「予想が次々的中する怪文書」のトリック
毎月相場を的中させる怪文書
1月頭に匿名の手紙を受け取った某氏。中には「今月の相場は騰がります」とある。イタズラかと思って打ち捨てていたが、1月の相場は上昇して終了。2月になると今度は「今月の相場は下がります」との手紙。ちょっと気にはしたが、やはり無視。そして2月の相場は手紙の通り下落して終了。
翌月3月の頭になると某氏は「匿名の手紙」がいつ届くか気になって仕方がなくなる。ようやく届いた手紙の中身は「今月の相場は騰がります」。半信半疑で相場を見続け、結局3月も手紙の通りの相場展開。
この「相場を当てる手紙」が半年続き、某氏は連続して的中した「匿名の手紙」の相場観にほれ込んでしまう。そして7月には「今月の相場動向」ではなく、その「匿名の手紙」の筆者が運営しているファンドに投資しませんかという勧誘の種類が届く。すでに6回もの的中結果を見た某氏は、喜んでその話に乗る。
しかし数か月も経たずしてそのファンドとは連絡が取れなくなり、投資したお金はすべて失われてしまう。涙ながらに近所の投資仲間にこの話をすると、
「うちにも似たような手紙は来たよ。でも2月に届いた二回目の手紙が外れて、それ以降はこなくなったんだ」
という返事。そこで初めて某氏は、自分が騙されていたことに気が付く。
絞り込まれる「的中」者
今件のトリックはさほど難しい話でははない。某氏は的中する手紙を受け取り続けたのではなく、ふるいわけされ、「的中する手紙を受け取り続ける」人になったに過ぎない。
仕掛けは次の通り。送り手側は、大量の手紙の送り先のリストを作り、半分には「今月は騰がる」、残りの半分には「今月は下がる」の文面を入れて出す。その月の相場の結果を見て当たった方の手紙を送った人にだけ、翌月の手紙を出す。やはり半分は「騰がる」もう半分は「下がる」だ。これを繰り返し、的中する手紙を受け取る人を絞り込んでいく。
単純計算で1/2の6乗、つまり7月の「ファンドへの投資話」は1月に出した手紙の数の1/64(1.5625%)の人が受け取ることになる。言い換えれば1/64の人は「この匿名の手紙の人は、6回も相場をずばり的中した人だ」と思い込んでしまうことになる。仕掛けを知らなければ。
たかだか1/64ではあるが、最初に出す人の手紙数が1万人なら156人、10万人なら1562人にもなる。「信者」候補には十分な数。ダイレクトメールなり電子メールでコストを抑えれば十分な「費用対効果」は得られてしまう。
7月に届くファンドへの勧誘の手紙には「あなたは特別に選ばれた人」などの勧誘メッセージが書かれているかもしれない。その言葉自体には間違いはない。何しろ幾度もの「1/2」の的中確率を潜り抜け、最後まで「当たり」の手紙を受け続けたのだから。
「トリック」は、一度絞り込まれた「信者」に対しては二度と通用しない。冒頭の「某氏」も、同じような手紙を再び受け取ったとしても、そしてそれが何回も連続して的中したとしても、決して口車にはのらないだろう。…ただし手紙の内容が別方面のもので「トリック」のみが使われていたり、騙されやすい人、経験を活かせない人ならば、二度三度、悲劇は繰り返されるかもしれない。
インターネットでハードルが下がる「トリック」
このようなトリックはダイレクトメールの作成、リストの管理など、それなりに手間がかかるため、それほど大きな規模で行われることは無かった。しかしインターネットの場合には事例が異なる。
メールや「当たり外れ」の管理もちょっとしたアプリケーションを使えばほとんど自動で行える。文面もテンプレートを用いてパラメータを設定すればOK。定期的にメールを多数配信するシステム(ステップメール)はすでに実用化され、各種真っ当なビジネスで活用されている。
送り先となるメールアドレスも入手は容易。さらにネットで得た情報は忘れ去られやすく、記憶としての定着率も低い(ネットスラングの流行り廃りが早いのもこれが一因)。送り手も匿名やハンドルネームを変えて使えば別人のように振舞える。これでは第二、第三の某氏が現れてもおかしくは無い。
もちろん今回今記事を読んだ人は、「このような手法がある」ことを、その仕組みと共に十分認識したはず。その認識と記憶がある限り、似たような話を耳にしたり、メールを受け取っても、決してその話には乗らないはずだ。
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