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中村壱太郎、20年経って分かり始めた祖父・藤十郎の教え

中西正男芸能記者
期待の若手女形・中村壱太郎

たおやかで可憐。それでいて、色香と華にあふれる。歌舞伎界の次代を担う存在として注目されているのが、中村壱太郎(かずたろう)さん(25)です。父は中村鴈治郎(がんじろう)さん、祖父は人間国宝の坂田藤十郎さんという環境で育ち、初舞台から昨年で丸20年が経ちました。役者として“オトナ”の節目を通過しましたが、「今になって、祖父の教えの意味が分かってきた。かなり独特な教え方だったんですが、実にありがたいことを教えてもらっていました」と言葉を噛みしめました。

初舞台から丸20年経ち…

去年で、初舞台から丸20年ですか。実は、あんまり考えたことがなくて(笑)。言われてみて「あ、そうだったか…」という感じでして…。でも、大きな節目ですもんね。1つの区切り、そういうことにした方が、お話もしやすいですもんね(笑)。よし、そこに乗っかりますね!

20年を振り返って印象に残っていること。たくさんありますけど、祖父がずっと手がけてきた作品「曽根崎心中」をやらせてもらったことですね。2010年、19歳の時でした。19歳というのが、僕が演じさせてもらった役・お初と同い年だったんです。そんなこともあって、ピックアップしてもらったと思うんですけど、僕が育ってきた環境では「曽根崎心中」は「いつの日か、これができれば…」という夢でもあった。目標ではなく夢です。小学生が「いつか野球選手になりたい…」と思うのと同じような感覚で。だからこそ、衝撃的でしたし、公演が決まってからの4ヵ月は祖父にあらゆることを教わりました。

教え方がかなり独特

その前からも、そして、今でも、祖父にはたくさんのことを教わっているんですけど、何と申しましょうか、教え方がかなり独特でして(笑)。

例えば、今座っているところから部屋の入口の扉まで歩く芝居があるとします。そんな時「扉まで5歩で歩きなさい」「体はこちら側に45℃の角度を保ちなさい」とか、きっちりと教えてくださる方もいらっしゃいます。それはそれで分かりやすいですし、正しい形だと思うんです。

ただ、祖父の場合はまるで違う。こちらの姿を見て「まぁ、悪くないんだけど、ちょっと違うよね」と。「どこが違うんですかね?」と尋ねると「…どこということはないんだけど、違うよね」と。それこそね、無限ループです(笑)。

なので、本格的に教わるようになった15、16歳の頃、そういう言葉を聞くと、こちらに基礎がないですから「…どうしたらいいんだろう」となるんですよね。難しい。実に、抽象的なことなんです。ただ、そうなると、こっちは必死に考えますよね。そこで、いろいろなものが引き出されるんです。「こんなところを見てらしたのか…」と思うような部分に気づかされることもあります。

だから、普段、何げなく祖父と話している時でも、よーく聞いていると、すごいエッセンスが会話の端々にポンと含まれていたりする。だから、今は全ての会話を聞き逃せないという感覚になっていますね。

やっと、やっと、じんわり分かってきたんですけど、祖父は「5歩で扉まで行きなさい」という教え方ではなく「扉に着いた時に、悲しい気持ちになってなさい」という教え方と言いますか。扉までは5歩で行こうが、10歩で行こうが、迂回(うかい)しようが、コケようが、それはいっこうに構わない。ただ、扉に着いた時に悲しく見えていればいいと。とても有り難い教えをいただいているなと思います。

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歌舞伎に持って帰ってくる

あと、今は松竹座で(片岡)愛之助のお兄さんとご一緒させてもらっているんですけど、歌舞伎はもちろん、あらゆることを教わっているなと。一番は“外で得たものを歌舞伎に持って帰ってくる”ということ。経験にしても、人脈にしても、お客様にしても。

昨年3月まで3年ほどラジオ番組「邦楽ジョッキー」(NHK-FM)をやらせてもらっていたんです。番組を通じていろいろな人と会えました。綾戸智恵さんは、こちらがあいづちすら挟めないくらいしゃべりまくりでしたし(笑)、いろいろな出会いを頂戴しました。ご縁をいただきました。こういうことも、ゆくゆくは歌舞伎に持って帰ってきたいとお兄さんを見て、改めて思ったんです。

漢字一文字で表すと…

昨年を漢字一文字で表すとですか?う~ん、そうだな“濃”でしたね。父の鴈治郎襲名もありましたし、12ヵ月毎月公演に出させていただき(片岡)仁左衛門のおじさんや松本幸四郎さんともご一緒させてもらいました。

今年は、逆に、歌舞伎以外の芝居にも出て行きたいですし、少し先輩ですけど、同年代でもある(中村)勘九郎さん、(中村)七之助さん、(尾上)松也さんらがバリバリやってらっしゃるのを見て、僕も刺激をいただいていますし、もっと、もっと、いろいろやらなきゃなと思います。

なので、今年の目標を漢字一文字で表すと“色”ですかね。見たことのない色を色々と見てみたいなと。

…エッ、なんですか。松也さんのお名前の後に“色”と言うと、また別の意味合いに聞こえます(笑)?あくまでも“色恋”ではなく、さまざまな“景色”を見たいと思ってのことですので、そこは、何卒宜しくお願い申し上げます…。

■中村壱太郎(なかむら・かずたろう)

1990年8月3日生まれ。東京都出身。本名・林壱太郎。慶応義塾大学卒業。中村鴈治郎の長男で、祖父は人間国宝の坂田藤十郎。95年、中村壱太郎として初舞台を踏む。可憐で瑞々しい女形として注目を集める。2010年には、京都・南座で「曽根崎心中」のお初を、役の年齢と同じ19歳で演じて話題となる。昨年3月まで3年間、NHK-FM「邦楽ジョッキー」のパーソナリティーを務める。現在、大阪・松竹座で「壽初春大歌舞伎」(26日まで)に出演中。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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