盤石の日米関係 危機の英米関係 役割を見失いトランプ大統領の“鉄砲玉”にされる英国
大英帝国ノスタルジー
[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領の英国公式訪問が4日、2日目を迎えました。欧州連合(EU)離脱交渉を座礁させた責任を取って7日に辞任するテリーザ・メイ首相はトランプ大統領と首脳会談を行い、意見交換しました。
英米両国は次の4点を巡って激しく対立しています。
(1)中国通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5Gネットワーク参入問題
(2)英国の欧州連合(EU)離脱交渉とその後の英米貿易協定
(3)イラン核問題
(4)気候変動
トランプ大統領の差別的な言動に対する英国の反発は根強く、保守党のジョン・バーコウ下院議長は大統領を下院に招きませんでした。
最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首はエリザベス女王主催の晩餐会を欠席。4日に行われる抗議デモで演説する予定です。抗議デモには25万人参加と報じられましたが、コービン党首を支持する労働党左派が中心で予想していたほど集まりませんでした。
トランプ大統領はこれまで何度も舌戦を繰り返してきたパキスタン系移民で労働党のサディク・カーン・ロンドン市長を「非常に冷たい負け犬」とツイートし、3年前の米大統領選で民主党候補のヒラリー・クリントン氏を支持したメーガン妃を「嫌な人」とこき下ろしました。
第二次大戦以来「特別な関係」を建前にしてきた英米両国ですが、これまでスエズ危機、米国のベトナム戦争とグレナダ侵攻で対立しました。1962年「英国は帝国でなくなった後の役割をまだ見つけられていない」と述べたのはディーン・アチソン米国務長官です。
米国追従の道を選んだ英国
英国は56年、スエズ運河の国有化に端を発したスエズ危機で米国の外交圧力に屈しました。これをきっかけにフランスは欧州統合の道を進み、英国は米国追従の道を選びます。英米関係は対等と言うより、英国は米国のジュニアパートナーに過ぎません。
英米間の圧倒的な力の差を補うため英国も次第に欧州との関係を強化するようになります。しかし3年前のEU国民投票で「自分たちはかつて7つの海を支配した選ばれし国なのだ」という大英帝国ノスタルジー(例外主義)と、根拠のないおごりが顔をのぞかせ始めました。
その代表選手が、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」を主張する強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相です。ジョンソン氏は国民投票のキャンペーンで「英国は毎週、EUに3億5000万ポンド(約478億円)を渡している」とウソをついたとして出廷を求められています。
ジョンソン氏の主張に耳を傾けても「EUから主権を取り戻す。祖国を信じさえすれば、EUを離脱しても英国は必ず繁栄する」という呪文のような言葉しか聞こえてきません。トランプ大統領と組んで、アングロ・サクソン圏を復活させようという考えです。
しかしファーウェイの5Gネットワーク参入も、イランとの核合意も、地球温暖化対策の推進も、すべてEUとの関係なしに達成できることではありません。英国はアチソン氏が指摘するように「国際社会での役割をいまだに見つけられていない」のです。
奏功する安倍首相の抱きつき外交
これに対して、安倍晋三首相の対米外交は明快です。中国の軍事的台頭と北朝鮮の核・ミサイルに対処するため、米国に抱きつき、巻き込む基本戦略です。
トランプ大統領は環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したものの、安倍首相は最新鋭ステルス戦闘機F35など米製の高額兵器を購入する一方で、慎重に日米貿易交渉を進めています。
中国と並んでEUを貿易赤字の元凶とみなすトランプ大統領は英国のEU離脱を好機と見て、何度も口先介入しています。先の英大衆紙サンのインタビューに「私は、ボリス(・ジョンソン前外相が次期首相として)は非常に良い仕事をすると思う」と内政干渉しました。
米国の大統領が次期首相を決める与党・保守党党首選に口をだすのは極めて異例です。
1997年には170億ドル(約1兆8300億円)足らずだった米国の対EU貿易赤字は昨年、1693億ドル(約18兆2700億円)にまで膨れ上がりました。トランプ大統領は追加関税をかけると脅し、対EU交渉に臨んでいます。
超タカ派のジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)はこれまで「トランプ大統領は明白にこの問題が解決されて(英国がEUとの「合意なき離脱」に踏み切って)米国と英国が再び貿易協定を結べるようになることを望んでいる」と強調しています。
ドイツはEU拡大で旧共産圏の低賃金労働者を豊富に使えるようになりました。ユーロ圏の重債務国のおかげでドイツ経済の実力に比べ、「過小評価された暗黙のドイツマルク」(欧州単一通貨ユーロのこと、米国家通商会議トップのピーター・ナバロ氏)の恩恵に預かっています。
英国は使い捨ての“鉄砲玉”
トランプ政権は米国経済低迷の原因を中国の世界貿易機関(WTO)加盟とEU統合にあると見ています。これが、トランプ大統領がEUとアンゲラ・メルケル独首相を目の敵にする理由なのです。
英国への海外直接投資(FDI)はストックで、EU42.9%、米国26.3%、日本5.8%(2017年、英下院図書館資料)。貿易の全体に占める割合は対EUが輸出44%、輸入53%、対米国は輸出18%、輸入11%(同)。
トランプ大統領の甘言に乗せられ英国が「合意なき離脱」に突き進むとEUとの経済関係を大きく損なうだけで、米国との新しい貿易協定はなかなか結べないという八方塞がりの状況に追い込まれる危険があります。
ケンカ別れしたEUの穴は中国マネーで埋めればいいというのは荒唐無稽な考えです。5G問題を見れば分かるようにトランプ大統領がそんなことを許すわけがないからです。
米国との「特別な関係」を最優先にしてきた英国も、トランプ大統領からはEUを分断する使い捨ての“鉄砲玉”と見られているようです。二大政党制が崩壊し、政治の空転が続く英国は「長期停滞」の入り口に差し掛かっています。
(おわり)