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シャンシャンの返還延期は日本への秋波か 韓国ガールズバンドには非難殺到 中国のパンダ外交を読み解く

木村正人在英国際ジャーナリスト
パンダは中国外交を読み解く貴重なヒントになる(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

リーリーとシンシンの返還期限も5年延長

[ロンドン発]東京・上野動物園で飼育されているジャイアントパンダの子どもシャンシャン(雌、3歳)について都と所有権を持つ中国が返還を来年5月に延期する方向で最終調整を進めているそうです。コロナ危機で輸送の目処が立たないのが直接の理由ですが、菅義偉首相に中国が送ってきた秋波かもしれません。

共同通信によると、15歳になる父親のリーリーと母親のシンシンも来年2月までの返還期限が5年程度延長される方向です。シャンシャンは2017年6月に誕生し、満2歳の月齢時に中国に返還される予定でしたが、昨年5月に返還期限が今年末まで延長されていました。

一方、韓国ではK-POPの4人組ガールズグループ「ブラックピンク」がリアリティー番組で、韓国で初めて生まれたパンダの赤ちゃんを抱っこした際、濃い化粧を落とさないまま素手で触ったとして中国のネチズンの逆鱗に触れました。ブラックピンクのメンバーは触る前に手をきちんと消毒したと釈明しました。

「メンバーの中にはペットの犬や猫を飼っている人もいる。人獣共通感染症をパンダの赤ちゃんにうつすリスクがある」「私はブラックピンクが好きだが、パンダは中国の国宝」「韓国ではパンダはこのように拷問され、適切に育てられていない。すぐに返還して」などの書き込みがソーシャルメディアに氾濫しました。

韓国には2016年、つがいの「楽宝(ローバオ)」と「愛宝(アイバオ)」が貸与され、今年8月に「福宝(フーバオ)」が生まれました。本来なら「福宝」は中韓友好を深めるシンボルになるはずでした。

15年、中国陝西省で犬ジステンパーが原因で5頭のパンダが死亡する事故が起きています。18年10月には商業活動のためのパンダとの緊密な接触を禁止しています。こうしたことから中国のネチズンは韓国に国宝のパンダを貸与したのがそもそもの間違いと激怒したのです。

国交正常化の親善大使だったパンダ

日中国交正常化を記念して上野動物園に初めてパンダがやって来たのは1972年。周恩来首相が田中角栄首相(いずれも故人)との非公式の会談の場で「日本国民へパンダを、ひとつがい贈りたい」と申し出、カンカン、ランランが中国から無償提供され、日本中がパンダブームに沸きました。

それに先駆けリチャード・ニクソン米大統領(故人)が訪中した際もワシントンのスミソニアン国立動物園にパンダのつがいが贈られました。パンダは中国が西側諸国と国交を正常化したシンボルです。いわゆる「パンダ外交」は中国の出方をうかがう貴重なバロメーターになります。

そのスミソニアン国立動物園は今月7日、中国野生動物保護協会(CWCA)と2023年12月7日まで共同研究契約を延長し、8月に生まれたばかりの子供を含むパンダ3頭はそれまで同動物園で暮らすことになったと発表したばかり。

人民日報の国際版「環球時報」(電子版)も「ジャイアントパンダを救うための中国人研究者との協力は今や半世紀を超える」というスミソニアン国立動物園保全生物学研究所のスティーブン・モンフォート所長の言葉を伝えています。

民主党のジョー・バイデン前副大統領が先の米大統領選で勝利したことで、中国の習近平国家主席が急激に冷え込んだ米中関係の雪解けを望むシグナルをバイデン氏に送っていることが分かります。

海外の動物園で飼育されているパンダは約50頭

ジャイアントパンダをロゴとして使っている世界自然保護基金(WWF)によると野生に生息するジャイアントパンダは1864頭。国際保護団体パンダズ・インターナショナルによると、それ以外に約600頭が飼育されています。中国国外の動物園でジャイアントパンダ計約50頭を飼育している国は次の通りです。

オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、インドネシア、日本、マレーシア、メキシコ、オランダ、ロシア、シンガポール、韓国、スペイン、台湾、タイ、イギリス、アメリカです(パンダズ・インターナショナル)。

西側諸国との国交正常化が相次いだ時期とは異なり、それぞれのホスト国は中国にいわゆる“レンタル料”を支払っています。上野動物園のリーリーとシンシン、シャンシャン親子の場合、東京都は中国側に年間約95万ドル(約9900万円)の“レンタル料”を支払っていると日経新聞は報じています。

自民党の二階俊博幹事長は党内切っての親中派。地元・和歌山のアドベンチャーワールドでは6頭のジャイアントパンダが暮らしています。中国共産党がいかに日本のキーパーソンとして二階氏を重視しているかがうかがえます。

中国の「パンダ外交」は日中戦争期、中国国民党指導者、蒋介石の妻、宋美齢がアメリカに2頭を贈ったのが始まりです。宋美齢は対米宣伝工作を担当、パンダ贈呈は中国のイメージアップを図り、アメリカを味方につけるのが目的だったそうです。

3期に分かれるパンダ外交

英オックスフォード大学のポール・ジェプソン博士(当時)らは2013年に「中国はパンダローンをキュートに利用している」と分析した研究結果を報告しています。それによると中国の「パンダ外交」は3期に分けることができるそうです。

(1)1937~1983年、日中戦争と冷戦。国交正常化と友好の“親善大使”として無償提供

(2)1984~2007年、トウ小平氏の開放政策。1984年、ジャイアントパンダは絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)で附属書1(今すでに絶滅する危険性がある生き物)に格上げされ、基本的に商業目的の取引は禁止される。ジャイアントパンダのつがいを年間100万ドル(約1億円)の“レンタル料”で貸し出し開始

(3)2008年~、四川大地震後

死者・不明が8万8千人以上にのぼった2008年の中国・四川省大地震でジャイアントパンダの保護センターが荒廃し、60頭のジャイアントパンダについて収容先を探す必要に迫られる。パンダローンは収容先を見つけると同時に保護センターの再建資金を稼ぐ一石二鳥の策となる

ジェプソン氏は14年当時、筆者に取材にさらに詳しくこう答えています。

(1)1937~1983年

蒋介石はアメリカとの関係を強化するためパンダ2頭を贈呈。中国共産党の毛沢東時代も地政学に基づき戦略的な関係を強化するため、1957年に旧ソ連にパンダを贈呈している。北朝鮮にも贈られる。

ニクソン電撃訪中に合わせて、1972年、シンシン、リンリンのつがいがワシントンのスミソニアン国立動物園に贈呈される。同年、日本でもカンカン、ランランがパンダブームを巻き起こす。外交目的を達成するため、首都の動物園に贈られる。

続いてフランス、イギリス、メキシコ、スペイン、西ドイツ(当時)にも。1957~83年にかけ「親善大使」として贈呈されたジャイアントパンダは全部で24頭。

(2)1984~2007年

トウ小平氏が開放政策を進めたため「パンダ外交」も地政学より市場の重要性が重視されるようになる。84~87年、8つの動物園に月5万ドルで貸与されるが、91年には短期の貸し出しは禁止される。

(3)2008年~

四川大地震でジャイアントパンダの生息地の5.9%が破壊され、67%が影響を受ける。年に1~3日間しかないジャイアントパンダの交尾期間を直撃。ジェプソン氏は「パンダ外交の第3期は自由貿易協定(FTA)に合意しているか、価値のある資源や技術を中国に提供している国に限定されている」と分析。

「パンダ外交」を読み解く重要なポイントは現在、何頭いるかではなく、どれだけジャイアントパンダが中国からやってくるのか、また、それとは逆に返還されるのかだそうです。

「パンダ外交」とFTA

まず、中国がFTAを締結した国・地域を順番に見ていきましょう。

2002年、ASEAN(東南アジア諸国連合)

タイ、03年10月にジャイアントパンダのつがいが到着

マレーシア、14年5月につがいが到着

インドネシア、17年9月につがいが到着

03年、香港、07年につがいが到着

03年、マカオ、10年12月につがいが到着

05年、チリ

06年、パキスタン

08年、ニュージーランド

08年、シンガポール、12年9月につがいが到着

09年、ペルー

10年、コスタリカ

10年、台湾、08年12月につがいが到着

13年、アイスランド

13年、スイス

14年、韓国、16年3月につがいが到着

14年、オーストラリア、09年11月につがいが到着

17年、ジョージア

17年、モルディブ

19年、モーリシャス

20年、カンボジア

資源や技術供与にも一役買う

パンダ外交とFTAには密接な関係があることがうかがえます。次は資源や技術供与に注目してみましょう。

11年、英スコットランドにつがい

スコットランドはサケ、ランドローバー、石油化学・再生可能エネルギー技術26億ポンド(約3600億円)相当を中国に供与

12年、フランスにつがい

酸化ウラン供与、フランスの原子力企業アレバが中国でウラン処理施設を建設、国際石油資本トタルが中国の石油化学プラントに投資。総額で200億ドル(約2兆円)

13年、カナダにつがい

カナダは中国に酸化ウランを供与、中国の国営石油企業がカナダのオイルサンド企業を21億ドル(約2186億円)で買収。原発を増やす計画の中国にとってウランの確保は不可欠

このほかベルギー、オランダ、フィンランド、デンマーク、ロシアにもパンダのつがいを貸与しており、アメリカとの関係が悪化する中で中国の習主席は「パンダ外交」も使って欧州との関係を強化しようとしていたことがうかがえます。

「信頼」「好意」「依存」「適応」の象徴

前出のジェプソン氏は中国語で互いに利益を享受できる関係を意味する「グァンシー」にも注目しました。基本となるグァンシー4原則は「信頼」「好意」「依存」「適応」。パンダ外交は「グァンシー」の象徴です。

2010年にはアメリカ生まれのパンダ2頭が中国に送還されましたが、その直前にバラク・オバマ米大統領はチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世との会談は対中関係を損なうと警告を受けていました。

韓国のガールズグループ「ブラックピンク」への反発は、中国は韓国にグァンシーの「信頼」や「好意」を感じなくなっていることを示唆しているのでしょうか。

香港国家安全維持法の強行や不誠実なコロナ危機への対応で欧米諸国の中国への警戒心はピークに達しています。日米の政権交代を機に中国はドナルド・トランプ米大統領が築き上げた対中包囲網を緩和させるため、菅首相やバイデン次期大統領に「パンダ外交」を使い始めたのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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