北朝鮮が「米ドル」に敗北…反米思想も効果なし
北朝鮮の公式通貨は「ウォン(通称:北朝鮮ウォン)」だが、その価値は紙切れ同様になっている。価値が下がった最大のきっかけは2009年に北朝鮮当局が行った貨幣改革(デノミネーション:以下デノミ)だ。この時、ウォンでタンス預金を貯めていた多くの住民は大打撃を受け、デノミを強行した当局への怒りは爆発。当時の金正日体制は、混乱を収拾させるため、デノミの責任者だった朴南基(パク・ナムギ)を公開処刑した。
デイリーNKは、世界で最も早くデノミをスクープし、その後の朴南基の公開処刑情報も、いち早くキャッチして報じた。これに対して「処刑ではなく更迭」との否定情報もあったが、2013年に張成沢(チャン・ソンテク)が処刑された際、朴南基は「希代の反逆者」として名指しされたことから公開処刑は事実だと断定できる。
この公開処刑は、北朝鮮経済を支配する市場経済、つまり貨幣経済に金正日体制が敗北したことを意味した。これ以後、北朝鮮庶民はウォンをまったく信用しなくなる。実用貨幣としだけでなく、国家を象徴する貨幣という意味でも軽く扱われるようになった。それは、故金日成主席が描かれた紙幣が覚せい剤の吸引に使われていることからも明らかだ。
北朝鮮ウォンに代わって、市場では中国人民元が事実上の通貨になっているが、最も信頼される通貨は、北朝鮮が「不倶戴天」の宿敵とする米国のドルだ。
「ワシントンを火の海に!」などと反米姿勢を貫く北朝鮮だが、住民の「米ドル」に対する執着心と愛着は別格のようだ。例えば、100ドル札に描かれているベンジャミン・フランクリンは「米国じいさん」と呼ばれ、商人や幹部たちは「じいさん(100米ドル)はサイコー!」と言って憚らないという。100ドルは、市場の実質レートで故金日成主席が描かれた5,000ウォン札の160倍だが、「米国じいさんは、うちのじいさん(金日成)の160倍の価値がある」というジョークまで存在する。
また、学生たちは、ラッキーアイテムとして1ドル札を制服のポケットにこっそりとしのばせる。1ドル札の次に人気があるのは、リンカーンの肖像画が描かれている5ドル札。「リンカーンは両親を失ってまともな教育すら受けられなかったが、奴隷解放を成し遂げた」という伝説の人物として学生たちも憧れる。
こうした若者たちは、「反米映画を見させられ、反米博物館で米軍の虐殺記録を見させられ、その感想文を書かされて、全てが終われば米ドルを握りしめてデートに行く」と揶揄される。
声高に「米国への復讐」を口にする幹部たちも、タバコの箱の中にこっそり入れられた100ドル札の賄賂を平気で受け取る。賄賂は、ドルで要求されることもあり、「人民共和国ではなくドル共和国だ」と皮肉られる始末だ。
半世紀以上、続けてきた「反米プロパガンダ」も、ほんの数年で米ドルのマネー・パワーに敗北を喫したようだ。