必読!「世界最大の島グリーンランドを買いたい」と言い出したトランプ米大統領の大風呂敷 その真意とは
「いくらトランプ氏でも国は買えない」
[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領が世界最大の島、デンマーク自治領グリーンランドを買いたいと周辺に漏らしていると米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じたため、デンマークでは「いくらトランプ大統領でも国は買えない」と大騒ぎになっています。
マイク・ポンペオ米国務長官は5月、グリーンランドを訪れる予定でしたが、イランとの緊張がエスカレートしたためドタキャン。トランプ大統領は来月、デンマークを公式訪問する予定です。今回の騒ぎにグリーンランド自治政府外務省はこうツイートしました。
「グリーンランドは鉱物資源や最も純粋な水、氷、魚種資源、魚介類、再生可能エネルギーなど価値ある資源が豊かです。冒険旅行の新しいフロンティアです。私たちはビジネスにはオープンですが、あいにく売り物ではありません。グリーンランドについてもっと知って下さい」
米国でグリーンランドを買いたいと言ったのはトランプ大統領が何も最初ではありません。1946年にハリー・トルーマン大統領の下で働いていたジェームズ・バーンズ国務長官が国連でデンマークの外相に持ち出したことがあります。
1867年、ロシアからアラスカ州を720万ドルで買った米国のウィリアム・スワード国務長官はアイスランドとグリーンランドも買おうとしていました。1898年には米国はスペインからフィリピン諸島を2000万ドルで購入しています。
北極圏に属するグリーンランドの面積は216万6086平方キロメートルで日本の約5.7倍。その80%以上が厚さ、最大約4キロメートルの氷床や万年雪で覆われ、人口は5万5877人。米国はグリーンランドを戦略的に重要視しており、冷戦期から基地を設置しています。
氷ではなく水の上を走る犬ぞり
グリーンランドはデンマークの欧州経済共同体(EEC)加盟で漁業やアザラシ猟の規制を受けることに不満を募らせ、1979年にホーム・ルールを制定。住民投票を経てグリーンランドは85 年、EEC を脱退します。
2008年の住民投票で76%が自治に賛成したため、翌年グリーンランド自治法が施行されました。しかし、デンマークからの独立を求める声は今も一部でくすぶっています。
不動産王のトランプ大統領が世界最大の島を買いたいと言い出した理由は「世界の不動産王」になりたいからでしょうか。
筆者は2008年に地球温暖化の取材でグリーンランドを訪れたことがあります。その頃から氷床が解け、水力発電や天然資源の開発でも注目を集めていました。
デンマーク気象学研究所の気候変動研究者ステッフェン・オルセン氏らのチームが6月13日に撮影した動画は世界に衝撃を与えました。厚さ1.2メートルの海氷の上を犬ぞりで移動した際、表面が水で覆われていたのです。
その日、グリーンランドで20億トンの氷が解けたと推定されています。地元住民は温暖化をどう考えているのでしょうか。
グリーンランド大学やコペンハーゲン大学の意識調査「地球温暖化に対するグリーンランドの認識2018~19年」によると、住民の92%が温暖化は起きていると認識し、否定したのはわずか1%でした。52%が主な原因は人間の営みと答え、34%が自然の変化と考えていました。
76%が温暖化の影響を経験し、40%がひと月に最低1回は温暖化について考えると回答。82%が温暖化問題は個人的に重要と心配していました。23%が温暖化は人間を害していると考えており、12%は人間を利していると答えました。
温暖化には関心がないトランプ大統領
新たな温暖化対策の枠組みを示したパリ協定から離脱したことからも分かるようにトランプ大統領は気候変動には全く関心がありません。
グリーンランドの氷床が解けるにつれ、熱い視線が注がれるようになったのが天然資源開発です。石油・天然ガス、金、ルビー、ダイヤモンド、プラチナ、銅、かんらん石、大理石のほか、液晶テレビやスマートフォンなど電子機器の製造に使われる希少金属など70を超える鉱物種が見つかっています。
米政府機関地質調査所(USGS)の調査によると、北極海域には推定900億バレルの原油、推定1670兆立方フィートの天然ガス、そして推定4400万バレルの天然ガス液(このうち84%は沖合にある)が存在しているとされます。これらは未発見資源埋蔵量の約22%に相当します。
グリーンランド自治政府によると、グリーンランド領域内には、少なくとも推定埋蔵量がサウジアラビアの約42%に当たる1兆100億バレルにのぼる油田や北海油田の3分の1に当たる20億バレルの油田があると予想されています。
石油メジャーのエクソン・モービル、シェブロン、ドン・エナジー、ハスキー・エナジー、エンカナ、スタットオイルなどが掘削・採掘調査及び開発の権利を獲得しています。
石油の輸入依存度を下げるため、グリーンランドは首都ヌーク、シシミウト、イルリサットなどに水力発電所を建設し、電力を供給しています。2013年10月、グリーンランド議会はウランの採掘禁止規制を僅差で撤廃。中国がウラン採掘に力を入れています。
グリーンランドの天然資源開発が進めば、デンマークからもらっている年33億デンマーク・クローネ(約522億円)の包括補助金を代替でき、独立の資金源になります。
一方、デンマークは2050年までに再生可能エネルギー自給率100%を目指しており、双方の思惑はすれ違っています。
「北大西洋の三角形」
グリーンランド西海岸に位置する米軍最北端の基地、チューレ空軍基地は弾道ミサイルの警戒と人工衛星の追跡・管制を担当。米本土へのミサイル攻撃の早期警戒ネットワークを構成しています。
米軍はアイスランドのケフラヴィーク基地から完全撤退することを決めた2000年代、グリーンランドのチューレ空軍基地を強化しました。冷戦終結でアイスランドの地政学上の意味は大幅に低下。
これに対し、チューレ空軍基地にはレーダーが設置され、アラスカ、英国を結ぶ「北大西洋の三角形」を形成、ミサイル防衛(MD)の重要な一翼を担っています。
1968 年には水素爆弾4発を搭載した米空軍B52爆撃機がグリーンランドのノーススター湾の海氷に墜落、大規模な放射能汚染を引き起こす事故が起きています。
「北極のシルクロード」を牽制
中国の習近平国家主席は外交・安全保障政策の3本柱の1つとして経済圏構想「一帯一路」に北極圏を加える拡大方針を掲げています。
砕氷船「雪竜」が北極圏の北東航路や中央航路を横断。習氏はロシアと協力して北極圏航路の開発と「極地シルクロード」構築を目指すべきだとの考えを示しました。
中国はグリーンランドの空港建設プロジェクトへ参画しようとしていましたが、今年6月、撤退を決めたと地元紙が報じました。背後には米国の圧力があったとみられています。
トランプ大統領がデンマーク訪問前に「グリーンランド購入」話をぶち上げたのは「極地シルクロード」に協力しないようデンマークとグリーンランドに釘を刺すのが狙いなのではないでしょうか。
トランプ大統領の真意をどう見るか、グリーンランドに詳しい高橋美野梨(たかはし・みのり)北海道大学・助教に質問しました。
――米国がグリーンランドを買うという話は随分前にもありましたが、この時期になぜトランプ大統領がこんなことを言い出したと思われますか
高橋助教「米国はこれまでもグリーンランドの買収を口にしてきました。米軍の最高機関である統合参謀本部は、1940年代の複数の基地計画レポートで、在グリーンランド米軍基地を、緊要性の極めて高い基地と位置付けて、軍事戦略上の価値をグリーンランドに見出すと同時にその購入も画策していました」
「そもそも米国は、19世紀前半のモンロー主義の頃から、グリーンランドを北米大陸の一部と認識して、ヨーロッパ大陸との相互不干渉の原則を唱えてきたので、グリーンランドの買収も、こうした方針の延長線上にあったと考えられます」
「直近の変数として挙げられるのは(1)近年の中国の参入によって空港の運用面、延いては安全保障面で支障が出る可能性が出てきたから(2)近年のグリーンランドの自立性の高まりが、かえって米国のグリーンランドへの関心を高めているという面(3)月並みですがグリーンランドの地下資源への関心などでしょうか」
――デンマークではかなり強い反発が出ていますが、グリーンランドではトランプ大統領の発言を肯定的に受け入れる空気はあるのでしょうか
「今回のことが米国からの公式の声明ではないことに最大限留意しなければなりませんが、デンマークの基本的なスタンスとして、安全保障の面でも、近年の北極域での資源開発やシーレーンの話においても、自発的にグリーンランドを手放す前提はないので、反発というか受け入れられないという姿勢を米国に見せるのは自然なことです」
「他方で、特に安全保障の文脈で米国との関係は最も重要なので、極端な『反発』をしているというよりは、ある種の『ジョーク』として片付けようとする空気もあるように思います」
「他方で、米国がグリーンランドの買収について検討する際に、デンマークが当事者として出てくることに『見当違い』と見る見方もあります。その根拠は、2009年に法制化されたグリーンランド自治法に、グリーンランド人が自己決定権を行使する能力を持つ国際法の主体として位置付けられていることから、グリーンランドの頭越しに『売る』とか『買う』などという議論はできないというところに見出されます」
「また、同法第21条には独立権が承認されています。これは、グリーンランドの自己決定権に基づき、デンマークとの交渉を開始するための権限を意味していて、デンマーク国会の同意も必要となる以上、グリーンランドが独立権を行使すれば、独立が達成されるといった性質のものではないのです」
「しかし、こうした自身の地位については、グリーンランド人によって決められる旨自治法に明記されている以上、グリーンランドの売買についてデンマークがハンドリングできる状況にない、と理解した方がよいのだろうと思っています。つまり、トランプ大統領がグリーンランドちょうだいと言って、デンマークがそうですねぇ、と検討する対象としてグリーンランドはもはやないということです」
「ネット上ではある意味無責任なさまざまな意見が出ていますが、グリーンランドの公式な見解は、米国からの公式の声明ではないという点でトランプの発言を上品に『否定』しています」
(注)グリーンランド自治政府の公式コメント「私たちは米国と良好な協力関係を築いています。今回のニュースについて、グリーンランドへの投資と私たちが提供する可能性に対する関心の表現ととらえています。もちろん、グリーンランドは非売品です。非公式なニュースなので、グリーンランド自治政府はこれ以上コメントしません」
「ただ、グリーンランドがデンマーク国家の自治領であり続けるのか、独立国家となるのか、米国の一部になるのかなどについての将来選択は『開かれている』というのが現状だろうと思います」
「つまり、仮に米国からの公式の声明が出たとして、グリーンランドが米国に買われるかどうかは、極論すればグリーンランド次第だろうということです」
――地球温暖化でグリーンランドの水力発電、資源開発はどのぐらい急激に進んでいるのでしょうか
「1990年代以来、首都ヌークをはじめ5カ所に水力発電プラントが建設されたことで、水力発電が導入される前は、すべての消費エネルギーは化石燃料に依存していて、今でも小さな町・村ではその状況が続いているのですが、全体でみれば、1990年比で16%のCO2(二酸化炭素)削減を果たしているというのが現状です」
「今でも化石燃料の消費量は、全体の80%を超えていますが、水力(再生可能エネルギー)の消費量全体に占める割合は20%に迫ろうとしています。特に近年の資源開発の文脈で、生態系サービスの侵食を促すことになることに対する懸念があります」
「これを解消させていく取り組みとして、エネルギーミックスの観点からグリーンランドの水力発電の潜在力を最大限活用し、それとの組み合わせで非生物資源開発を推進し、資源を活用すべきではないかという提案が出されています」
「どのくらい急激に進んでいるかについて明確に答えることはできないのですが、下の表(オンショアの鉱物資源開発に対する有効ライセンス数)が示すように、2000年代後半以降、一定の数字を維持しています」
「また、近年ではオフショアよりもオンショアの資源がアクセスの面でも注目されています。でも、今年『石油戦略2019~2023』が出て、グリーンランドがオフショアの開発をまだあきらめていないことを内外に示すことになりました」
「下の表は、オンショアのどの開発サイトが注目されているかを示しています」
――中国は北極一帯一路でグリーンランドにどのようなプレゼンスを示しているのでしょうか
「2017年10月の中国共産党大会で党規約に『一帯一路』が盛り込まれて、18年1月に中国国務院が『北極政策白書』を公表し、一帯一路と北極とが結び付けられて以降、中国にとって北極が、自身の経済計画を支えるエネルギー供給元の代替地問題と強い相関があることは指摘されてきました」
「この限りでは、中国がグリーンランドを足掛かりに、グリーンランド域内の資源へのアクセスはさることながら、北極のそれへのコミットメントをよりアクティブなものにしていこうとする解釈は成り立つだろうと思っています」
「その上で、グリーンランドのような『弱小』地域は、参入障壁が低いと中国が考えている可能性はあるかもしれません(あくまでも解釈の一つとして)」
「中国企業は、北極沿岸諸国に対して、直接投資を行っていますが、2012~17年の間で、中国企業からのグリーンランドに対する直接投資は、グリーンランド域内総生産(GDP)の10%を超えており(11.6%)、これは沿岸国(地域)のなかで唯一の10%超えです」
「グリーンランドの経済規模の小ささも理由の一つなのですが、中国(企業)の存在が核心的に重要になりつつあることは、否定しようがありません」
「さらにグリーンランドの3都市空港整備事業+ヌーク都市開発にかかる費用(総工費約50億デンマーク・クローネともいわれる)のうち15億デンマーク・クローネ(約237億円)を支援しようとする姿勢を見せたことも、自身のプレゼンスを示そうとする中国の行動の一つであったといえます」
「もっとも、グリーンランド自治政府自身も、中国訪問などで中国への関心を見せてきましたし、実際に入札に参加した企業のなかで中国企業を選択したのもグリーンランド自治政府でした」
「しかし、それまで傍観者を貫いてきたデンマークもこれには敏感に反応し、安全保障上の理由で、中国ではなく自分たちが(もしくは自分たちとともに北欧投資銀行への融資依頼を含めて)融資を行う旨のリアクションをし、中国の動きを統御しようとしたというのが大きな流れです」
――米軍基地の問題も何か影響しているのでしょうか
「デンマークは、米軍基地、延いては米国との関係を最も気にしているように思います。その意味では、米軍(米国)の問題は影響大です。ただ、現在運用されている唯一の在グリーンランド米軍基地(チューレ空軍基地)が、直接的に関わっているのではなく、むしろグリーンランドで民間転用された元米軍基地への影響が懸念されているということです」
「例えば、グリーンランドのハブ空港となっているソンダーストローム空港などの元米軍基地は、民間転用される際に無条件でグリーンランドの手に渡ったのではなく、米軍の『リエントリー権』を保持しての転用でした」
「この限りでは、中国が空港整備事業への支援を表明し、参入してくることは、デンマークにとっても、米国にとっても、北大西洋の安全保障の根幹を揺るがす可能性を持つ動きとして、受け止められたといえます」
高橋助教の略歴
1982年山梨県生まれ。筑波大学大学院人文社会科学研究科一貫制博士課程修了。博士(国際政治経済学)。専門は国際政治学、現代グリーンランド・北極政治研究。主著に『The Influence of Sub-State Actors on National Security: Using Military Bases to Forge Autonomy』(編著、Springer、2019年)、『アイスランド・グリーンランド・北極を知るための65章』(共編著、明石書店、2016年)、『自己決定権をめぐる政治学:デンマーク領グリーンランドにおける「対外的自治」』(単著、明石書店、2013年)など。
(おわり)