ゲーム会社がスマホゲーム開発から離れる理由
水面下で起きるスマホゲーム離れ
一般ユーザーではない。開発メーカーの動向である。水面下の動きで表立ったニュースにはなっていないが、ゲーム業界では静かに「スマホゲーム離れ」が起きている。
スマホゲームの開発を止めて、家庭用ゲームソフト・PCゲームソフトの開発にシフトする。あるいは、主力のスマホゲーム開発と平行して家庭用ゲームソフト、PCゲームソフトの開発を強化する動きがある。
『ウマ娘 プリティーダービー』や『シャドウバース』などの大ヒットスマホゲームを擁するサイゲームスは、20タイトル以上の家庭用ゲームソフト・PCゲームソフトを開発していることを公表している。『モンスターストライク』で市場を席巻しているMIXI(ミクシィ)は、従来の作風とはガラリと違う『Asym Altered Axis』というタイトルのPCゲームソフトを水面下で開発していて、ゲームファンたちを驚かせた。同作は現在も開発中で昨年秋にアルファテストを行っている。この2社はスマホゲームと平行して家庭用ゲームソフト、PCゲームソフトの開発を強化する典型だ。
過去10年間で市場が急成長。人々の生活の中に浸透したスマホゲームだが、ゲーム会社の取り組み方に変化が起きている。
スマホゲームの市場はとてつもなく大きい
『CESAゲーム白書2022』によると、スマホゲームの日本国内市場は1兆3005億円である。家庭用ゲームソフトの市場規模はここ数年間、2000億円程度を推移している。すなわち、家庭用ゲームソフト市場とスマホゲーム市場を比較してみると6倍以上もの開きがある。
そもそもスマホゲームの市場はなぜここまで大きくなったのだろうか。スマートフォンの普及台数が多いことはもちろん要因の一つだが、 それ以上に影響が大きいのはビジネスモデルの違いだ。家庭用ゲームソフトは6000円から8000円程度で、一本のゲームソフトが買える。追加料金は発生しない。 しかし、スマホゲームは基本プレイ料金は無料だが、ユーザーはプレイ中に任意で課金する。特に運の要素が強い通称「ガチャ」に参加するため高額課金するユーザーがいる。月に数千円、多い者では数万円課金する。すなわち、スマホゲームの売り上げには上限がない。したがって、スマホゲームの市場規模は大きくなるのだ。そして、ゲーム会社にとっては、売り切り型の家庭用ゲームソフトを売るよりもスマホゲームで課金したほうがビジネスモデルとしては「お得」ということになる。
ロングセラーという諸刃の剣
ゲーム会社にとってスマホゲームを開発した方が「お得」な理由がもう一つある。家庭用ゲームソフトの商品寿命は短い。 古くからある家庭用ゲームソフト流通業者の隠語で「初四日(しょよっか)」というのがある。 家庭用ゲームソフトはたいてい木曜日に発売される。木曜日、金曜日、土曜日、日曜日。発売直後の4日間が大事で、この短期間にどれだけ売れたのか? メーカーも流通業者も注目するところから生まれた隠語である。タイトルにもよるが、この「初四日」での売り上げが、そのゲームの総売上の半数以上、多い場合は8割を占めることもある。 家庭用ゲームソフトのビジネスはスタートダッシュで勝負が決まる。
対して、ヒットしたスマホゲームの商品寿命は驚くほど長い。現在のスマホゲーム全盛期を作るきっかけともなった『パズル&ドラゴンズ』というゲームがあるが、このゲームはリリースされてから来月で11周年を迎えることになる。前述したMIXI の『モンスターストライク』は今年の秋で10周年を迎える。 女性などカジュアルゲーマーにも人気の『LINE:ディズニー ツムツム』は今年の1月に9周年を迎えた。
人気スマホゲームの商品寿命が長くなる理由はいくつかあるが、代表的なものを二つ解説しておこう。まずは、開発者側からの視点だが家庭用ゲームソフトと違ってスマホゲームには終わりがない。家庭用ゲームのロールプレイングゲームのように、物語が完結するようなゲーム作りはしない。次から次へとバージョンアップを行い、新しいシナリオやミッションを投入する。加えてプレイヤー同士が戦う様子を入れ、いつも遊びたくなるような状態を作る。つまり、対戦型のスポーツや麻雀・囲碁・将棋が廃れないのと同じ構造にするのである。このように設計された、基本ルートを攻略通した後も遊び続けることのできるコンテンツのことを業界用語(和製英語)で「エンドコンテンツ」という。
ゲームユーザーの視点から見ると、ある心理が働いてゲームを止めにくい。過去に相当な費用(金銭・時間・労力)を払ってきた。ゲームを止めることはそれらの投資が無駄になる、と考えてしまいがちなのだ。行動経済学などの世界で言われる「サンクコスト(埋没費用)効果」の一種といえるだろう。わざわざ行列に並んだのだから、そのコストを惜しんで意地でも入店したくなる顧客心理に似ている。
同じ顔ぶれが上位を占めて新作がヒットしにくい構造
ヒットするとロングセラーになるスマホゲームだが、それが逆に魅力を失う要因にもなっている。スマホゲームの獲得ユーザー数や売上の上位ランキングの固定化が激しい。言い換えると、すでにユーザーが囲い込まれていて新規参入が難しい。 すなわち新しいタイトルを投入しても、ヒットする確率が低い「勝ちにくい」市場と捉えられているのだ。
ここ数年間、『LINE:ディズニー ツムツム』『モンスターストライク』『Pokémon GO』『パズル&ドラゴンズ』『Fate/Grand Order』の5タイトルはスマホゲームのトップ10から落ちることはない。トップ10だけではなく、もう少し範囲を広げてトップ500を見ても、ヒットする確率が年々低くなっていることがわかる。ゲームエイジ総研が提供するゲームアプリ解析ツール「iGage(アイゲージ)」のデータによると、トップ500に一度でもランクインしたゲーム数は2020年は176本、2021年は159本、2022年は135本と減少傾向にある。
映画の興行成績、音楽のヒットチャート、書籍のベストセラー、家庭用ゲームソフトの売り上げランキングなど、他のコンテンツ市場ではありえない。上位ランキングの固定化が、スマホゲーム市場にのみ起きているのだ。
ランキングは固定しているが、スマホゲームの映像表現はよりリッチになり開発費がかさむようになった。中国のmiHoYoが開発した『原神』は総開発費が100億円超であることを公言している。これは特殊な例だとしても、現在スマホゲームでメジャーなタイトルを開発をするとしたら最低でも10億円以上かかるというのが業界相場である。
市場規模はとてつもなく大きいが、新作がヒットする確率が低い。この傾向がますます強まる昨今、スマホゲームを「卒業」する議論が起きても、何ら不思議なことではないのだ。