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「不適切な保育」を防ぐには 重要なのは組織作りと保育者の「学び」そして保護者の協力 #こどもをまもる

猪熊弘子ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授
子どもたちの笑顔を早く取り戻したい(写真:イメージマート)

「名作」に描かれたシーンも今では「不適切」

『おしいれのぼうけん』という児童文学作品をご存じですか? 児童文学作家・評論家の古田足日氏と絵本作家・挿絵画の田畑精一氏によって1974年に発表され、長く名作として読み継がれてきた作品です。

 物語の舞台は保育園。さとしとあきらの二人はミニカーの取り合いでケンカをしたことで、先生に押し入れに閉じ込められてしまいます。押し入れの中には「ねずみばあさん」という怖いおばあさんがいて、そこから逃げるための二人の冒険が始まります。

 怖い押し入れの中で繰り広げられる子どもたちのスリリングでファンタジックな冒険の末に、大人たちが改心するという展開の物語は、長らく児童文学の名作として読み継がれてきました。

 しかし、「悪いことをした子どもを押し入れに閉じ込める」という設定は、2022年の今では不適切であり、完全にアウトと言えるでしょう。祖父母世代はもちろん、親世代の方の中にも同じような経験をした方がいるかもしれませんが、法律によって体罰が禁止され、旧民法に定められていた親による子どもの懲戒権の規定も削除される時代にあっては、保育園や幼稚園で子どもを押し入れなどに閉じ込める等の罰を与えるようなことはあってはならないことです。

 それにもかかわらず、今、日本各地の保育の現場で虐待などの「不適切な保育」が起きて問題になっています。 

「不適切な保育」が次々に明るみに

 11月には静岡県裾野市で、12月には富山市で、いずれも保育士による暴行や虐待が明るみに出ました。裾野市の保育園では3人の元保育士が逮捕され(処分保留で釈放)、富山市のこども園では2人の保育士が書類送検されました。さらに、鹿児島市内の認可保育園仙台市内の企業主導型保育事業所松戸市内の小規模保育事業所などでも「不適切な保育」があったことが次々報道されました。

 ちなみに2021年に国が行った全国調査に基づき発表した『不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き』によれば、「不適切な保育」とは以下のようなものとされています。

不適切な保育の行為類型: 不適切な保育の具体的な行為類型としては、例えば、次のようなものが考えられる。

1 子ども一人一人の人格を尊重しない関わり

2 物事を強要するような関わり・脅迫的な言葉がけ

3 罰を与える・乱暴な関わり

4 子ども一人一人の育ちや家庭環境への配慮に欠ける関わり

5 差別的な関わり

 前述の各地の保育施設で起こった不適切な保育は、これらに当てはまるものばかりです。

 不適切な保育がこれほどまでに社会問題としてクローズアップされたことは、かつてなかったことです。それぞれの施設を運営する法人や、施設のある自治体が対応を進めていますが、報道を受けて、現在お子さんを預けている保育施設や幼稚園への不安が高まっている保護者の方も多いかもしれません。

園に不安を感じたら 「対話」や第三者委員への相談を

 何か心配なこと、引っかかることがあれば園に直接尋ねてみるのが一番です。その際、最初からクレームのように伝えるのではなく、「自分はこう思うけれど、園ではどう考えているのでしょうか?」というように対話的に伝えていくと良いと思います。保育がどういうものなのか、どういう意図でその保育をしていくのかを保護者に伝えるのも保育者の仕事のひとつです。そして保護者の理解の下、保育者と互いに協力しあい、子どもを育てていくのが理想的な関係です。保育園での保育の目指すべきところが書かれている『保育所保育指針』(2018)には、このように記されています。

保育所を利用している保護者に対する子育て支援

(1) 保護者との相互理解

ア 日常の保育に関連した様々な機会を活用し子どもの日々の様子の伝達や収集、保育所保育の意図の説明などを通じて、保護者との相互理解を図るよう努めること。

 園の理念を読んだり説明を受けたりしても、実際の保育の中でそれらがどのように関わっているのかはわかりにくいかもしれません。「どのような意図でその保育を行っているのか?」がわかると、保育に対する保護者の不信や心配ごともかなり解消されるのではないでしょうか。

 また、園には必ず苦情や相談を受け付ける第三者委員を置くことになっていますので、委員に相談してみるのも良いでしょう。

配置基準や労働環境の悪さだけが原因ではない

 さて、こういった不適切な保育が明るみに出ると必ず言われる「原因」のひとつに、日本の保育の配置基準の低さや労働環境の悪さがあります。確かに、保育園では保育士1人に対して1・2歳児6人、3歳児20人、4・5歳児30人、幼稚園では3・4・5歳児35人というのが日本の保育者の配置基準です。ドイツ・イギリス・北欧諸国などでは幼児でも保育者1人に対して8〜12人の配置ですから、日本の現在の基準は先進国の中では最低です。実際にその基準で保育を行うのは難しいことから基準を上回る保育者を配置している園がほとんどです。ところが国から来る運営のための補助金は配置基準に応じて設定されています。そのため、保育者を増やせば増やすほど、1人の保育者あたりの補助金を割っていくことになります。さまざまな処遇改善により保育士の給与は少しずつ上がっているものの、他職種に比べればまだ低いという現状があります。

 一人の保育者がみるべき子どもの数が多い上、コロナ禍でやることが増えてさらに忙しくなっているのは事実です。一方で、仕事の大変さはどの業種にも均しくあるはずで、仕事が大変だからという理由だけで子どもを虐待するような保育者はごくごく稀だと思います。保育者の多くが、子どもが好きでかわいいと思い、子どもたちのために働きたいと自ら望んで保育の仕事を選んでいます。配置基準や労働環境の悪さが不適切な保育の原因に直接つながるわけではないでしょう。

組織のあり方と保育者の学びがポイント

 「不適切な保育」が起こる背景には、2つの問題があると考えます。

 まず、一つ目には組織のあり方の問題です。 

 園の中ではそこでのキャリアの長い人や声の大きい人が力を持ってしまうことがよくあります。それがいつしか施設長や管理職などのトップにも従わないような権力者や集団になってしまうと、誰もその人たちに逆らえず、良くないことであっても声をあげにくい雰囲気になってしまうことが起こりえます。そのような組織では、不適切な保育が起きてもその権力者や集団を恐れて周囲がなかなか言い出せず、見て見ぬふりになってしまうことがあるかもしれません。

 また、あまりにも職員同士の関係性が強すぎて「なぁなぁ」になってしまっている職場にも問題が起きる可能性があります。不適切な保育があっても集団の「和」を重視して問題視できなかったり、なんとなく「和」を乱すようで言えない雰囲気になってしまうことがあるかもしれません。

 職員同士の仲が良いのはとても良いことですが、そこにはプロとしての意識が必要です。万が一、不適切な保育があれば、是正していかなければなりません。施設長や管理職なとのトップは、そういったことを十分に意識し、力関係に配慮しながら組織作りをしていかなければならないと言えるでしょう。

 二つ目は、保育者の「学び」の問題です。

 2018年度から、日本の保育は新しい『幼稚園教育要領』『保育所保育指針』『幼保連携型認定こども園教育保育要領』に基づいた保育が行われています。そこには「子ども主体の保育」を行うことが示されています。子どもたちに「やらせる保育」から、国が示した「子ども主体の保育」に転換するため、多くの園で保育の見直しが進んでいます。そのために保育者自身が新しい保育のあり方を学ぶ機会を得ることが必要で、「保育所保育指針」には施設長の責任として職員に研修を受けさせることが定められています。

 しかし、実際にはそういった学びの機会がなく、旧態依然とした古い保育、たとえば保育者が指示して思う通りに子どもに「やらせる保育」が良いと思っている保育者、園も少なくありません。

 私はこれまで多くの園への訪問相談を行ってきましたが、「不適切」と言える保育を目の当たりにして助言を行ったことも何度かありました。たとえば子どもに発達上無理なことをやらせようとしている保育者、子どもを頭ごなしに叱り飛ばしている保育者、発達を考慮せずに園が食べさせたいものを作って出している施設、遊ぶものが何もなくただほったらかしにしている施設などです。

 訪問相談に行ってその様子が見られるということは、それが良い保育だと思っているからなのです。指針・要領が改められてすでに5年目になるにもかかわらずそのような状態があるのは、未だに『おしいれのぼうけん』時代の保育を引きずり、「子ども主体の保育」に関する学びの機会が十分に与えられていない保育者が大勢いるからなのではないかと思うのです。

「子どもの権利」を学ぶことの意義

 現在、保育者は常に学び続け、専門性を持って子どもたちの保育を行うことが求められています。たとえば『保育所保育指針』では、保育所職員の専門性、そして保育所の社会的責任について、次のように定められています。

保育所職員に求められる専門性

子どもの最善の利益を考慮し、人権に配慮した保育を行うためには、職員一人一人の倫理観、 人間性並びに保育所職員としての職務及び責任の理解と自覚が基盤となる。

「子どもの最善の利益」とは言い換えれば「子どもにとって最も良いこと」です。「子どもにとって最も良いこと」がどんなことなのか、それは子どもの意見を聞かなければなりません。その精神を貫いているのが「国連子どもの権利条約」です。条約に記された「子どもの権利」について学ぶことで、子どもを一人の人間として尊重することができるようになるでしょう。

 たとえば、赤ちゃんが泣いたら、それは赤ちゃん自身が空腹や眠いことを伝えようとしている「意見表明」(国連子どもの権利条約 第12条 意見を表す権利)なのだと理解するべきです。そうすれば、泣き声を理性的に受け止めることができるはずなのです。

 全国保育士会による『保育所・認定こども園における人権擁護のためのセルフチェックリスト』をみれば、どのような言葉かけがまずいのか、どのような言葉かけをするべきなのかがわかります。同時に「全国保育士会倫理綱領」に掲げられている保育ができているかどうかも、保育者は常に意識しておく必要があります。

「子どもをまとめる」ことの危うさ

 保育の中で「子どもをまとめる」という言葉があります。子どもたちが保育者の言うことをしっかり聞き、自発的に、理想的に動くこと、とでも言えるでしょうか。それは時には保育者への評価として使われる言葉になったりします。私は保育者になるための実習で園にやってくる学生に話す時には必ず、「『子どもをまとめる』ためには、力ではなくて愛情が必要」だと伝えています。子どもと保育者との間の信頼関係は保育者の愛情をベースに築かれるものです。子どもたちの様子が少しバラバラでも、自由奔放に見えても、子どもたちと保育者の絶対的な信頼関係が築かれていれば、基本的には子どもは「まとまる」ものです。

 それを「○○すれば子どもはこう動く」的なおかしなテクニックや、「力」でまとめようとしたときに、子どもへの脅しや威圧になることがあります。それがさらに強くなった時、不適切と言われる保育になってくるのではないでしょうか。

 一方、保護者にも考え方の転換が必要かもしれません。

 一糸乱れぬ動きで保護者を感動させる運動会や発表会を行うために、保育者がどれほど必要以上に「子どもをまとめる」努力をしなければならないか、ということにも気づいて欲しいと思うのです。子どもたちを愛情でまとめるだけではこと足りず、保育者が思い描いた通りに動かし、美しい動きや演奏を披露するためには、訓練のような厳しい練習や、時には威圧的な「力」が必要になっていることもあるかもしれない、ということです。

 一糸乱れぬ動きで展開される美しい舞台を見せるよりも、少しバラバラでも良いから子どもたちが自分でやりたいと思ったものを自由にやってみよう、というのが子ども主体の保育の考え方です。もちろん、何でも子どもに任せていればよいわけではなく、的確なアドバイスや意見、安全な遊び方や正しい使い方の指導をすることは必要です。愛情を十分に注ぎながら、適宜必要な指導をしつつも、子どもたちが自ら育つ力を信じること、それが保育者に求められる「専門性」でもあるのです。

 保護者が保育に期待することは人それぞれ違うでしょうが、幼い子どもたちに関しては成果よりもプロセスを大切にしてほしいと思います。美しい運動会や発表会は、たまにあるハレの日です。そのためにチャレンジする気持ちを育てることは否定しません。しかしそこに感動するよりもむしろ、毎日、子どもの権利を守る穏やかで温かい保育の中で、子どもたちが保育者に愛され、楽しく、自由に、豊かに過ごし、少しずつ成長していくプロセスこそ、最も大切にしたいものではないでしょうか。

子どもを真ん中に 保育者・保護者の協力が必要

 今、このように、保育そのものが抱えるさまざまな問題が、相次ぐ虐待事件につながっていると言えます。保育者は子どもの権利を大切にした子ども主体の新しい保育について学ぶ機会を十分に得ることが必要ですし、保護者は保育の意図を理解し、子どもを真ん中において保育者と互いに信頼しあい、協力しあって子どもを育てていくことが必要だと思います。

 そして、同時に先進国最低レベルの配置基準を向上させることや、休憩が取れない等の労働環境の改善、他職種の給与と比較しても劣らないようにさらなる処遇改善を行うなどの制度の見直しを行い、休憩が取れない等の個々の労働環境の改善につなげることは必須です。まずは子ども・子育て支援新制度が始まったときに「質の改善」のために投入されるはずだったまま曖昧にされている0.3兆円の予算を確実に実行するべきです。保育者の保育以外の負担軽減のために事務職員を配置し、職員として予算化してもらうことも、現場では喫緊の課題です。

 今後、二度と園での虐待事件が起こらないよう、あらゆる関係者が協力しあっていかなければならないと強く思っています。

注※筆者がここで使っている「保育」という言葉には、幼児教育の意味も含まれています。

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「#こどもをまもる」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の1つです。

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■特集ページ「子どもの安全」(Yahoo!ニュース):https://news.yahoo.co.jp/pages/20221216

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授

ジャーナリストとして、日本の保育制度、待機児童問題、保育事故等について20年以上にわたり取材・執筆・翻訳。現在はイギリスなど海外の保育・教育制度、保育の質、評価について研究するほか、現在は駒沢女子短期大学で保育者の養成にあたっている。 お茶の水女子大学大学院 博士後期課程(保育児童学領域)在籍中。 双子を含む4人子の母。 『死を招いた保育』(ひとなる書房)で第49回日本保育学会 日私幼賞・保育学文献賞受賞。 最新刊は『子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園』(内外出版社・共著)、『保育園を呼ぶ声が聞こえる』(太田出版・共著)。 名寄市立大学非常勤講師。元・都内の私立幼稚園/保育園の副園長。

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