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中国、次は第二列島線!――遼寧の台湾一周もその一環

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
中国空母「遼寧」 南シナ海で初の発着艦訓練(写真:ロイター/アフロ)

1月8日、人民日報や国営テレビCCTVが「次に狙うのは第二列島線、東太平洋だ!」と一斉に報じた。第一列島線における中国海軍の活動はすでに常態化し、第二列島線は時間の問題で、空母・遼寧は「お宅ではない」と。

◆第二列島線を制覇するのは時間の問題

中国共産党の機関紙「人民日報」と中国の国営テレビCCTVは、ほぼ同時に「中国の空母・遼寧は、遅かれ早かれ第二列島線に出航し、東太平洋に達する!」と報道した。

昨年12月23日、空母・遼寧はミサイル駆逐艦3隻、フリゲート艦2隻を伴って渤海湾を出発したあと、黄海や東シナ海で空中給油や艦載機発進に関する軍事演習などを終えたあと一気に南下し、25日に沖縄県の沖縄本島と宮古島の間に位置する宮古海峡を通過して、西太平洋に進出した。その後、台湾を囲い込む形で、台湾南部とフィリピンの間にあるバシー海峡を経由して南シナ海に出た。台湾と大陸の間にある台湾海峡を通らず、バシー海峡を通る形で西太平洋に進出したのは初めてである。

このとき台湾海峡を通らずバシー海峡を通ったことが重要で、これはトランプ次期大統領が12月11日に「必ずしも『一つの中国』原則に縛られない」という発言に対抗したもので、「台湾は中国の一部」という「一つの中国」を見せつけるためのシグナルであった。

南シナ海に入った遼寧は、中国海南島の軍事基地に寄港し南シナ海でも艦載機の離着陸訓練を実施したあと、1月11日には台湾海峡を通って母港の青島(チンダオ)(山東省)に向けた帰路についている。中国メディアは、「南海での訓練のあと、台湾海峡を通って青島軍港に戻るのに、いかなる問題があるのか」と伝えている。

現象を見れば、台湾をぐるりと一周したことになる。

トランプ次期大統領が「一つの中国」原則を破れるものなら破ってみろ、と言わんばかりだ。

これに先がけて中国共産党系のメディアは、一斉に「第一列島線における空母の活動はすでに新常態化しており、次は第二列島線を狙う」と宣言したわけだ。そして次は東太平洋に進出するとしている。したがって第一列島線付近をあちこち動くのは「常態」なのだということだ。北上したあと、また、戻ってくるのかもしれない。

これをご覧いただきたい。

そこには「航母不是“宅男”」という文字(8行目)があるのを確認して頂けるだろうか?

これは直訳すれば「空母(遼寧)は“宅男ではない”」という意味で、“宅男”とは「お宅(オタク族)」という意味である。

かつて日本のアニメや漫画などのサブカルチャーが中国を席巻したことから、日本語の「オタク」という言葉が中国に上陸して愛用されているが、この「オタク」を、勇ましい言葉をちりばめた中国共産党の機関紙「人民日報」に使っているのは、何とも苦笑を禁じ得ない。

ウクライナから購入した旧ソ連製の未完成艦体「ヴァリャーグ」を2012年から改造し始め、航空母艦として「完成」させた「遼寧」が決して日本製の「オタク」ではないとして論を張る字面が、何とも現在の中国を象徴していると映る。

しかし「オタク」でないと表現した事実は大きい。

これはつまり、「第一列島線に留まるだけでなく、どこにでも行く」すなわち「第二列島線にでも出ていく」という意思表示だ。

◆対馬海峡を通過した中国艦3隻も、この一環

日本の防衛省は1月10日、中国軍のフリゲート艦2隻と補給艦1隻が対馬市(長崎県)沖70キロの日本海を南西に向かって進んでいるのを確認したと発表した。それによれば、「3隻はその後、対馬海峡を通って東シナ海に抜けた。9日には、爆撃機など同国軍機計8機が東シナ海から同海峡を通って中国・近畿地方の沖合まで飛行しており、中国軍が、日本海で艦艇と航空機による訓練を行っていた可能性がある」とのこと。

防衛省では、航行の意図を分析しているとのことだが、これらはすべて「やがて第二列島線へ」という中国の戦略の一環で、その背景を把握していると、分析が容易になるだろう。

第一列島線というのは、1982年にトウ小平の指示を受けた人民解放軍の海軍司令員だった劉華清が中国防衛のために名づけたもので、日本列島から沖縄、台湾、フィリピンをつなぐ対米防衛ラインを指す。

第二列島線というのは、伊豆諸島を起点に、グアム、パプアニューギニアに到る対米防衛ラインで、台湾有事の際にアメリカ海軍の支援を阻止する海域と、中国は位置付けている。

この戦略に関しては、ここにある地図をご覧いただきたい。

中国は2020年までに第二列島線を完成させ、2040年~2050年頃までには西太平洋、インド洋で米海軍に対抗できる海軍を建設する計画を描いていたが、このたびのトランプ次期大統領の「一つの中国」懐疑論に関する発言や、台湾の蔡英文総統の米国経由外交などに対する警戒から、その時期を早める戦略に出ているようだ。

◆今年は中国人民解放軍建軍90周年記念

2017年8月1日は中国人民解放軍の建軍90周年記念日に当たる。

2016年1月2日の本コラム「中国、軍の大規模改革――即戦力向上と効率化」で書いたように、中央軍事委員会の習近平主席は2015年12月31日、中国人民解放軍本部の「八一大楼」で「陸軍指導機構、ロケット軍、戦略支援部隊」創設大会を開催した。

第二列島線を目指す計画には、どうやらこの日に向けて軍事大改革をより高めていこうという狙いがあるようだ。

ネットユーザーのコメントの中には「アメリカが南シナ海に来て、中国が太平洋に行く」という、やや皮肉を込めたものもある。

◆軍事力は及ばない

それでも実際上、軍事力は及ばないだろうとする評論もある。

たとえば、1月10日の参考消息網は、空母戦闘力には、空母戦闘群の戦闘力が必要だとして、「他の海洋強国の軍事力には、まだまだ及ばない」としている。そして、「伝統的な軍事行動における中国空母の主要な武力行使の場所としては、やはり今のところ近海地区、特に南海あたりではないだろうか」と冷静だ。

アメリカの原子力空母「カール・ビンソン」が週内にカリフォルニア州のサンディエゴ港から南シナ海に向かうだろうと、1月3日にアメリカの国防総省報道官が記者会見で述べた。

空母・遼寧と南シナ海で対峙することになるだろうと、中国メディアは報道していたが、遼寧は早々に(1月11日)台湾海峡を通って母港の青島への帰途に就いたではないか。「太平洋には中国とアメリカの航空母艦が浮かび、にらみ合うことになる」と、中国メディアは伝えていたのだ。しかし今のところ、アメリカの無人潜水艦を拾い上げただけで終わっている。それとも、「常態化」したというのだから、また戻ってくるのだろうか?

いずれにせよ、習近平政権が第二列島線を視野に入れていることは確かだ。

1月11日、日本時間夜8時半から中央テレビ局CCTVは「今日のフォーカス」という特別番組で、再び空母・遼寧の雄姿を映し出し、4年間で格段に技術が向上したことを讃え、新しい時代の幕開けを伝えた。

トランプ次期大統領への対抗措置だけとは限らない。中国の軍事大改革と海洋進出に関する国家戦略が潜んでいる。

日本はそのつもりで、中国海軍の動きを観察していると事態が見えやすくなるかもしれない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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