通学や学校現場での熱中症を予防するにはどうすればよいか
こどもは暑さに強いのか
暑い中でも、顔を真っ赤にしながら大汗をかいて元気に走り回るこどもたち。こういう光景を見ていると、なんとなくこどもたちは暑さに強いのではないかと勘違いしてしまいそうです。しかし、こどもたちは、暑さにバテているように見える彼らの親の世代に比べて、実は暑さに対して脆弱なのです。リタイアした高齢者であれば、日中は家にいて、クーラーを活用して、軽度の運動をある程度涼しくなった早朝や夜にといった指導が熱中症予防に有効であると考えられます。しかし、新型コロナ禍の影響で、お盆明けから通学が始まるこどもたちも多いと聞きます。こどもたちはなぜ暑さに弱いと言えるのか、また、通学や学校の現場でこどもたちを守るために保護者や先生、関係者が覚えていてほしいことや対策について述べていきたいと思います。
こどもは小さな大人ではない
この言葉は、私が医学部の学生だった頃に、小児科の教授が講義や実習の際に繰り返し述べられていたことです。実はこどもの体温調節機能は未発達で、思春期の中後期になってはじめて完成に至ると考えられています。すなわち高校生ぐらいになって、はじめて大人と同程度の体温調節の能力を獲得すると考えられています。体温調節は様々なからだのしくみを利用しながらおこなわれています。次にこどもの体温調節の特徴について説明したいと思います。
汗と皮膚の血流
ヒトは基本的には暑さに強い動物と考えられています。このことについては拙書に詳しく解説をしているので参考にしてください。ヒトが暑さに対して強い理由として重要なことは、汗をかくことです。汗は汗腺(毛穴とは別の皮膚の穴です)から分泌され、皮膚の表面に広がり、それが蒸発して体表から熱を奪います(気化熱とよばれます)。汗腺は胎児期にはすでにでき上がっており、こどもの汗腺の数は大人と同じだといわれています。汗のすばらしいところは、自分の体温(およそ37度)以上の環境でも体温調節をおこなってくれることです。100 ml汗をかいて、それが完全に蒸発(気化)すれば1度の体温の上昇を防ぎます。
一方、皮膚の血流はどうはたらいているのでしょうか。体温が上昇すると、からだは血液を体表へと分布させます。あたたまった血液を、からだをとりまく環境にできるだけ近い場所に移動させて、熱を逃がそうとする戦略です。こどもが暑い場所で顔を真っ赤にしているのは、外からよく見える顔の皮膚にあたたかい血液がたくさん流れているということです。皮膚の血流の問題点は、体温より高い気温になってしまうと体温調節には何のやくにも立たないということです。
こどもの体温調節
では、大汗をかいて顔を真っ赤にしているこどもの体温調節のどこに問題があるのでしょうか。ここまでの話では、大人より優れているのではないかという反論がかえってきそうです。われわれの持つ汗腺は、すべて汗をかけるわけではありません。汗をかける汗腺は能動汗腺と呼ばれます。能動汗腺の数は就学前までにほぼ決まり、それは生育した温熱環境におおきく影響されると言われています。また、能動汗腺からかける汗の量は、成長と共に増えていきます。運動などの日常の汗をかくような刺激の程度にも影響をうけます。こどもの場合、能動汗腺の発育は、からだの場所によって差があり、頭部は比較的はやく成長が完成する場所だと言われています。ですので、こどもも体温があがった場合、当然、汗が出てくるわけですが、それが頭や顔に集中してしまいます。体全体での汗の量は多くないのに、汗をたくさんかいているように見えているだけの可能性があります。
暑い場所での運動では、流れる汗、球のような汗をかきます。こどもだと、髪の毛までびっしょりといった汗をかいています。じつは、この汗は、なかなか蒸発しにくいため体温調節にはあまり役にたたないのです。このため無効発汗とよばれます。無効発汗は、湿度が高い場所ではより顕著になります。無効発汗は体温調節に役に立たないばかりでなく、脱水の大きな原因となってしまいます。
こどもの皮膚血流は、体温が上がった際には、からだの単位表面積に換算すると大人より多いことがわかっています。すなわち、発汗の能力が低いことを皮膚の血流で補っている可能性があります。しかし、これは諸刃の剣で、気温が体温を超えてしまう場所では全く役にたちませんし、むしろ皮膚への血液の流れを維持するために心臓の負担をふやすことになっていまします。
最後に、こどもは小さいことです。小さいわりには体重当たりの表面積が大きく、かつ脂肪や筋肉が未発達であるため、環境の影響を強く受けてしまうことになります。つまり気温の影響をもろにうけてしまいます。また、おそらくヒトが暑さにつよい1番の理由は、暑さへの対処方法を習得していることです。エアコンの発明や建築の工夫はもちろんですが、これぐらいで運動をやめておこう、休憩をとろう、水分摂取を定期的にしようというのもその対処方法の一つです。しかし、こどもの場合、おとなの判断に委ねられる場合がおおく、自分には経験がない、あるいはつらくても、それが命に関わるような危険につながってしまうのかがわからない場合が多いと考えられます。わたしは、これが1番のこどもたちの熱中症のリスクだと考えています。それゆえ、この時期まわりの大人たちの責任はとても大きいといえます。
こどもの熱中症予防のために重要なこと
1.熱中症のはじまりの症状は脱水です。大人と同じように、こまめな水分補給は、熱中症予防の基本中の基本です。ただし、日常生活での水分摂取は飲水だけではありません。およそ、その半分を食物の水分に依存しています。また、食物に含まれる糖分やアミノ酸は、水分摂取や、からだでの水分保持に役にたちます。前日の夕食、学校へいく当日あさの食事と水分摂取はとても重要です。
2.冷たい飲み物のリスク。冷たい飲水は喉の渇きをとるにはとても有効です。ただ、氷をそのままとると必要な水分を摂取するまえに、喉の渇きがとれてしまいます。10-15度ぐらいの水が効果的といわれています。氷水をもたせて、学校では水道水で割ってといった飲み方がよいでしょう(最初はいやだというかもしれませんが)。
3.大人の場合、発汗能がすぐれた人の場合、定期的な飲水による脱水予防は体温調節を維持する上で、ある程度効果的です。しかし、こどもの場合は、もともと発汗の能力が劣っているわけですから、水を飲ませたからといって安全に運動や練習を継続させることのできる保証にはなりません。このことは先生や指導者は、絶対忘れないでいただきたいと思います。大人が自分の暑さ感覚では大丈夫と判断しても、子供の環境としては過酷ではないかと常に自問し、少しでも懸念するようなことがあれば運動や練習を中止してください。グラウンドや体育館での暑さ指数の利用を強くお勧めします。
4.こどもの大汗や顔の紅潮をほほえましい様子だと傍観したり、子供は汗っかきで体温調節に優れていると感心してはいけません。極端な発汗や顔の紅潮は、こどもたちにとっては熱中症の一歩手前の可能性があります。その場の環境条件(暑さ指数の測定を、むりなら、その地域の気温が体温に近くなるまで上がっていないか)、運動の長さなども考えて定期的な休憩、涼しいところへの移動をすすめましょう。判断するのは大人の責任です。
5.規則正しい生活のこころがけ。体温調節にもリズムがあります。よりよく体温調節が働くのは日中で、夜にはうまくはたらきません。生活のリズムがずれていると、学校にいく昼間が、からだにとっては夜だったりすることがおこります。規則正しい生活、余裕を持った起床でまず太陽の光をあびること、3度の規則正しい食事でカラダのリズムを戻しましょう。