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民放キー局が同時配信したらローカル局が潰れる、という迷信

境治コピーライター/メディアコンサルタント
(写真:アフロ)

同時配信は「テレビがない場所」で見るのでテレビ視聴はほとんど減らない

民放キー局が今年秋から同時配信を準備中だとものすごいスクープのように報じられた。これに対しローカル局の経営が打撃を受けるとの声も見かける。これはまったくの誤りだ。放送がネットで配信されるとローカル局が潰れるかのような言われ方をよくするが、迷信と言っていい。そのことを解説したい。

テレビ放送がネットでも視聴できるようになると便利だ。利便性のポイントは、テレビ受像機がない場所でも放送と同じ内容が視聴できる点だ。テレビがなくても見られるから便利なのだ。

例えば通勤中の電車の中で朝のニュースの続きが、昼休みに弁当を食べながら昼の番組がスマホで見られる。深夜に自室で寝る前に深夜番組をタブレットで見ることもできる。

ではスマホでテレビ番組が見られるからといって、テレビ受像機で見なくなるだろうか。そんなはずはない。テレビ受像機がある場所なら、テレビで見るに決まっている。わざわざテレビを消してスマホで見る人はほとんどいないはずだ。スマホが好きな若い人だって、大きな画面で見るに越したことはないのだから。少なくとも今の視聴率を握っている中高年が大好きなテレビを消してスマホで見るなんて起こりえない。テレビがない場所で使うサービスだから、既存のテレビ視聴への影響はほとんどないのだ。

こういった具体的な利用シーンが想像できない人が、「テレビをネットで流すとそっちばかり見てテレビ受像機で見られなくなるではないかあ!」と騒ぎ立てる。理論的に考えられなかったり想像力が足りないから騒ぐのであって、よくよく考えれば既存のテレビ視聴が減ったりしないことは誰でもわかるはずだ。

もう少し具体的に説明しよう。キー局の同時配信が始まったとする。ある県に住む人が、自宅に帰った時に「この番組はテレビでローカル局経由で見るより、スマホでキー局経由で見たいからスマホで見よう」とテレビをつけずに番組を見るだろうか。多くの時間でキー局とその系列のローカル局は同じ番組を放送している。同じ番組なのにスマホの小さな画面でキー局による同時配信を見たがる人はほとんどいないだろう。

ローカル局とキー局が違う内容を流す時間もある。ニュース番組の中で全国ニュースを放送したあと、ローカルニュースや地方の天気をローカル局で放送する。その県に住む人が、ローカルニュースや天気予報は見たくないからと、スマホで関東のニュースや天気予報を見るだろうか。翌日東京に行くなどでない限り、むしろローカルの情報をテレビで見るだろう。

ローカル局の数が少ない地域で、そこでは放送していない番組が同時配信で見られる場合は、スマホでもいいのでと視聴するかもしれない。だが、すでに人気のドラマやバラエティはTVerで配信されている。どうしても放送と同時にこだわる人なら同時配信で見るだろうが、既存の放送の視聴率に影響が出るほどはいないだろう。

同時配信によりテレビ番組全体への接触時間は増える

以上は筆者の「想像」の範疇を超えてはいないが、それを裏付けるようなデータが存在する。2017年10月に総務省主催の情報通信審議会・情報通信政策部会で発表されたファイルだ。

「放送のネット同時配信の受容性に関する調査」のタイトルで電通メディアイノベーションラボ・奥律哉氏が発表した。ネット上で誰でも閲覧可能だ。

→総務省WEBサイト「放送のネット同時配信の受容性に関する調査」

テレビ局が同時配信を行ったらどれくらい視聴するかを丁寧に調査したものだ。P12のまとめ的なグラフが重要。同時配信をやってない現状、テレビのリアルタイム視聴は一週間に705分、録画再生は237分。もし同時配信が始まったらリアルタイム視聴は10分だけ減って695分、録画再生は235分。一週間なので1日あたりリアルタイム視聴は1分ちょい減るだけだ。

これに対し、同時配信は一週間に73分視聴する。1日10分程度だ。そしてテレビ番組への接触時間全体は現状の980分が同時配信をやると1040分に増える。1日8.5分でほぼほぼ同時配信の分増加すると出ている。

この調査から、テレビ放送の同時配信をやってもリアルタイム視聴にほとんど影響がないことがわかる。全体の視聴は増えるのだからテレビビジネスにはプラスになる可能性もある。こんな丁寧な調査が2017年にすでに出ているのに、多くの人びとはよく見もせずに「キー局が同時配信するとローカル局は大打撃を受けるのだあ」と慌てふためく。迷信に怯える江戸時代の人びとと変わらない。

ところが一部のメディアはこの迷信を言いたがる。惑わされないようにした方がいい。

本当に問題なのは若者に向けた番組がないこと

テレビ局が同時配信をやった方がいいのは、若者層がテレビから離れているからだ。彼らにとってはテレビよりスマホの方が身近なデバイスで、テレビは親世代のものだと感じている。

だから特に深夜、自室でリラックスしてスマホをいじる時間に同時配信でアクセス可能にしておく必要がある。テレビの世帯当たりの台数は地デジ化以降減少しており、2000年代までは子どもたちの個室にあったテレビがなくなっている。昔の若者が個室でテレビを見ていた代わりに今の若者は個室でずーっとスマホを使うのだ。そこにテレビ放送にアクセスできる経路を作る必要がある。

だが今のテレビで放送している番組をスマホで見られるようにしても、ほとんど見られないだろう。今のテレビ番組は40代以上に向けて作られているからだ。

人口ピラミッド図の出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ(http://www.ipss.go.jp/)
人口ピラミッド図の出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ(http://www.ipss.go.jp/)

この図は2020年の人口ピラミッドに筆者がネット世代とテレビ世代の区別を加えたものだ。40代前半の団塊ジュニアは両方に重なる世代と捉え、それより若い層をネット世代、それ以上をテレビ世代としている。

団塊世代と団塊ジュニアが大きな塊になっている。テレビ番組は世帯視聴率から個人視聴率に基準が変わりつつあるが、いずれにせよこの大きな二つの塊に向けた番組作りに必然的に傾く。そうすると、20代30代から見ると年寄り向けに思えてテレビを見ない。彼らはテレビ番組が自分たちに向けられていないことを敏感に感じ取っているのだ。40代以上に向けた番組作りの方が数字を取りやすいのでどうしてもそうなる。

ところがこの人口ピラミッドは2030年にはこうなる。

人口ピラミッド図の出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ(http://www.ipss.go.jp/)
人口ピラミッド図の出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ(http://www.ipss.go.jp/)

2020年に40代だった団塊ジュニアも50代になり社会のど真ん中を外れる。代わって今の20代30代が30代40代になり、社会や経済の真ん中になる。

この時まで今のような番組作りに留まっていると10年後にテレビは完全に高齢者向けのメディアになるだろう。今の視聴率を追うと、未来の視聴率は失うのだ。

だが今のテレビ局を見ていると変われるとは思えない。テレビにはまだ可能性があるのに、自ら可能性の芽を摘んでいる。変わるなら今しかないのだが、到底無理だろうと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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