クリロナのインスタフォロワー3億人超え トップアスリートたちの反乱「損得勘定」それとも「主義主張」?
中絶されていたかもしれないクリスチャーノ・ロナウド
[ロンドン発]「それは彼自身の創造物だ。36歳にして完璧。不可能なほど引き締まった腰、真っ直ぐ伸びた背中、(革命が勝利に向かっていることを称える)社会主義リアリズムの彫刻のような腹筋、バスケットボールのスター選手のような跳躍力、ボーイズバンドのボーカルのような不機嫌なルックス、ウルトラマラソンのランナーのような強靭な心臓」――。
サッカーと政治をテーマに22カ国を旅した著書『サッカーの敵』で世に出た英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、サイモン・クーパー氏はUEFA欧州選手権(ユーロ)2020(コロナ危機のため1年延期された)で前大会覇者のポルトガル代表を率いる主将クリスチャーノ・ロナウド選手についてこう記しています。
欧州では決して豊かとは言えないポルトガルの中でも貧しいマデイラ諸島でロナウド選手は生まれました。アンゴラ独立戦争の退役軍人だった父親は毎日のように飲んだくれ、母親は身ごもったロナウド選手の中絶を望んでいました。しかし当時、ポルトガルでは中絶は法律で禁止されていたのでロナウド選手は生まれることができたのです。
スポーツアカデミーでロナウド選手はマデイラ訛りをからかわれました。望まれない子供の存在証明は徹底的に体を鍛え抜くことでした。強迫的なトレーニングとハングリー精神でロナウド選手は45秒間に142回腹筋運動ができるようになったとクーパー氏は明かしています。
一瞬の仕草で4409億円が吹っ飛ぶ
健康オタクのロナウド選手はハンガリー戦の試合前に開かれた記者会見で目の前に置かれた2本のコカ・コーラを取り除きました。代わりに、ポルトガル語で「水」と言って水のボトルを高く掲げました。
この直後、コカ・コーラの株価は56.1ドルから55.22ドルに下落し、同社の時価総額は2420億ドルから2380億ドルに下がりました。ロナウド選手のジェスチャーだけで40億ドル(4409億円)が一瞬にして吹き飛んだのです。イタリアのマヌエル・ロカテッリ選手ら他のプレーヤーも記者会見場のコカ・コーラをボイコットしました。
翌日、フランス代表のポール・ポグバ選手が記者会見場でハイネケンのノンアルコール・ビール瓶を取り除きました。ポグバは信心深いイスラム教徒で、お酒は飲みません。一イスラム教徒として、アルコールを売って利益を上げるビジネスには加担したくなかったのでしょう。
各スポンサーは大会開催のため約3千万ドル(約33億705万円)を支払っています。このためUEFA(欧州サッカー連盟)は大会スポンサーに影響を与える恐れのある行動をしないよう代表チームに指示することを各国のサッカー連盟に求めました。
しかし誰がロナウド選手にモノを言えるのでしょう。ソッポを向かれて困るのは代表チームの監督や大会主催者、スポンサーの方です。
ブラック・ライブズ・マターを巡る論争
イングランド対スコットランド戦の試合前、両チームのイレブンが膝をついて人種差別撤廃を訴えました。米白人警官による黒人男性暴行死事件をきっかけに世界中に広がった人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター」に合わせてイングランド・プレミアリーグでも試合前にイレブンがひざまずくようになり、イングランド代表もこれを踏襲しました。
欧州選手権ではウェールズやベルギーの代表チームも同じように試合前にひざまずいています。
しかしひざまずくイングランド代表イレブンにブーイングを浴びせるサポーターもいます。保守党の政治家は「イングランド代表は政治運動を支持し、伝統的なサポーターを排除している」と批判しました。ブラック・ライブズ・マターの一部に過激分子が潜り込んでいるのは事実ですが、支持する人の大半は単に社会正義の実現を求めています。
英イングランドサッカー協会(FA)は「代表チームは差別、不公正、不平等に平和的に抗議するためにひざまずいている。プレーヤー個人にとって、チームが集合的に表す価値観としても重要だ。団結と、不平等との闘いを示すジェスチャーは18世紀に逆上ることができる。政治組織やイデオロギーとは全く関係がない」と表明しています。
うつを理由に記者会見を拒否した大坂選手
記者会見拒否を宣言したテニスの女子世界ランキング2位の大坂なおみ選手は5月、テニスの全仏オープンの棄権を表明しました。
大坂選手はツイッターで初のグランドスラム・タイトルを獲得した2018年の全米オープン以来「長いうつに苦しんできて、それに対応するのに本当に苦労した。私は人前で話すのが苦手で、世界中のメディアに対して話す時に大きな不安の波に襲われる」と打ち明けました。大坂選手はウィンブルドン選手権も欠場し、東京五輪に向けて体調を整えています。
ウィンブルドン選手権を2008年から4年間取材した筆者の経験では、サッカーのワールドカップと重なった年はテニスの記事の扱いは悲しくなるほど小さくなります。強豪ひしめく男子テニスに比べ、スターが少ない女子テニスとなると注目されるのはセリーナ・ウィリアムズ選手とマリア・シャラポワ選手だけという状況でした。
大坂選手は久々の本格的なスター誕生だっただけに、4大大会主催者も「大会を盛り上げるためには選手の試合後の記者会見とメディアの協力は不可欠だが、大坂選手に欠場されると大会が盛り上がらない」と頭を痛めていると思います。
ロナウド選手のフォロワーは3億人
スポーツの主役は言うまでもなくアスリートです。大会主催者、スポンサー、スポーツメーカー、メディア、所属クラブによって巨額の富が生み出され、アスリートたちは収入を得ています。アスリートとそれ以外のステークホルダーのパワーバランスが変化してきたとフィナンシャル・タイムズ紙は別の記事で指摘しています。
ロナウド選手のインスタグラムのフォロワーは何と世界一の3億人。ポグバ選手は4492万人。大坂選手は249万人です。トップアスリートの一挙手一投足が世界の関心を集め、SNSを通じて、そのままマーケットに直結する時代になりました。
「水」を飲むことを勧めるロナウド選手も昔は、コカ・コーラの広告に出ていました。影響力が小さかったから広告主の意向に沿わなければならなかったのか、“損得勘定”からコカ・コーラのボトルを取り除いたのかは本人にしか分かりません。
スポーツメーカーやスポンサーも最近、積極的にアスリートの社会的な主張や活動を支持するようになりました。トップアスリートはSNS全盛の時代を迎え、国家を上回る影響力や発言力を手に入れました。それを決めることができるのはトップアスリートだけなのです。
(おわり)