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問題発言を謝罪し、休養宣言。密接に絡んでいたフィル・ミケルソンの人柄とゴルフへの想い

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 世界のゴルフ界が「恐れていたこと」が起こったわけではない。誰も想像もしていなかった「起こってほしくなかったこと」が起こってしまった。

 PGAツアーに対抗する新ツアー創設構想が浮上(厳密には再浮上)してからのこの1年半ほどの間、最初のうちは新ツアーなどというものが「本当にできるのか?」が注目され、次は「どんな中身になるのか?」が取り沙汰され、やがては「誰が新ツアーに移るのか?」が注目されてきた。

 サウジアラビアの潤沢なオイルマネーを資本とする新ツアーでは、夢のような高額の報酬が約束されると噂され、そのマネーパワーに最も強く引き寄せられているのはフィル・ミケルソンだと言われてきた。

 どちらのツアーを選ぶか。なぜ、そちらを選ぶか。そこまでは個々の選手の自由であり、ミケルソンが本当に最終的に新ツアーを選んだとしても、その判断は批判されるべきものではなかったはずだ。

 しかし、ミケルソンは、サウジ側とPGAツアー側の双方に侮蔑的な内容の言葉を投げつけてしまった。その内容が正しいか、それとも正しくないかということも、一部取り沙汰されてはいるが、社会的に禁じられている英語を用いてそれを語ったこと、世界のトッププレーヤーの立場でそれを語ってしまったことは、大きなミスだったと言わざるを得ない。

 長年、ミケルソンをサポートしてきた彼のメイン・スポンサーのKPMGが即座に契約解除を役員会の満場一致で決めたことは、ミケルソンがおかしたミスの重大性を如実に物語っている。

 ミケルソン自身は発言を謝罪し、しばらくは休養することを発表した。新ツアー創設構想が浮上したときは、後々、こんな展開になることを誰も想像すらしていなかったが、起こってほしくなかったことは、もう起こってしまった。

【正直で素直、即行動】

 ミケルソンの問題発言は、最近、口にしたものではなく、昨年11月に行なわれた米国のウエブニュースのインタビューで語った内容が最近になって公開され、批判の嵐を呼んだ。

 ミケルソンは「オフレコのはずだった」と主張し、記事を書いた記者はそれを否定。しかし、もはやミケルソンの発言が世界中へ拡散されてしまった今、オフレコだったかどうかの真偽を追求したところで、覆水盆に返らずである。

 すっかり溢れ出てしまった言葉で社会を乱したり、不快感を抱かせたりしてしまったことに対しては、何かしらの責任を取るべきであり、ミケルソンは「謝罪」「休養」によって、社会的責任を取ろうと決めたのだろう。

 そもそもミケルソンは昔から少年のように素直で正直で、いいと思ったことは、すぐに「いい」と言い、やろうと思ったことは即実行してきた。

 若かりしとき、全米オープンでアーノルド・パーマーがボランティア・テントへ直行し、ボランティア一人一人に声をかけて激励していた姿を見て、ミケルソンは「素晴らしい」と感じ、そのときから彼はパーマーのようにファンサービスを行なう選手になった。

 しかし、やろうと思ったら即実行する段階で、やり方を間違えることも、何度かあった。全米オープンのコース設定が難しすぎることを選手として問題視したミケルソンは、大会主催者であるUSGAに抗議しようと思い、その強い想いが先走りすぎた結果、試合中にグリーン上で動いているボールをパターで打ち返すという奇行に走った。そうやってアテンションを集めたところでモノ申そうと考えた彼の作戦は、結局、彼自身が批判の嵐に襲われる結末になった。

【ゴルフや仲間、ファンへの想い】

 自分で自分に批判の嵐を呼び寄せたという意味では、あのときも今回も共通しており、嵐を呼んだ大元になってしまったものは、ミケルソンの素直で正直で調子に乗りやすい性格とゴルフへの深い愛だ。

 彼自身、「とても信じてもらえないかもしれないけど、、、僕はいつもゴルフや仲間、スポンサー、ファンを最も大切に考えている。(一連の言動は)そのためのものだった」と言っている。

 ビッグマネーの魅力には、そりゃあ惹かれたのかもしれない。だが、この30年超、ファンサービスを誰よりも熱心に行なってきたことは事実。コース設定を見直してもらいたい一心で、大事なメジャー大会の試合中に奇行に及ぶ実力行使を行なったのは、彼にしてみれば、自分と仲間のためだった。

 タイガー・ウッズが4度目の腰の手術からの戦線復帰と逮捕劇を乗り越えての社会復帰を目指して苦しんでいたとき、誰よりもウッズを激励していたのはミケルソンだった。

 そんなミケルソンのゴルフや仲間、ファンへの深い想いや愛は事実で真実だと私は思う。

 新ツアー構想が浮上したとき、ゴルフ界のいわゆる「新参者」にミケルソンが率先して耳を傾けたことも、彼の優しさや公平性が、そうさせたという感はあった。

 だが、今回も、彼は、ある時点から、やり方を間違えてしまった。PGAツアーの大ベテラン選手が、そもそも正体不明だった新ツアーというものに傾倒していくうちに、徐々に混乱し、冷静さを失って先走ってしまった。ベテラン選手らしく「PGAツアーも新ツアー、どちらも、いいところがあるよ」などと上手に交わせば波風立てずに済んだところを、彼はついつい両方とも「これが悪い」「あれが悪い」という具合に侮蔑的な言葉を勢いで投げつけてしまった。

 そして、騒動になり、彼が謝罪、一時休養。起こってほしくないことが起こってしまった。

 それと前後して、ダスティン・ジョンソンやブライソン・デシャンボーが新ツアーには「行かない」と意思表示をしたことも手伝い、もはや新ツアー構想がすぐに動き出す可能性は一気に下がり、ゴルフ界全体の騒動は当面は収束へ向かいそうな気配である。

 そこにミケルソンの姿がないことは、とても残念ではあるが、トッププレーヤーとして、大人としての責任として、休養期間を取ることは、今、彼ができる最大限の最善策なのだと思う。

 しかし、彼をこのままフェードアウトさせてしまうこと、失ってしまうことは、あまりにも残念。

 ミケルソンとともに築かれてきたゴルフ界のこの30年の歴史は、みんなの財産であり、それを否定することは悲しすぎる。

 冷静になったミケルソンを、時が来たら、温かく迎え入れることができたらいい。

 ドアを開き、「おかえり、フィル」と迎え入れることができたら、そこに立つミケルソンは、きっと今まで以上に素敵なミケルソンになっているはずだと、今はそう思いたい。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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