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習近平、「南京事件」国家哀悼日に出席――演説なしに関する解釈

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2014年12月13日、南京事件、 初の国家追悼式典に出席した習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 13日、南京での記念式典に習近平が出席した。習近平の演説がなかったことに関し日本では「日本に対する配慮」と報道しているが、これまでの流れを考えればこの解釈はおかしい。そこで中国政府高官に理由を聞いた。

◆日本のメディアは誰に忖度をしているのか?

 12月13日、習近平国家主席が南京市で行なわれた「南京事件」国家哀悼日の記念式典に出席した。しかし習近平は演説せず、演説したのは元チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員)の一人で、現在は全国政治協商会議主席である兪正声(ゆ・せいせい)氏だ。

 このことに関して日本の多くのメディアは「日中関係(あるいは日本)に配慮したからだ」としている。

 たとえば時事通信社は、習近平が演説しなかった理由を、「中国、異例の対日メッセージ=関係改善ムード維持」という見出しの記事の中で、「日中関係改善に向けた機運が高まる中、習氏は異例の形で対日メッセージを送った」とした上で、「対日批判の抑制を行なった」とまで踏み込んで書いている。

 また朝日新聞DIGITALは、記事の見出しは「南京事件80年、習主席が3年ぶり式典出席」と客観的ながら、やはり「習近平(シーチンピン)国家主席が出席したが演説はしなかった。改善ムードにある日中関係に配慮した形だ」という解釈を付け加えている。習近平の心中に関して、ほぼ断定的だ。

 いったい、誰に対して忖度しているのだろうか?

 他の新聞もテレビも、ほとんどが、この「日本への配慮」という言葉を付け加えて報道することで足並みを揃えている。

◆中国政府高官に確認してみた

 習近平政権が、日中戦争時代の1937年に日本軍が南京を占領した日である「12月13日」を国家哀悼日に定めたのは、2014年のことである。中国建国以来、初めてのことなので、最初の式典に習近平が出席し演説をするのは自然のことだろう。それまでは地方の行事でしかなかったものを、国家レベルに引き上げたのだから、むしろ演説しないとおかしいくらいだ。

 2015年の記念日では、また元通り、南京市が属している「江蘇省」の人民政府が主宰して、中央の政治局以上の者は誰も出席していない。

 2016年に、ようやく中共中央政治局委員で中共中央組織部の趙楽際部長が派遣されて演説をしている。

 今年が「南京事件」の80周年記念に当たるからと言って、この流れの中で、再び習近平が演説するのは、筆者から見ると逆にしっくりこない。習近平の「格下げ」につながるからだ。

 80周年記念という意味では、2016年の政治局委員より一つ上の政治局常務委員にしたいところだが、ちょうどいいことに党大会が終わったばかりで「元常務委員」がいる。おまけにまだ来年の3月に開催される全国人民代表大会までは、国務院(中国政府)系列からすれば、まだ現役の者が複数いる。だから兪正声(元党内序列4位)あたりにした。張徳江(元党内序列3位)でもいいが、前年の政治局委員との職位の差を考えれば、演説をする者の職位はこの辺りが妥当だろう。

 しかし節目の80年記念なので、習近平は一応、顔は出す。

 筆者は、そのように解釈していた。

 だから日本の報道の解釈には、どうにも納得がいかない。そこで、いっそのことと思い、中国政府高官に聞いてみた。すると、以下のような、激しい口調の回答が戻ってきた。

 ――日本は何をバカバカしいことを言っているんだ! 勝手に「自分はこう思う」という個人的見解を述べるのは、自由と言えば自由だろうが、習近平が演説しなかったことに対して、少なくとも「日本への配慮」などと解釈することは笑止千万! もし配慮しているならば、そもそも出席しないだろう。国家記念日と決定した最初の年に習近平が演説するのは、決定した最高責任者としての責務があろうが、そのあと出席していないのに、なぜ突然演説までしなければならないのか?出席しただけで十分だ。もし演説しなかったことを「日本に対する配慮」などと言うのなら、これまで出席しなかった習近平が出席したことを何と位置付けるつもりか。それこそは「日本に対して抗議を示したいからだ」とは思わないのか?日中韓首脳会談が、まるで今年中に日本で開催されるようなことを日本では報道していたようだが、それがなぜ実現しなかったと思っているのか。中国がどんなに反対しても日米韓合同軍事演習を続け、米軍のTHAADを韓国に配備して中国の安全保障を脅かすようなことをアメリカはしているが、日本はそれを全面的に支持しているからだ。中国は今、そのことと闘っている。どんなことがあっても、この日米韓合同軍事演習を止めさせ、対話交渉に導いてやる。日米韓の協力が軍事同盟になるようなことがあったら中国は絶対に許さない。これに関しては一歩も引くつもりはない。だから韓国と合意を取り付けたばかりだ。安倍は憲法改正をして日本が軍国主義国家になる方向に動こうとしているではないか。そんな日本に、なぜ習近平が配慮などしなければならないのか?! いい加減なことを言うな!

 まるで機関銃の引き金を引いたように言葉は留まるところを知らず、いつまでも激しく鳴り響いた。

◆毛沢東は「南京事件」に触れることさえ許さなかった

 そもそも建国の父である毛沢東は、「南京事件」を記念したことがないし、口にするのも教科書に載せるのも許さなかった。

 なぜか――?

 それは「南京事件」が起きたとき、毛沢東は遥か遠い陝西省の延安にいて、むしろ政敵である蒋介石率いる国民党軍に日本軍が打撃を与えたことを喜んだくらいだ。その詳細は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に詳述した。これまで何度も書いてきたので、拙著の中の引用は控える。一部は2015年10月13日付のコラム<毛沢東は「南京大虐殺」を避けてきた>に書いたので、興味のある方は、そちらをご覧いただきたい。

 筆者とまったく関係のないアメリカの中文メディアの一つである「阿波羅楽網(aboluowang)」は「中共はなぜ30数年間も南京大虐殺を提起しなかったのか?」という見出しで、以下のようなことが書いてある。

 ――中共は建国してから30年以来、ずうっと南京大虐殺のことを提起してこなかった。80年代になって中共メディアはようやく、いやいやのように少しずつ触れ始めた。中共のこの奇怪なやり方に関して、「中共は歴史の真相を覆い隠したいからだ。中共が抗日戦争を戦い勝利に導いたのだという嘘を作り上げたいからなのである。もし学生たちに“南京大虐殺”の真相を明らかにすれば、どうしても抗日戦争における国民党軍の抵抗と犠牲を避けて通るわけにはいかなくなるからである」と分析した者もいる。1979年以前の中国大陸の教科書には「南京大虐殺」に関する記述は一切ない。長いこと「南京大虐殺」は「禁区(禁止区域)」のようにさえなっていたのである。

◆カナダも「南京事件」を国家記念日に

 誰が見ても客観的な事実を中国政府は覆い隠し、特に習近平政権は12月13日を国家哀悼日にするだけでなく、ユネスコの世界記憶遺産として強引に登録した。

 加えて、全世界に散らばる6000万人からの華人華僑を使って、定住国における議員を動かし、さまざまなレベルの議会で、慰安婦像を設置させたり、12月13日を「南京大虐殺記念日」とすることを決議させるために運動を展開させている。

 中国政府の通信社である新華社や中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は、たとえばカナダのオンタリオ州の州議会だけでなく、マニトバ州でも州議会議員が12月13日を「南京大虐殺」の国家記念日にする動きが出ていると報道している。

 このように習近平の対日強硬策は変わっていない。むしろ慰安婦問題や南京問題で日本を心理的に追い込み、中国にひれ伏せさせて、習近平政権が唱える「一帯一路」構想に加入させようと、戦略を練っていると考えるべきだ。日本は、根拠のない、甘い期待の報道は控えるべきではないだろうか。習近平が虎視眈々と狙っている戦略が見えなくなってしまうことを危惧する。

(なお、菅官房長官は3日の記者会見で、中国側の意図について聞かれ「コメントを控えたい」と答えている。実に賢明な回答であった。)

追記:2015年ですが、中央からは全国人民代表大会常務委員会副委員長の李建国(政治局委員)が出席していました。小さくしか扱われていなかったため見落としました。大変失礼いたしました。修正してお詫びします。ただ、80周年記念といえども、このレベルが連続した後に国家主席が演説するのは習近平の格下げになり、前政治局常務委員あたりが演説するのが妥当と思われます。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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