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松山英樹のリオ五輪出場辞退に思うこと

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
ブリヂストン招待の最終ラウンド後、五輪辞退の意志を示した松山(写真/舩越園子)

リオデジャネイロ五輪のゴルフで日本代表の筆頭候補だった松山英樹が出場辞退の意向を示した。

米国オハイオ州アクロンのファイアストンCCで開催された世界選手権シリーズのブリヂストン招待の初日にリオ五輪への出場の意向を問われた際は「もう少し考えて決めます」と結論を保留した松山。だが、最終ラウンド後に「辞めます。出ません」と明言した。

【10人目の辞退者】

112年ぶりに五輪競技に復帰するゴルフは、本来ならリオ五輪の目玉の1つになるはずだった。しかし、五輪がシーズン中に加わることで選手たちのスケジュールが非常にタイトになり、オーストラリアのアダム・スコットは強行スケジュールを理由に五輪出場を辞退した。

その後は、現地で蔓延するジカ熱や情勢不安に伴う治安の悪化を理由に掲げ、同じオーストラリアのマーク・リーシュマン、南アのチャール・シュワーツエル、ルイ・ウエストヘーゼン、フィジーのビジェイ・シン、そして今年のマスターズを制した英国のダニー・ウイレット、さらにはローリー・マキロイも出場を辞退した。

世界ナンバー1のジェイソン・デイも五輪辞退を表明した(写真/舩越園子)
世界ナンバー1のジェイソン・デイも五輪辞退を表明した(写真/舩越園子)

今週はブリヂストン招待の開幕前に世界ナンバー1のジェイソン・デイ(オーストラリア)と先の全米オープンで2位になったシェーン・ローリー(アイランド)も出場を辞退。

最終ラウンド後に出場辞退を表明した松山はトッププレーヤーの中では10人目の辞退者となった。

【松山の決断】

松山が出場辞退を決めた理由は、もちろんジカ熱や治安の悪化を憂慮してのこと。だが、ジカ熱のウイルス感染そのものを恐れてというよりは、虫に刺されたときに過敏に反応する自身の体質を考えた上での決断だという。

「虫に刺されたときに腫れたり、アレルギーっていうか、反応の仕方がまだ良くなっていない。刺されても腫れたりせずに問題なくプレーできるならいいけど、向こうへ行って刺されて腫れてプレーできないのでは良くない。五輪に出るのが一番いいのかもしれないけど、そこまでリスクを背負って行く必要があるのかなという感じ。いろいろ考えた中で決断しました」

日本代表の筆頭候補が出場を辞退すれば、出場枠は日本人選手の中で世界ランキングの2番手、3番手へ広がることになる。その枠を目指している選手もいれば、自分が出場枠に入ったとき、松山と同様に出場を迷う選手もいるはず。

「時間もないですし、早めに決断したほうがいいのかなと思った」と言った松山の言葉には、日本の他選手への気遣いも感じられた。

【大半は「理解できる」】

五輪の代表選手は7月11日付けの世界ランキングに基づいて決定される。あと数日で「その日」を迎えるが、あと数日のうちにも、さらには代表決定後も辞退者は出るかもしれない。

早い時期に出場を辞退したアダム・スコットに対しては、最初のうちはオーストラリア国内で「母国への愛国心に欠けている」「自分勝手」等々、ずいぶん批判も出ていた。元ビッグ3、南ア出身のゲーリー・プレーヤーも五輪辞退者を批判するコメントを出した。

だが、ジカ熱への不安が増し、強盗事件や現地の救急病院が襲撃される事件など治安の悪化を伝える報道が日に日に増している昨今、選手自身やその家族の健康上、身の安全上の理由で辞退すると言われたら、もはや、その決断を批判したり避難したりすることは誰にもできないのではないだろうか。

米国は世界ランキング上位4名の出場枠があるが、ジョーダン・スピース、ダスティン・ジョンソン、バッバ・ワトソン、リッキー・ファウラーの誰一人、今のところは出場辞退を表明していない。

全米オープンと今大会覇者D・ジョンソンも五輪出場は検討中(写真/舩越園子)
全米オープンと今大会覇者D・ジョンソンも五輪出場は検討中(写真/舩越園子)

だが、「100%出場する」と明言しているのはワトソンだけで、米メディアによれば、他の3人、あるいはその後方に控える選手たちの大半が「出場を迷っている。おそらくは今大会終了から全英オープン開幕までの間にさらに動きが出るだろう」と見られている。

もし、米国のトッププレーヤーたちも出場を辞退したら、愛国心旺盛なアメリカ人はどんな反応を示すのか。

「すでに辞退したジェイソン・デイやローリー・マキロイらに対しても、今のところ、アメリカのゴルフファンの間から批判めいた声はほとんど聞こえてこない。今後、アメリカ人選手の辞退者が出たとしても、おそらくゴルフファンの多くは理解を示すと思う」とは、匿名を条件に語ってくれた米国人記者の予想。

「ヒデキ・マツヤマの辞退はアジアで一番のトッププレーヤーの顔がリオ五輪から無くなったという意味でシンプルに残念。でも辞退を決めた事情は理解できる」とは、別の米国人記者の感想だった。

【最優先されるもの】

五輪におけるゴルフは72ホールのストロークプレー、個人戦で競われる。松山は「これがチーム戦だったら話は別。違う決断だったかもしれないですけど」と言った。

この言葉を咀嚼すると「チーム戦だったら多少のリスクを背負っても出場する決断をしたかも」ということになるのだろう。

だが、五輪が国や地域の名誉をかけて戦うものであっても、個人戦で勝ち取ったメダルが国旗掲揚と国歌斉唱につながる名誉であっても、そしてゴルフが個人戦であってもチーム戦であっても、いずれにしても選手の命や健康以上に優先されるものはない。

情勢不安やテロリストによる襲撃など様々な事件が世界のあちらこちらで勃発している昨今、リオデジャネイロの治安の悪化を重く受け止める姿勢がワールドワイドに活動するツアープロたちの間で強く見られるのは当然のこと。

出場を辞退した選手には責任も批判を受ける理由もない。望むらくは、ブラジルが五輪開催国としての責任として、諸々の問題にもっと早い時期から対応してほしかったし、そうするべきだった。五輪誘致で国内経済をいい方向へ刺激するつもりが裏目に出てしまったという事情はあるにせよ、五輪の舞台としてふさわしい環境を整えられなかった責任こそが問われるべきだろう。

そんな中、命や健康を優先して五輪出場を辞退したとしても、その選手たちを責めることなどできないし、出場を辞退したからと言って母国を想う気持ちに変わりはない。

その気持ちを別の形で母国の人々に示すことができれば――。

五輪出場を辞退した選手たちは、その一心で残る2つのメジャー大会やシーズンエンドのプレーオフに挑むのだろう。

そして五輪に出場する選手たちは史上3つ目のゴルフの金メダルを目指す。

そう、辞退者が増える一方で、五輪出場を心底願い、メダルを目指す選手たちがいることを忘れてはならない。そして、五輪におけるゴルフを通じて、ゴルフが世界に広く知られることを望む人々がいることも忘れてはならない。ただし、逆に言えば、そうした人々も、辞退者の事情を理解すべき。

混沌とした状況下、今はそんな落としどころしか見つからない。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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