2015年、政治を変えるのはワーキングクラスの女たち
英国では今年5月に総選挙が行われる。この国は日本のようにしょっちゅう選挙をやっているわけではないので、前回は2010年だった。
国会図書館の資料を見ると、英国では女性の投票者数がどんどん下がっている。選挙を追うごとに、男性の投票者数と女性の投票者数のギャップが開いているのだ。
投票しない人々は損をする。若者たちは投票しないから政府から様々なものを取り上げられているし、高い投票率を誇る高齢者層が政権から最も祝福を受けているのは誰の目にも明らかだ。そう思えば、だんだん女性が生きづらい世の中になっているのも頷ける。
資料によれば、英国の女性たちは男性よりも労働党に投票する傾向が高いようだ。どうやら英国の女たちは伝統的にレフトらしい。ガーディアン紙のポーリー・トインビーは、それには然るべき理由があると分析する。中絶や離婚をめぐる法の改正、男女の賃金平等、女性の権利向上など、女性問題での進歩をもたらす政策はすべて労働党政権のもとで行われてきたからだ。トニー・ブレアやゴードン・ブラウン時代の労働党政権だって、3歳と4歳児の保育を時間限定つきながら無料にし、貧しい地域の家族を助けるチルドレンズ・センターを全国3500か所にオープンし、育休を拡大、フレキシブルな労働時間を導入するなど、女性を助ける政治を行ったのである。
一方、保守党のキャメロン首相は昨年の内閣改造で女性を大量抜擢したりしたが、どこの国でもこういう派手なPRスタントが行われるときにはその裏で地べたの女たちが締め付けられているという現実があるもので、例えば、わたしなどは保育士なので日常的に目の当りにするが、近年の母親と祖母たちが抱えるプレッシャーは尋常ではない。
労働党政権時代に生活保護を受けながら子供を育てていたシングルマザーたちが保守党政権の生活保護打ち切り・減額政策で職場復帰を迫られているが、最低保証賃金すれすれの仕事をゲットしたところで上がり続ける一方の保育費用はとても払えない。そこで彼女たちが無料で子供を預けられる「おばあちゃん」の登場になるが、物価上昇がダイレクトに家計に響いている国では年金給付開始年齢まで働いているおばあちゃんも多く、彼女たちは孫の面倒を見るために労働時間を減らさねばならず、こちらも生活が苦しくなっている。加え、年金支給開始年齢が67歳まで引き上げられるので、彼女たちだって働き続けなければならない。これは何もシングルマザーの家庭だけの話ではない。夫婦共働きの家庭とそのおばあちゃんだって似たような状況だ。
キャメロン首相は、こうした働く女性たちのために、現政権は課税最低限度額を引き上げたと誇らしげに言う。が、なぜ多くの女性たちが課税最低所得額引き上げの恩恵に預かるレベルの所得しかもらっていないのかという根本的問題には全く目を向けていない。
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とはいえ、こんな世知辛い英国にも、昨年は明るい兆しがあったのだ。それは、こんなひどい時代だからこそ「ふざけんなよ」と立ち上がり、草の根の運動を展開して、実際に勝利した人々がいたということだ。
例えばロンドン東部ではフォーカス E 15 マザーズの公営住宅占拠運動があった。フォーカスE15というホームレス・シェルターに住んでいたシングルマザーたちが、区の予算削減でシェルター運営が困難になったから出て行けと通告され、空き家のまま放置されていた公営住宅を4軒占拠して自分たちでシェルターを作ってしまったのである。家賃の高騰や空き家(投資目的で買われて放置されている住宅)の急増など、深刻な住宅危機が叫ばれているロンドンで、彼女たちの運動は支持を集め、ついには区長が彼女たちに謝罪するまでに追い込まれた。E15マザーズはガーディアン紙の2014年のヒーローの1人に選ばれている。
また、ロンドンのエラ公営団地では、団地そのものが米国の投資ファンドに売却され、4倍に跳ね上がる家賃が払えなければ出て行けと言われた住人たちが抗議運動を繰り広げた。住人たちはコメディアンのラッセル・ブランドに協力を要請して首相官邸前デモを行うなど、マスメディアの注目を集めることに成功し、ついには米国の投資ファンドに団地を売却させたのである。団地を買ったのはチャリティー団体で、住人たちはこれまで通り団地に住むことができるようになった。ここでも、怒って立ち上がったのはお母さんたちだった。
「実際に何かを変えることはできない」のが前提になっている進歩的レフトの抗議活動とは対照的に、これらの草の根運動を展開した人たちは、実際に求めるものを勝ち取った。政府や役所が何かをしてくれるのを待つのではなく、「もう彼らはあてにならん」と腹をくくり、下から突き上げる力で状況を変えたのである。
政治とは、上から下に降りて来るものという考え方が固定している。しかし、このベクトルは揺らぐ時がある。圧倒的に男性多数で、その殆どが恵まれた環境で育ったエリートで、所謂マイノリティーは希少である国会が、現実の社会を正しく反映しているわけがない。そして昨年、リアルな社会の階層で立ち上がったのはワーキングクラスの女性たちだったのだ。
平和ボケの国では投票率は低いと言われる。つまり、投票率の高い国はマジで切羽詰まった国ということだ。ということはマジで切羽詰まっている層の人々ほど投票所に足を運ぶということであり、であれば女性たちの投票率は上がるだろう。今年の選挙の鍵を握っているのは女性層とも言えるのだ。
とはいえ、大衆が社会を変えるチャンスは選挙だけではない。UKは、発する声の影響力の大きさが銀行口座の預金の桁に比例する社会だ。家を取り上げられたワーキングクラスの女たちは、首相官邸前で叫んだが官邸のドアから首相は出て来なかった。しかし、有名コメディアンやマスコミや大衆はちゃんと出て来て、彼女たちの勝利を後押ししたのである。
泣き寝入りはしなかったワーキングクラスの女たちの運動とその成功は、閉塞した社会に灯った明かりであり、新鮮な風穴だ。
「移民に八つ当たりして右翼政党にのぼせてる暇があったら、現実に自分を苦しめている相手と現実的に戦って自分で現状を変えろ」という地べたの女たちの現実主義は、社会の右傾化に対するカウンター的現象でもある。
聖ジョージの旗を掲げて外国人を罵倒している人々と、直接的な敵を見定め下から上に拳を突き上げている人々。UKの地べたの怒れる人々は二つに分かれて来た。