ、北朝鮮をけん制した。「あらゆる選択肢」は中国外交部が言った「必要な措置」と同じく、軍事行動を包含し得る。

ヘイリー氏は「会話を提案している国があるのは良いことだが、相手は理性のある人物ではない」「まずは北朝鮮が外交的解決を求める姿勢を見せるべきだ」として王毅外相の提案を皮肉った(北京とニューヨークの時差は12時間)。それはすなわち、「六者会談の可能性を模索するというのなら、中国が北朝鮮を説得せよ」と言ったことに等しい。

では、中国はどうするつもりなのか?

◆ロシアとの協調も

もちろんムン氏の次期大統領に期待しているのは言うまでもない。習近平政権誕生後、中朝首脳会談が行われていないように、中朝首脳の間は険悪だが、「ムン氏は北朝鮮に対してきっと融和策を採るだろう。そうすれば北朝鮮の姿勢もいくらかは緩和する可能性がある。会話のテーブルに着く可能性はゼロではない」と、中国は踏んでいる。

特に3月7日にTHAAD装備の韓国搬入が始まると、ロシアは、「軍事行動で反撃せざるを得なくなる」と表明した。その中でロシアは「これは新戦略兵器削減条約に違反する」と反発(新戦略兵器削減条約は2011年2月5日に、米露間で発効した核兵器の軍縮条約)。

中露ともに国連安保理常任理事国なので、アメリカが軍事行動に突き進むのを阻止する構えだ。

ただ、中国が緩衝地帯としての北朝鮮の存在を諦めればそれで済む話だが、中国としては、そこは譲れないと思っている。

ならば、北朝鮮を大人しくさせるべく、もっと積極的に動くべきだろう。

◆キム・ハンソル氏動画メッセージの陰で

その意味では、今年一杯の石炭輸入禁止以外に、キム・ハンソル氏に関する協力は北朝鮮を追い詰める役割を果たしていると言える。

3月8日、キム・ハンソル氏のメッセージが動画で公開された。それによれば彼は今マカオを離れて、どこかの国にいるようで、感謝している国の中に「中国」が入っている。

ということは、ハンソル氏の出国に関する便宜を図ったことになる。その直後、マレーシア警察は殺害された韓国籍男性キム・チョルがまちがいなくキム・ジョンナム(金正男)氏だと宣言。確認した方法は言えないとするマレーシア警察側に対して、現地メディアは「ホクロ」の位置から判断したとしているが、それなら、なぜこのタイミングなのか?

おそらくハンソル氏が第三国に行くことによってDNAサンプルをマレーシア側に渡したものと推測される。中国内にいたらできなかった採取を、第三国に行くことによって可能せしめたということになろうか。これは明らかに北朝鮮に不利となる。「私は知りません」という顔をして、中国は北朝鮮を追い込んだのだ。ハンソル氏がマカオを離れてマレーシア以外の国に行くのは「自由」なのだから、第三国に行った後に何をしたかに関しては、中国は「知ったことではない」という立場を取ることができる。

◆「ロッテいじめ」は長期戦略――米韓関係の重点は減る

いま中国はロッテグループの製品を中心として韓国への経済の締め付けを強化しているが、ムン氏が大統領に当選すれば、一気に緩和させ、韓国の国民感情を中国へと惹きつける戦略を、中国は温めている。

中韓関係が朴政権初期のように蜜月になれば、米韓はやや疎遠になっても、北朝鮮に対する融和策を打ち出していけば、それほど困らない。いま経済的に苦しくなっている韓国民は、中国の経済支援のアメを歓迎するだろう。

日本では中国の韓国経済への締め付けが「弱い者いじめで、えげつない」と報道するメディアが多いが、中国のこの長期戦略を見逃してはならない。中国は、韓国の「国民感情」が大統領弾劾と罷免まで実現させたという「韓国人の国民性」にも、注目しているのだ。

その国民感情は、ムン政権になれば、慰安婦問題などで日本にも向かってくることを警戒したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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