AI企業の半導体開発に未来を見た
最近のグーグルが自社でAI(人工知能)向けの半導体プロセッサTPU (Tensor Processing Unit) を開発したり、アマゾンがやはり半導体を開発したりするなど、これまでのソフトウエア、サービスの企業が半導体に参入している。現在の人工知能ブームを作ったIBMは、半導体の量産工場を処分したが、半導体開発にはむしろ積極的に投資している。コグニティブコンピュータや、ディープラーニングの基本技術であるニューラルネットワーク用の半導体チップの開発を強化している。
人工知能の定義はあやふやだが、学習しながら正解に近づける機能を持つコンピュータ、とここでは定義しよう。ニューラルネットワークのモデル(図)を使いながら学習を繰り返し正解に近づくためのアルゴリズムを開発しているベンチャーが増えてきた。ところが、アルゴリズムをソフトウエアだけで作り込もうとすると、動作スピードや学習効果などの点で現在のCPUやGPUのアーキテクチャでは満足できなくなってきた。だから、自分でハードウエア、特にカギとなる半導体チップを自分で持たなくてはならない、という考えにたどり着く。
ここで思い出すのは、パソコンのコンセプトを考え出しパソコンの父とも言われるアラン・ケイ(Alan Kay)博士の次のような言葉だ。
アラン・ケイは、ゼロックスのパロアルト研究センターに勤務していたころ(参考資料1)、自分で使えるコンピュータAltoを作ってしまった。アラン・ケイの凄さは、この当時のコンピュータにはディスプレイがなく、コンピュータとのやり取りはテレタイプと呼ばれる入出力機器で行っていた全盛期に、現在のノートパソコンのコンセプトを打ち出したことにある。テレタイプでは、キーボードでアルファベットを打ち込み、コンピュータに演算させると、マシンがタイプライタを打ちながら答えを返してきた。いわばマンマシンインターフェースがテレタイプだったのである。その時代に、フラットパネルのディスプレイにプログラムを表示し、答えも返して表示してくる今のノートパソコンの姿を提案した。
アラン・ケイが開発試作したAltoはCRTディスプレイを採り入れ、さらに、マウスやプルダウンメニューなど今我々が使っている技術を採り入れた。1970年代のことである。当時、液晶ディスプレイはまだ発明されていなかった。Altoを見た若者、二人のスティーブは、自分たちも同じような楽しいコンピュータを作りたいと思った。そのマシンがマッキントッシュである。二人のスティーブは、ジョブズとウォズニアックで、いうまでもなくアップル社の創業者たちだ。スティーブ・ジョブズはマーケティング・営業が得意、スティーブ・ウォズニアックはアナログからデジタル、ソフトウエアまでわかる天才エンジニアだ。
今、グーグルやアマゾンが半導体チップを自社開発した。アラン・ケイの最初の言葉がまさに当てはまる。グーグルやアマゾンは、検索やコンテキストアウェアネスに使うコンピュータソフトウエアを開発してきたが、ソフトウエアだけでは、効率よく計算できない、まどろっこしさを感じ始めていたに違いない。だから、いわゆる人工知能の一つと呼ばれる、ディープラーニング専用のプロセッサを設計したのだろう。
逆に半導体しか知らないエンジニアはもう古い。半導体産業は大きく変わり、工場が価値を決める時代からデザイン(顧客の機能)が価値を決める時代に移った。つまり、半導体エンジニアは、ニューラルネットワークのアーキテクチャに即した新しいコンピューティングアーキテクチャの開発を進めなければならない。このため、半導体だけの知識ではなく、その上に載せるべき機能やニューラルネットワークのアルゴリズムの知識も持たなければならない。こういったエンジニアを持つ企業がこれからの半導体を制するに違いない。
グーグルでもない、アマゾンでもない。半導体企業でもないが、アップルのDNAはモノづくり企業である。コンピュータというハードウエアとソフトウエアの両方を手掛けてきた企業であるからこそ、半導体の重要性を強く認識し、これからの半導体をリードしていく立場になる可能性はある。
半導体の価値が、製造プロセスから機能やアーキテクチャに移っているからこそ、世界の半導体産業の勢力地図は10年後にはアップルやグーグル、アマゾンがトップテンランキングに入ってきているかもしれない。
参考資料
1. 「コンピュータ革命はまだ始まっていない」、アラン・ケイ氏、未来を語る(2001/12/04)
(2016/07/03)