中国「ハマス・イスラエル紛争は即時停戦すべき」 その心は?
中国の王毅外相兼中共中央政治局委員は10月23日、パレスチナとイスラエルの外相とそれぞれ電話会談し、即時停戦とともに「イスラエル同様パレスチナの国家も建設すべきだ」という「二国家解決案」を双方に対して伝えた。21日には中国政府の翟隽(てき・しゅん)中東担当特使がカイロ和平サミットに出席し、同様の主張をしている。
10月11日のコラム<ハマスの奇襲 背景には中東和解に動いた習近平へのバイデンの対抗措置>に書いたように、そもそもハマスがイスラエルに奇襲攻撃をしたのは、サウジアラビア(以後、サウジ)がパレスチナ問題を解決しないままイスラエルと国交を樹立しようとしたからだ。バイデン政権は習近平政権がサウジとイランを和解させて中東に和解雪崩現象を現出させたことに対する対抗措置としてサウジに飴をしゃぶらせイスラエルと国交を樹立させようとした。
その意味で近距離的に見るならば、事の発端は、習近平政権が宿敵同士のサウジとイランを和解させるという前代未聞の事をやってのけたことにある。
そこで本稿では、習近平政権はなぜサウジとイランを和解させたのか、またハマス・イスラエル紛争の即時停戦を求める習近平国家主席の心は那辺(なへん)にあるかなどを考察したい。
◆王毅のパレスチナ外相およびイスラエル外相に対する発言
10月23日に王毅はパレスチナのマリキ外相と電話会談をした。
マリキはパレスチナ側の立場を紹介した上で、正義を支持しパレスチナ人の側にしっかりと立ちパレスチナ側に緊急人道支援を提供してくれた中国に心から感謝の意を述べた。パレスチナ問題を根本的に解決するためには、パレスチナという(国家主権を持った)独立建国が実現されなければならないと強調した。
王毅は「中国はパレスチナ側、特にガザの人々の困難な状況に深い同情を表明する。中国は、民間人に危害を加え、国際法に違反するすべての行為を強く非難し、ガザの人々の最も基本的な生活条件を確保するために、即時の停戦と戦闘の停止を求める」と答えた。王毅はまた、パレスチナ問題を解決する唯一の方法は、「二国家解決」を実施し、パレスチナ人の生存権、(国家主権を持った)建国権および(イスラエル建国によってパレスチナ地域から追い出されたパレスチナ人の正当な)帰還権を実現することにあると強調した。(筆者注:両者の発言の( )内の注釈は筆者が加筆。原文には注釈部分の説明はない。)
同じ日に、王毅はイスラエルのコーヘン外相とも電話会談をした。
コーヘンは先ず、イスラエルの立場と安全保障上の懸念について説明した。
王毅は「中国は、紛争の継続的なエスカレーションと事態の激化を深く懸念し、紛争によって引き起こされた多数の民間死傷者のことを深く悲しんでいる。我々は、民間人に対するあらゆる危害行為を非難し、いかなる国際法違反にも反対する。国家は自衛権を有するが、国際人道法を尊重し、民間人を保護するべきだ」と述べた。
その上で、「パレスチナとイスラエルが、できるだけ早く二国家解決の正しい軌道に戻り、和平交渉を再開し、パレスチナとイスラエルの2つの国の平和的共存を実現し、アラブとユダヤ人の調和のとれた共存を実現することが期待される」と、割合にストレートに意思表示をしている。
言論を弾圧し、民間人の精神的自由を奪っている中国が何を言うかと思う日本人は多いだろう。それは理解できる。しかしここではあくまでも中国が中東関係に関して何を言い、どう行動してきたかを通して習近平が何を狙っているかに関する考察に絞りたいと思う。
◆習近平が目指すのは「一帯一路」の貫徹 サウジ・イラン和解仲介はその線上
習近平の狙いは巨大経済圏構想「一帯一路」の貫徹にある。
習近平は2012年11月に中共中央総書記になっているが、2005年にシンガポール・ブルネイ・チリ・ニュージーランドから始まった経済連携協定に、アメリカが2008年頃から興味を持ち出し、2009年にはオバマ大統領が正式参加を表明しTPP(環太平洋パートナーシップ協定)へと発展していった。それからというもの2010年から2015年にかけて「アメリカが中国を排除し包囲する形で環太平洋の枠組み」を加速度的に形成していったのである。
習近平政権は、まさにそのど真ん中で誕生した。
2010年から中国のGDPが日本を追い抜き、アメリカに次ぐ世界第二位に成長したので、アメリカとしては何としても中国経済の発展を抑えこもうとしていることは誰の目にも明らかだった。
この時に着想されたのがユーラシア大陸を西へ西へとつないでいく「一帯一路」構想だった。拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述したように、習近平は父・習仲勲から常に「中国悠久の歴史」を「偉大なる遺産」として重要視せよという教えを小さいころから受けていた。
アメリカのTPPによる中国包囲網は、きっと習近平に父の教えを想起させ、「一帯一路」発想へとつながっていったにちがいない。
「一帯一路」を中東へ、アフリカへとつなぐ中継点には「パキスタン・アフガニスタン・イラン・イラク・サウジ」がある。
パキスタンやアフガニスタンへの支援は広く知られている。特に米軍撤退後のアフガニスタンへの間断ない関与は拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』の第四章の【七、アメリカの「空白地帯」アフガンを抱き寄せる習近平】で詳述した。これは何年後かに効力を発揮する。
現時点では図表1にあるように、アフリカ大陸をカバーするために、イランとサウジを通らなければならず、何としても「イランとサウジ」には仲良くしていてもらいたい。(TPPは範囲が広範なので波線で代替させた。)
図表1:「一帯一路」アフリカ大陸への経由国
ところが、同じイスラム圏ながら、スンニ派のサウジとシーア派のイランは犬猿の仲。その詳細な経緯は『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』の【第二章 中国が招いた中東和平外交雪崩が地殻変動を起こす】で詳述したが、時折り近づくときもあったが、基本的に宿敵のような仲だった。
そんな中、サウジに別の情況が発生した。実は2016年に「サウジビジョン2030」を立ち上げ、石油産業のみに依存しない経済の多様化発展を目指す国策を打ち出したのだ。というのはアメリカのシェールガスの生産量が急増してきたので、中東での石油の需要が激減し始めたからだ。
そのため2017年3月にサウジのサルマン国王が訪中して習近平に会い、「一帯一路」と「サウジビジョン2030」を連結させる協力文書に署名した。
2019年2月になるとサウジのムハンマド皇太子も訪中して、「一帯一路」&「サウジビジョン2030」プロジェクトを、大きく発展成長させる方向の決定がなされた。
こうして中国の仲介による「サウジ・イラン和解」の下準備は出来あがっていた。
◆サウジも本当はイランと和解したかった
一方、中国とイランは共にアメリカから制裁を受けている国同士として仲がいい。「一帯一路」遂行に当たり、中国は当然のことながら中東ではイランを重要ルートに引き込んでいるので、サウジはそれを「指をくわえて」見ているわけにはいかないのである。
そこで、実はイラクが仲介してサウジとイランを仲直りさせる道を探っていた。ところが、最後の調整のためにイラクのバグダッド空港に到着したイランのガーセム・ソレイマニ司令官が、アメリカによって爆殺された。その真相を、同年1月5日の特別議会で、イラクのアブドルマハディ首相が明らかにした。ソレイマニはイランの肯定的な回答をサウジに伝えるためにイラクを訪問したのだと、アブドルマハディは証言した。
サウジ・イラン両国が直接交渉すればいいようなものだが、何しろ国交を断絶していたのだし、それぞれ国内には強硬派もいて、自国民から弱腰と見られないようにしなければならない。だが、仲介国がイラクのような、それほど大きな力を持っていない国だと、アメリカが平気で仲介国にいる関係者を暗殺したりする。
しかし、中国が仲介した場合は、アメリカはうっかり「爆殺」のような形で横やりを入れにくい。中国の軍事力が、それなりに大きいからだ。報復を受けたら戦争になる。そこで、中東の関係国の暗黙の了解を得ながら、中国が「サウジ・イラン」の和解仲介を買って出たわけだ。だからこそ、その後、中東における和解外交雪崩現象が起きたのである。
◆「一帯一路」貫徹のために停戦して欲しい中国
それが気に入らなくて、10月11日のコラム<ハマスの奇襲 背景には中東和解に動いた習近平へのバイデンの対抗措置>に書いたように、バイデン大統領は「一帯一路」の真似をして「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC = India-Middle East-Europe Economic Corridor)」を提案した。それによりサウジに甘い誘いをかけてイスラエルと国交を樹立させる方向に動いたのが、それが今般のハマス・イスラエル紛争を招いた。
習近平としては何としても即時停戦して、これが中東戦争に広がらないようにして欲しいと望んでいる。別に中国が平和を愛しているとか、そういう美談ではなく、あくまでも経済で世界を搦(から)め取っていきたい中国としては、中東戦争により「一帯一路」貫徹の邪魔をされたくないのである。
図表1において点線で示した長い矢印をご覧いただくと、ウクライナ戦争は「一帯一路」のヨーロッパへの入り口を塞いでしまったことになるので、これに関しても「和平案」を出し、停戦して欲しいと習近平は意思表示をしている。ここはプーチンとは立場が異なり、そのことは「軍冷経熱」という言葉を使って拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』で詳述した通りだ。
これらの流れを理解しないと、アメリカが次に狙うのが台湾で、日本人はその餌食になる構図が見えてこないことを怖れる。