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認可保育所が「保育士不足」で閉園?この事案から見える保育の現状

猪熊弘子ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授
(写真と本文とは直接関係ありません)(ペイレスイメージズ/アフロ)

認可保育所が閉園を発表

 横浜市鶴見区にある認可保育所が、「保育士不足」を理由に、この3月末での一部閉園を決めたそうです。

 NHKの報道では、以下のように伝えています。

 全国で保育士不足が課題となる中、横浜市の認可保育所が、必要な保育士を確保できないとして休園を決め、園児37人が今月いっぱいで転園を余儀なくされていることがわかりました。市では、保育士不足を原因とする休園は、過去に聞いたことがないとしています。

休園を決めたのは横浜市鶴見区の認可保育所で、市や保育所によりますと、先月、常勤の保育士2人と派遣の保育士1人の合わせて3人が、家庭の事情で退職しました。

 保育所では、去年12月の時点で市に対し、「今後退職する保育士がいるが後任を確保できないおそれがある」と伝えていて、新規の0歳児の入園募集を停止していましたが、その後も新たな保育士を確保できなかったとして、来年3月末で休園することを決めたということです。

 すでに勤務のローテーションが組めないことから、来月から1歳児と2歳児の保育に絞り、3歳から5歳の園児37人は今月いっぱいで転園を余儀なくされているということです。

 保育所は、今月始めに開いた臨時の保護者会で、休園について説明したということで、NHKの取材に対し「保護者と子どもたちに申し訳ない」と話しています。

 横浜市では、保育士不足を原因とする休園は、過去に聞いたことがないとしていて、園児の転園について可能なかぎり対応したいとしています。

3〜5歳は今年度で休止、来年度いっぱいで休園へ

 調べたところ、この保育園は、横浜市鶴見区にある認可保育園「寺谷にこにこ保育園」でした。JR京浜東北線の鶴見駅に近い地域に、平成22年4月にオープンした認可保育園で、定員は0〜5歳児まで77名です。

 横浜市といえば、2013年に「待機児童ゼロ」を発表したものの、数え方の問題を指摘され、2017(平成29) 年 10 月1日現在では1877人もの待機児童を抱える都市。もっと保育園を増やさなければならない地域で閉園となれば、地域への影響も大きいはずです。

 いったい、何があったのでしょう?

 

 まず、鶴見区こども家庭支援課に問い合わせました。

 区の担当者の説明では、今年1月末に、運営会社から「来年度4月からの新入園児の受け入れは無理な体勢だ」という申し入れがあったそうです。2月に入ると「さらに職員が辞めそうだ」ということで、「在園児についても4月以降の保育は難しいかもしれない」という状況になりました。そこで区でもコンサルタント会社を通しての保育士の斡旋や、就職フェアのブースでの声かけなどを勧めて対応してもらいましたが、2月末までに保育士を集めることはできませんでした。

 結局、3月に入ってから、区に「休園する」という連絡が入り、来年度4月からは1〜2歳児の保育だけは続けるが、3〜5歳児については保育を続けることができないので転園してもらい、1〜2歳児についても来年度いっぱいで閉園する、ということが決まりました。区と市では3月3日に保護者に対する説明会を行ったところでした。

 この保育園を運営する「株式会社にこにこ」代表取締役社長 渡邊研介氏にも話しをうかがいました。

ーー保育士不足で、休園と聞きました。

「保育士の補充がまにあわず、4月からの安全な保育ができないということで、このたびの決断を下しました。あきらめたくなかったので頑張った結果、決断がギリギリになって保護者の皆さまにも申しわけなく思っています。今は行政の協力を仰いで、精一杯対応させていただいているところです」。

ーーなぜ、保育士さんが足りなくなったのでしょう?

「辞められる職員の方の退職理由にはいろいろあると思いますが、個人的な事情もあるでしょうし、具体的なことはわかりません。全体の働く時間や量に対して、処遇があわなかったということもあるのかもしれませんが……。それはうちだけではないと思いますし……わかりません」。

私立園でも、企業立の園でも、保育の責任は自治体に

 実は、認可保育所の「閉鎖」騒動は、今回が初めてではありません。

 もう10年も前の2008年10月30日、首都圏を中心に「ハッピースマイル」などの名称で保育園や学童保育、病児・病後児施設を経営していた(株)エムケイグループが倒産しました。倒産が決まったその日のうちに保育園は閉鎖され、全部で29の施設に通う子どもたちと、働いていた職員が行き先を失うことになったのです。倒産が決まったその日に何が起きていたかについては、当時、筆者が書いたこちらの記事「保育園が「倒産」した日」に記されています。

 「ハッピースマイル」の倒産事件のときには、川崎市内の2園が「認可保育所」でした。その2園に在園していた子どもたち(計46人)は、市が市内の別の公立保育園に転園させました。児童福祉法では、'''自治体に保育の実施義務があると定められているからです。認可保育所は、私立であっても、企業が経営している園でも、自治体の委託によって運営され、保護者はその園や企業ではなく、自治体と契約している'''から、そういった措置が行われるのです。

 一方、同じ「ハッピースマイル」の系列園であっても、東京都認証保育所や、当時のさいたま市認定ナーサリー、川崎市認定保育園などの認可外保育施設に在園していた子どもたちに対しては、基本的には自治体による転園先の確保は行われず、転園できたかどうかの確認もできていない子どもたちがいました。

 多くの方が認可保育所への入所を希望する背景には、こういった自治体の責任の違いもひとつの理由なのです。

 NHKの報道では、横浜市は「園児の転園について可能なかぎり対応したいとしています」とのことですが、「可能なかぎり」ではなく、自治体が転園先を確保するのは当然のことです。倒産する危険のある企業立の保育園であっても、運営を委託する横浜市はそれを承知の上で運営を委託しているからです。

 鶴見区では「この時期からでは確実に100%保護者の希望にあう園をご紹介するのは難しいかもしれない」としながらも、「人数としては確保できている」ということで、子どもたちの行き先がなくなることは避けられそうです。運営会社から市や区に対して、保育の継続が難しい状況について事前に伝えられたことで、「ハッピースマイル」事件のように「今日で閉園!」という最悪の事態は免れたと言えるでしょう。

 とはいえ、もっとも待機児童が多い1〜2歳の子どもたちは、来年度いっぱいで転園しなければならず、再度、横浜市の厳しい「保活」を体験しなければならなくなってしまいました。

 ただ転園先が見つかればいい、ということだけではありません。別の園に移ることになれば、保育者と子ども・保護者が育てて来た信頼関係を、また一から育て直さなければなりません。子ども同士、保護者同士が園を通して築いてきた関係性も切れてしまいます。転勤・転職や転居のための転園と、閉園による転園とでは、それに向かう親子の気持ちは全く違います。園の都合で、本来確約されていた最長6年間の継続した保育が行えなくなったのですから、来年度の転園についても自治体が責任を負うべきであろうと思います。

「保育士不足」になる理由は?

 今回、この保育園の閉園理由は「保育士不足」であるということでした。確かに、全国的に保育士不足がおきています。特に待機児童が多い首都圏では大変な保育士不足で、直近の東京都の保育士求人倍率は6倍というデータもあります。(日本経済新聞 2017年12月1日

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/childminder-offer/)

 厚生労働省では「保育分野における人材不足の現状」調査を行っていますが、「保育士が保育士職への就業を希望しない理由」として、

(1)就業継続に関する項目としては「責任の重さ・事故への不安」が最も多い。

(2)再就職に関する項目としては「就業時間が希望と合わない」が最も多い。

 という2つをあげています。

 つまり、処遇に関しててももちろん、現金給与額(*税込み額。基本給、職務手当、精皆勤手当、家族手当、時間外勤務、休日出動等超過労働給与も含まれる)が他の職種全体の平均(32万5600円)よりも11万1400円も安い21万4200円という状況はあるにせよ、それよりも、まずは責任の重さや、朝早くから夜遅くまでシフトで勤務しなければならないという就業時間の問題などが大きな要因となって、保育士の仕事を続けられないという現状があるのです。

 処遇の問題でいえば、寺谷にこにこ保育園の短大卒の正社員の基本給は16万5000円で、手当などを含めた総支給額は20万円とのことです(前出・渡邉社長談)。確かにこの数字をみると平均に比べれば若干安いようにも感じますが、寺谷にこにこ保育園には近隣に別の系列園(末吉にこにこ保育園)があり、そちらでは退職者は出ていません。そうなると、保育士の処遇とは別の事情があるのではないかいうことも考えられます。

 たとえば、園内の職員の人間関係は良い運営ができるかどうかの大きなポイントです。これは、保護者からは見えにくい点ですが、トップに立つ経営者や園長・主任が保育者の気持ちを理解し、保育士たちが共に子どもたちを育てる仲間として共感しあえるような環境が整っている園では、退職者も少なく、園の運営が上手くいくことにつながっていきます。

 保育士を目指す学生たちに教えている、ある指定保育士養成施設の教員は言います。

「良い保育園では、経営者の家族以外に勤続年数の長い先生が何人かいて、実習に行った学生の良いところを見つけ出して、褒めながらていねいに指導してくださるんです。そういうところなら、就職する学生はたくさんいます。逆に、学生から不評な園は、休憩がなかったり、厳しい世界だからと、学生にも過酷な労働を押し付ける。指導というより、否定されることも。そういう園で傷ついて、保育士資格を取っても、一般企業に進む学生が後をたたないのです」。

 もちろん、ほかにも複雑な事情があるのでしょう。しかしただ、単純に「処遇が悪い」ということだけで保育士が集まらないわけではないこともあるのが「保育園」なのです。

安定した園の運営を

 鶴見区では、今年4月に開園する予定だった別の園も、「法人の都合により開所中止」されています。

 また、葛飾区では新規開園予定の保育園の建設会社が破産したことで、保育園が開園できなくなってしまっています

 ただでさえ、保育園がなくて大変な思いをしている保護者が大勢いる中で、こうしたことが続くと若い世代の子育てへの不安はますます大きくなっていきます。自治体は運営会社への指導を行い、自治体の責任として、保育園の安定した運営を担保することが必要です。

 また、同時に運営会社にも、拡大ばかりを目指すのはやめて、保育は子どもの命を守り、同時に成長発達を支える重要な教育機関であるという意識を改めて持ってほしいものです。

 今回の件には、ただの「保育士不足」だけではない、今の保育に関わるたくさんの問題が含まれていると考えられます。この問題に関しては、今後も引き続き見ていきたいと思います。

ジャーナリスト/駒沢女子短期大学 保育科 教授

ジャーナリストとして、日本の保育制度、待機児童問題、保育事故等について20年以上にわたり取材・執筆・翻訳。現在はイギリスなど海外の保育・教育制度、保育の質、評価について研究するほか、現在は駒沢女子短期大学で保育者の養成にあたっている。 お茶の水女子大学大学院 博士後期課程(保育児童学領域)在籍中。 双子を含む4人子の母。 『死を招いた保育』(ひとなる書房)で第49回日本保育学会 日私幼賞・保育学文献賞受賞。 最新刊は『子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園』(内外出版社・共著)、『保育園を呼ぶ声が聞こえる』(太田出版・共著)。 名寄市立大学非常勤講師。元・都内の私立幼稚園/保育園の副園長。

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