だんだんジャズ~Bの巻~コルトレーンに学ぶトレンディでファッション・センス的な変遷
毎回3曲ずつジャズの曲を聴き比べながら、なんとな~く、だんだんジャズがわかってきたような気になる(かもしれない)というシリーズ企画『だんだんジャズ』の2回目は、Bの巻です。
●Bの巻のポイント
Aの巻では、同じ曲なのに「同じとは思えない」ように演奏するのがジャズの特徴である、ということに慣れてもらうための3曲を例題にしましたね。
今回は、それを一歩進めて、同じ人なのに「同じ人の演奏とは思えない」ようになってしまうのもジャズの特徴だということに慣れてもらおうと思います。
題材は、ジョン・コルトレーン。ジャズを「20世紀最大の芸術」と言わせしめるまで発展させた功労者として10指に入る……、いや5人、いやいや3人のうちの1人と言ってもいいほどのグレートなアーティストです。まずはその演奏を楽しんで、それから違いをジックリ噛みしめてみてください。
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♪ジョン・コルトレーン「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」
1926年生まれのコルトレーンがプロとしてデビューしたのは1946年の20歳のとき。彼が注目を浴びるきっかけとなったマイルス・デイヴィス・バンドへの参加は1955年で、時代はビバップを基調としたジャズが主導権を握ろうとしていた。それまでの主流であるスウィングを「丸い音」とたとえるなら、ビバップやその発展形であるハード・バップなどは「カクカクした音」と言える。そのなかでもコルトレーンの音のカクカクさは半端じゃなかった。それが証拠に、デビューから10年以上も注目を浴びなかったのだから。その彼が、バラードを吹くとこうなる。それまではヴィブラートと抑揚たっぷりな奏法で演奏されていたスロー・テンポの曲を、彼は自分流に塗り替えた。そしてジャズの表現方法も、彼に合わせて変わっていった。
一説に、コルトレーンがこの演奏を録音した1962年当時、楽器の調子が悪くてスローな曲しか吹けなかったと伝えられているが、百歩譲って調子が悪い楽器を手にした演奏だとしても、これだけのニュアンスを出せたのであればやはり尋常とは言いがたい。それにやっぱり、それまでのソフトでムーディなバラードの吹き方とは一線を画している。そのことに違和感をもたれないようにするための宣伝戦略だったという説のほうが、ボクには腑に落ちるのだが。
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♪ジョン・コルトレーン「マイ・フェイヴァリット・シングス」
1959年にブロードウェイで上演され、1965年には映画も公開されたミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入歌だったこの曲を、コルトレーンは早くも1961年リリースのアルバムにタイトル曲として収録している。ここで用いた「3拍子、短調、ソプラノ・サックス」は、以降の彼の重要なモチーフとなって、「コルトレーン・ジャズ」と呼ばれるスタイルをもたらした。この3つの要素もまた、それまでのジャズ全般のセオリーから見れば“異端”と言わざるをえないもので、それゆえにコルトレーンは「自分らしさ」を表現するためのフォーマットを発見したとも言える。
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♪ジョン・コルトレーン「ジャイアント・ステップス」
実は今回選んだ3曲は、その録音時期を遡った順序に並べている。この曲を録音したのは1959年、マイルス・デイヴィスのバンドで注目を浴びたコルトレーンが、満を持して展開した実験的な手法がてんこ盛りという内容なのだ。なかでも、この後の3年で彼が表現しようとした音楽を「シーツ・オブ・サウンド」と呼ぶようになるきっかけとなったのが、この曲の構成と奏法だった。めまぐるしく変わるコードを音階にバラして休みなく吹き続けるという方法論は、コードとアドリブという任意のメロディとの組み合わせで発展してきたビバップ以降のジャズを、真っ向から否定しているとも言える。
旧弊からの解放すなわち“自由の獲得”とは、ときには自分が拠り所としたホーム・グラウンドさえも破壊しなければ手にできないものであるという思想は、1960年代のアメリカで台頭した公民権運動に強く影響されていたわけだけれど、そうした社会的背景を敏感に映し出した芸術がジャズであり、それを実行した人がコルトレーンだったということも、併せて知っておきたい。
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●まとめ
ジャズでももちろん、精進を重ねながら1つのスタイルを確立して継続させていたミュージシャンがいなかったわけではありません。でも、ほとんどのミュージシャンは、流行に合わせて着るものを変えるように、ジャズの演奏スタイルという重要なアイデンティティに関わるような部分でさえもあっさりと変えて、次の「新しい音楽」をめざそうとしていました。それはジャズが発展していくための原動力であったとともに、どんなジャンルの音楽もジャズに仕立て直してしまえるほどの柔軟性として、ジャズを特徴づけるものになっていきました。正確に定義づけできないほど雑多なヴァリエーションがジャズに存在するのは、ジャズが自ら招いた結果というわけです。
ですから、同じ人が演奏しているジャズを聴いているのに同じ印象をもつことができないのも、無理はありません。むしろジャズでは当たり前。「違いを味わう」ことができてこそ、ジャズの楽しみ方も広がるということを、ぜひ覚えておいてください。
ここに挙げた3曲は、2012年に上梓した拙著『頑張らないジャズの聴き方』の「ステップ編」で欄外に掲載していたものを参考にしながら、新たにYouTubeを探し直して選んだものです。