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トナカイさんへ伝える話(86)ネットで行われているいじめについて・3

小川たまかライター
(提供:イメージマート)

 少し間が空いてしまってすみません。今回は、ネットで行われているいじめについての3回目です。北村紗衣さんや、オープンレターの方々に対して行われている誹謗中傷について書きたいと思います。

(1)はじめに:ネットのいじめについて

(2)「法クラ」がこれまでやってきたこと

(3)オープンレター、呉座騒動とは

(4)#Kutooの「著作権侵害」訴訟と、その後の訴訟

 なるべくさっくり短めにまとめ……ようと思ったのですが、やっぱり長くなってしまいました。ごめんなさい。。。ですので目次を作りました。GWのどこかでゆっくり読んでください。

【目次】

①3分でわかる呉座騒動、これまでの経緯まとめ

②呉座騒動から考えるミソジニー

 ・オープンレターが書いた内容

 ・印象操作の数々・実名編

 ・印象操作の数々・匿名編

 ・オープンレターの何がそんなにミソ心に火をつけたのか

③ところで、呉座さんってそもそもどんなツイートをしたの?

④訴訟は今後どうなるのか

 ・呉座さん→日文研(地位確認訴訟)

 ・呉座さん→日本歴史学協会(名誉毀損訴訟)

 ・オープンレター→呉座さん(債務不存在確認請求訴訟)

 ・北村さん→山内さん(名誉毀損訴訟)

写真:アフロ

①3分でわかる呉座騒動、これまでの経緯まとめ

 ことの発端は、ベストセラー『応仁の乱』でも有名な歴史学者・呉座勇一さんが鍵アカウントの中で、女性蔑視的なツイートや、イギリス文学者である北村紗衣さんに対して嘲笑的・侮辱的なツイートを複数回投稿していたことでした。鍵をかけたアカウントなので直接北村さんに目に入ることはなかったのですが、呉座さんのフォロワーの中に見かねて北村さんに伝えた人がいたようです。

 そこからの経緯は下記の通り。現在、北村さんの代理人の一人を務めてらっしゃる太田啓子弁護士のFacebookを参考にしつつ、要約や追記をしました。

 大体知ってるよ、という人は、次の見出しまで飛ばしてください。

(1)2021年3月以前

呉座さんが鍵アカウントの中でさまざまな投稿。女性蔑視的なツイートや、北村さんへの嘲笑的・侮辱的なツイートもあった。

(2)2021年3月17日〜20日頃

北村さんが気付き、ツイッター上で指摘。北村さんへの加勢、呉座さんへの擁護などが入り乱れる事態となるが、程なくして呉座さんがツイッター上で謝罪(その後、アカウントを削除)。

(3)2021年3月23日

呉座さんが時代考証を担当する予定だった大河ドラマ「鎌倉殿の13人」からの降板を発表。

(4)2021年3月24日

呉座さんの所属先だった国際日本文化研究センター(以下、日文研)がホームページに謝罪文を掲載。 

(5)2021年4月2日

日本歴史学協会がHPで「歴史研究者による深刻なハラスメント行為を憂慮し、再発防止に向けて取り組みます(声明)」を発表。

(6)2021年4月4日

研究者や出版関係者らの有志がオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」を公表し、賛同人を募る。オープンレターの差出人は北村さんら10数名。※2022年4月4日に公表停止。

(7)2021年7月21日

呉座さんが北村さんに代理人を通じて正式に謝罪し和解。謝罪文を公開。謝罪文へのリンクはこちらにあります。

(8)2021年8月

日文研が呉座さんに対して決定していたテニュア資格の付与を取り消す。

※テニュア資格は基本的に終身雇用が保障された教員の立場。日文研は呉座さんに対して2021年1月にテニュア資格付与を決定、10月から准教授に昇格予定だった。

(9)2021年11月25日

呉座さんが日文研に対してテニュア資格付与取り消しをめぐって地位確認訴訟を起こす。日文研側は争う姿勢。

呉座さんがテニュア資格付与を取り消されていたことが、このニュースで判明。この頃から「オープンレターのせいで呉座さんが職を失った」「行き過ぎたキャンセルカルチャーだった」といった批判がネット上で激しくなる。

(10)2021年1月頃

オープンレターの署名賛同人に、架空名義や他人名義で賛同申し込みをしたと思われるケースが複数判明。オープンレターが批判に晒される。

(11)2022年1月31日

オープンレターが2022年4月4日に公表停止することを公表。理由は「一定の役割を果たすことができたことに鑑み」。

(12)2022年2月17日

呉座さんが、北村さんを除くオープンレターの差出人に対して「名誉毀損がある」として代理人である吉峯耕平弁護士を通じて書類で謝罪や100万円の損害賠償請求を通知。※北村さんが除かれているのは、北村さんとの間で和解が成立しているためと推測される。

(13)2022年2月25日

オープンレター側(北村さんを除く)が、損害賠償を支払う義務がないとして債務不存在確認請求訴訟を提起。

同時に北村さんが、北村さんに対してネット上で誹謗中傷を繰り返していた「雁琳(@ganrim_)」こと、甲南大学の非常勤講師・山内翔太さんを提訴。

これらを報告するための記者会見を開く。

(14)2022年3月31日

呉座さんを擁護する「新世紀ユニオン」という労働組合?がブログの中で呉座さんと北村さんは「金銭解決での和解が成立している」と記述。これをきっかけに、「え? 某坊センセー、G先生から和解金まで取ってたの?」など、北村さんを責める内容のツイートが複数投稿される。

(15)2022年4月7日

呉座さんが、(5)について日本歴史学協会に対して訴訟提起したことをブログで明かす。

(16)2022年4月14日

北村さんが、呉座さんから和解金を受け取ったとされたブログ(14)の内容について、ツイッター上で明確に否定。「やむを得ずお知らせします」「私はお金を受け取っていません。呉座さんに、女性に関する基金への寄付をお願いし、実際にそれが実行されました

まとめると、今回の件でこれまでに明らかになっている訴訟は以下の4つです。

・呉座さん→日文研(地位確認訴訟)

・呉座さん→日本歴史学協会(名誉毀損訴訟)

・オープンレター→呉座さん(債務不存在確認請求訴訟)

・北村さん→雁琳(山内)さん(名誉毀損訴訟)

 オープンレターから訴訟提起された呉座さんは反訴が予想されていますが、まだその報道はありません。一部で呉座さんがオープンレターを訴えたという誤解をしている人がいましたが、呉座さんからオープンレターへの訴訟提起は今のところありません。【追記】その後、呉座さんから反訴

写真:アフロ

②呉座騒動から考えるミソジニー

 経緯からわかる通り、呉座さんが一方的に北村さんに対してツイッター仲間と陰口を叩いていたことが発端です。そして呉座さんもそれについては謝罪し、両者の間では和解が結ばれています。

 それではどうしてここまでこじれてしまっているのか。「ツイッターで陰口とか、わしが幼稚だったすまん」「ええで」だけですまなかったのはなぜか。

 呉座さんからすると「陰口は悪かったと思うけれど、テニュア剥奪されるほど悪いことはしていない」なのでしょう。オーバーキルであると。罪に対して制裁が重すぎると。だから日文研に対して地位確認訴訟をしています。

 オーバーキル問題であれば日文研に対してだけで良かったはずが、呉座さんはそれだけでは腹の虫が収まらず、オープンレターに対しては書面で謝罪や100万円の損害賠償を求め、日本歴史学協会に対しては名誉毀損訴訟を起こしました。

【オープンレターが書いた内容とは】

 じゃあ、オープンレターが書いた内容ってなんだったのか? すでに公開が終了してしまったので全文紹介することは叶いませんが、私が読んだ印象としては、現代のネット上に蔓延る差別的な文化と距離を取り、誰もが参加できる自由な言論空間を作っていくことを目指す前向きなものでした。

 オープンレター批判派の意見の中には、10数回も呉座さんの名前が出てくるから明らかに呉座さんへの制裁目的だというものがありました。

 でもたとえば、次のような一文。

「私たちは、呉座氏の行ってきた数々の中傷と差別的発言について当然ながら大変悪質なものであると考えますが、同時に、この問題の原因は呉座氏個人の資質に帰せられるべきものではないとも考えています」

 ネット上で「お遊び」のように差別的な発言、からかいをする文化がもともとあり、呉座さんはそれに影響された一人であると。これが呉座さんへの更なる制裁目的の文章だとは私は思えません。やらかしたときにこれは呉座さんの資質の問題ではないと被害者から言われたら、むしろ「許された」と思いませんか。

 自分がやられた側だと考えてみれば、これが寛容な態度でありつつ、未来の被害者のために再発防止を目指したものであることがわかります。呉座さんや呉座さん擁護側は、反省しているのであれば冷静に文面を読むべきだったと思います。敵対的な意図をわざわざ読み取ろうとしてしまったのは呉座さん側では。

 私は呉座さんがオープンレターや日本歴史学協会に対して強気な姿勢で「けんか」を挑んだことについて(呉座さん擁護派からすればオープンレターが先にけんかを売ったことになるんでしょうが)、ネット上での呉座擁護派からの加勢、そして執拗な北村さんやオープンレターへの攻撃が関係していると考えます。

 ネット上で、北村さんやオープンレターを腐しバカにし、呉座さんを擁護する人たちの意見をまたも吸い上げてしまっているのではないかと。

 それでは、呉座さん擁護側のツイートを見てみましょう。

提供:イメージマート

【呉座さんに加勢しオープンレターを貶める印象操作の数々・実名編】

 オープンレターを腐すツイートにはたとえばこんな感じ。

(1)「オープンレターが呉座先生の社会的評価を低下させたことはあまり争いはないと思うが」https://twitter.com/kamatatylaw/status/1500234677365645313

(2)「もう世間の関心は女性差別から離れ単におもしろネタとして消費されているだけなのに、この段階で訴訟ちらつかせるとか大学人が同じ業界の仲間吊し上げて脅しかけるとか、意味不明」https://twitter.com/hazuma/status/1485547802608693251

(3)「さえぼう(北村准教授)みたいな地位のある人が公の面前であれだけ醜態を晒したら、そりゃ盛大な批判を受け続けるし、許容範囲を超えたものも結構な数が出てくる」https://twitter.com/kyoshimine/status/1484931764929789963

(4)「例のヴォルデモート書簡、弁護士で賛同者に名を連ねてるのは一人だけで(略)皆さんリスク管理がお上手ですね」https://twitter.com/yomimate/status/1484342720953200640

 (1)(3)(4)は弁護士によるもの。(2)は著名評論家です。

 (1)については、オープンレターが呉座さんの社会的評価を低下させたかどうかはこれからの訴訟で何らかの決着がつくはずです。私のように呉座さんの社会的評価を失墜させるものではないと読む人間もいるので、「社会的評価を低下させたことはあまり争いはないと思う」はこの人の主観に過ぎません。

 しかし弁護士の先生がこのようにツイートすることは、呉座擁護派に「オープンレターは呉座さんの社会的評価を低下させた」と言い切る言い分を与えます。

 ちなみにこの弁護士さんは、このツイートだけ見ると一見中立っぽいですが、一貫して呉座さん擁護、オープンレター批判をしてきた人です。オープンレターの代理人である神原仁弁護士による「「オープンレターは名誉毀損」「署名者は撤回せよ」と散々煽って紛争を激化させたのは高橋弁護士ではなかったか?」という引用RTを見ると、だいぶ印象が変わる人も多いのでは。こういう、「しれっと中立仕草」が得意なツイッター弁護士さん、ちらほらいます。

 (2)も、おもしろネタとして消費されているというのはこの方の主観であり、主観を事実のように語ってしまってます。「訴訟ちらつかせる」というのは、雁琳さんに対して北村さんが弁護士を通じて内容証明を送ったことについてだと思いますが、ネット上でしつこく誹謗中傷された側がそれをやめてほしいと法的手段に訴えることがそんなにおかしいでしょうか? 発端となった雁琳さん、呉座さんの行為を過小評価し、北村さんやオープンレター側の対抗策を過剰に言い立てています。

 (3)についてはまず、「公の面前であれだけ醜態を晒したら」って、それは呉座さんに言ってやれよと。すべての発端は呉座さんの言動なので。

 また、前後のツイートからするとここで「あれだけ醜態」と言っているのは、オープンレターに偽の署名が多数あったことやそれを放置していた管理体制についてだと思いますが、オープンレターに偽の署名があったのって、オープンレターへの嫌がらせ目的だったと考えるのが妥当です。その点を無視して、「あれだけ醜態を晒した」ことが事実であるようにツイートする。ひどい。

 私からすると、この件だけではなく石川優実さんへの訴訟を扇動するようなツイートをしたり、着々とミソジニー弁護士として名を挙げつつあるこの吉峯弁護士こそ、醜態を晒しているなあと思うのですが。

 (4)については以前も紹介した筋肉弁護士のミソジニー嫌味ツイートボンバーです。こうやって仲間内に目配せして笑う文化が陰湿だとまさにオープンレターが指摘しているのだが。

 あと、弁護士の賛同者が少ない理由について、知人の弁護士さんは「あれは研究者や出版界に呼びかけたレターだと思ったので…」と話してました。オープンレター側につく弁護士なんていないだろwと、呉座さん擁護派は思っていたみたいですが、オープンレター側には23人の弁護団がついていて、その多くが男性です。

 経緯の(14)で書いたような、「新世紀ユニオン」による和解金デマや、それに釣られて北村さんを叩くようなアカウントはもう論外です。北村さんは和解金を受け取っていませんでしたが、たとえ被害者が和解金を受け取っていたってそれで責められる謂れはありません。

写真:イメージマート

【呉座さんに加勢しオープンレターを貶める印象操作の数々・匿名編】

 このような弁護士、著名人によるツイートを後ろ盾のようにして、直球攻撃や明らかなデマを流しているのが匿名アカウントです。たとえば下記のように。

(1)「名誉毀損で訴えられて恥を晒している日本のオープンレター」https://twitter.com/skryta/status/1497862861296599045

(2)「北村さんが記者会見に同席した(原告ではないのに!)と聞き,もはや非当事者の建前さえ放棄していることを知る」https://twitter.com/Kelangdbn/status/1497463235347632128

 経緯で説明した通り、現時点でオープンレターは呉座さんから訴えられていませんので、「名誉毀損で訴えられて恥を晒している」はデマです。

 また、2月25日の記者会見で北村さんが同席していたのは、同時に北村さんから雁琳さんへの訴訟提起が報告されたからです。このような情報についてきちんと精査せず、相手を貶められるなら間違ったツイートをしても消さず悪びれず堂々としている。醜態を晒さないでくださ〜い!と、思います。

 実名・匿名で北村さんたちを貶めるツイートのうち、ここで紹介したものはほんの一部です。非常に恐ろしいのは、彼らの中では呉座さんを擁護するために北村さんたちを貶めたりバカにしたりすることが、もはや正しいことであるかのように認識されているように見えることです。オープンレターという偽善&巨悪と闘う俺たちカッケー的な。

写真:イメージマート

【オープンレターの何がそんなにミソ心に火をつけたのか】

 オープンレターの文面の何がそんなにミソジニーの皆様を発奮させたのか。端的に言って女が頭良さげに真っ向から正義を言い立てたからだろうと思いますが、細かく見ると、たとえば次のような箇所。

「呉座氏は謝罪し処分を受けることになりましたが、彼と『遊び』彼を『煽っていた』人びとはその責任を問われることなく同様の活動を続け、そこから利益を得ているケースもあります。このような仕組みが残る限り、また同じことが別の誰かによって繰り返されるでしょう」

 呉座さんの件はすでに処分が終わったものと捉え、彼と一緒に「遊び」を行っていた人の言動に対して注目を向けさせるための文章だと私は理解します。

 だからこそ、呉座さんと一緒に「遊んで」いた人たちは怖いでしょうね。今度、「制裁」されるのは自分たちかもしれない。そんなことはあってはいけない。いくらでも生意気な女を叩いて遊んでいたいのに。俺たちにはその権利があるはずなのに。その前にオープンレターを潰さなきゃ。そう思うんでは。

写真:イメージマート

③ところで、呉座さんってそもそもどんなツイートをしたの?

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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