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日産・スバル「完成検査不祥事」と「カビ型不正」の“恐ろしさ”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

相次いで表面化する「カビ型不正」

 昨年秋以降、日産自動車の無資格完成検査、神戸製鋼のデータ改ざん問題を契機に、大企業をめぐる不祥事が多発している。データ改ざん等の問題は、三菱マテリアル、東レ等にも波及し、多くの素材・部品メーカーで、同様の不祥事が表面化する一方、自動車メーカーの完成検査をめぐる問題は、日産、スバルでの、燃費・排ガス検査をめぐる不適切な検査が明らかになるなど、引き続き社会の注目を集めている。

 

 私は、かねてから、組織の問題行為を、個人の利益のために個人の意思で行われる単発的な問題行為としての「ムシ型」と、組織の利益のために、組織の中で長期間にわたって恒常的に行われる「カビ型」の二つがあることを指摘してきた。

 冒頭に述べた最近の大企業の不祥事に共通するのは、問題が「単発的」ではなく、長期間にわたって継続しているという「時間的な拡がり」と、組織内の多数の人間が関わっているという「人的な拡がり」があるということであり、まさに「カビ型」の問題行為である。

 「ムシ型」への対処法・再発防止策としては、害虫に殺虫剤をまくのと同様に、違法行為を行った個人に厳しい制裁を科すことが必要であり、個人の行為の動機・背景を探り、行為の具体的内容を明らかにすることが重要である。一方、「カビ型」行為は、「個人の意思」という要素は希薄で、個人にとって回避が困難なので、関わった個人を厳罰に処することは問題の解決にはならない。

 カビをなくすために、その原因が「汚れ」なのか「湿気」なのかを明らかにして、それを除去する必要があるのと同様に、「カビ型」の問題行為に対しては、それが恒常化し、継続する原因となった「構造的な問題」を是正することが解決につながる。そのためには、それまで行われてきた「カビ型」行為の実態を、具体的に把握する必要がある。

 しかし、それをすると、それまで現場で不正を実行してきた多くの先輩、上司が問題行為に関わってきたことも明らかにせざるを得ない。

 コンプライアンスが強調される現在の日本社会では、何か問題が表面化すると、「著名な大企業に違反・不正があった」ということだけで問題が単純化され、その具体的な中身や背景や原因などに関心が向けられることはほとんどない。特に、「偽装」「隠ぺい」「改ざん」「ねつ造」に当たる行為に対しては、マスコミ、そして社会全体から、問答無用で厳しい批判・非難が浴びせられ、一切弁解が許されない。

 そのような状況では、仮に実害のない形式的な不正にすぎない問題であったとしても、当事者にとっては「絶対に表には出せない行為」と認識され、その不正を「隠ぺい」せざるを得なくなる。「偽装」「改ざん」がその「隠ぺい」に、そして、その「隠ぺい」のさらなる「隠ぺい」へと発展していくことで、根深く潜在化する「カビ」と化していく。そして、ひとたび不正が内部告発などによって表面化すると、「偽装」「改ざん」「隠ぺい」に対して企業に厳しい批判が浴びせられるというのが、「カビ型」不正の恐ろしさだ。

把握さえすれば解決可能だった「完成検査をめぐる不正」

 日産、スバルだけでなく、神戸製鋼、三菱マテリアル、東レ、いずれの不祥事も、「形式的な不正」であって、安全性・品質に関わる実質的な問題はほとんどない。

 日産などで「無資格検査」が問題となった「完成検査」というのは、工場で自動車が完成した後、出荷する段階で、保安基準適合性を検査するもので、国の「型式指定」を受けた自動車については、自動車メーカー側で、社内資格を有する者が検査を行うこととされている。

 自動車製造技術の発展により、出荷の段階で不具合が見つかることは多くはなく、検査としての意味はあまり大きくない。同じ工場で生産した自動車でも、海外輸出向けには完成検査は不要だ。このような業務に、技術レベルの高い技術者を配置することは無駄のようにも思える。合理性を追求する現場では、このような「実態と乖離した法令」は軽視されやすい。

 それが、無資格者による検査が行われ、それを資格者が行ったように「偽装」するという不正が行われ、現場でその事実を「隠ぺい」することにつながった。そして、無資格検査の発覚を契機に、完成検査の実態について徹底した調査が行われた結果、排ガス、燃費等の検査に関して、データの改ざん、検査不実施などの不適切な行為が行われていたことが発覚した。しかし、これらの「完成検査に関する不正」も、殆どは、検査の方法に関する形式的なもので、実質的な問題を伴うものではない。

 不正は、数十年前から行われていたとされ、始期は明らかではない、まさに、多数の人間が関与し、長期間にわたって行われてきた「カビ型不正」だ。

 安全性・品質確保という面で「完成検査」という制度に合理性があるのかについては様々な議論がある。しかし、日本の自動車行政は、日本の地理的条件、道路交通事情等に応じ、戦前から一貫して、自動車の保安基準適合性を一台一台国が検査して確認するという「車両管理型」の考え方で行われきた。その中核にあるのが使用が開始された後の自動車についての「車検制度」であり、自動車の完成・出荷の段階においても、「車両管理」の一環として完成検査を何らかの形で行わざるを得ない。完成検査の資格が社内資格に委ねられていたのは、車両管理型の制度を維持しつつ、製造の実情に合わせて柔軟に対応しようとするものであろう。

 日産の経営陣としても、現場の実態を早い段階で把握していれば、有資格者印を用いた書類の偽造などは直ちに止めさせたはずだし、社内資格の見直しや人員配置の見直しなど、社内でいくらでも対応可能だったはずだ。また、データ改ざんや検査不実施などの「完成検査をめぐる不正」も、会社上層部が把握すれば、ただちに是正可能だったはずだ。

 ところが、無資格検査も、検査方法をめぐる不正も、現場で「潜在化」し、その実態を会社上層部が把握できなかった。そして、内部告発によるものと思える国交省の「抜き打ち立入検査」で突如表面化したことで、厳しい社会的批判を受けたことに加え、大規模なリコール実施による巨額の損失を負うことになった。

内部監査・内部通報では「カビ型不正」は発見できない

 問題は、どのようにして「カビ型不正」を把握すれば良いのかだ。

 組織内で潜在化している問題を把握するための一般的な方法としては、内部監査と内部通報制度が挙げられるだろう。しかし、実際には、この2つの方法によって「カビ型」行為を発見・把握するのには限界がある。

 内部監査は、その手法自体が、意図的に隠ぺいされた行為を発見するようなものにはなっていない。しかも、長期間にわたって、多くの役職員が関与しているような「カビ型」行為の場合、企業内の1組織に過ぎない内部監査部門が問題を指摘することは容易ではない。

 また、内部通報制度は、2006年に公益通報者保護法が施行されたため、ほとんどの大企業で何らかの形で導入されている。しかし、内部通報窓口への通報によって業務に関する重大な問題が把握できたという話はほとんど聞かない。その理由は、内部通報が「社員個人のアクション」だからだ。上司への不満などの個人的動機によって行われるものが大部分であり、申告内容の多くは、セクハラ、パワハラ、服務規律違反などである。業務に関する問題行為で、しかも、多数の人間がかかわっている「カビ型」行為というのは、通報によって重大な問題が発覚すれば、業務にも、当該部門にも、大きな影響が生じることになり、職場内で通報の「犯人探し」が行われることもあり得るので、内部通報は行われにくい。不正行為に堪えられない社員は、告発者の秘匿が保障されるマスコミや監督官庁等、外部機関への「内部告発」という手段に出ることが多く、それによって最悪の形で問題が表面化することも多い。

 

「カビ型不正」把握のための“問題発掘型アンケート調査”

 このような「カビ型不正」にかかわらざるを得ない社員は、少なからず、「不正」に関する情報を会社に提供することで状況を改善したいと考えている。多数の社員が不正に関与したり、それを認識したりしている場合、そのような情報を、何らかの形で現場の社員から引き出すことができれば、問題行為を把握することができる。

 そこで、問題行為にかかわっている社員から自発的な情報提供を引き出す方法として有効なのが、“問題発掘型アンケート調査”である。

 多くの大企業において、全社員を対象とするアンケートによる意識調査が行われているが、一般的には、企業内の各部門別・階層別の意識・認識を全体的に把握し、人事労務上の施策や研修教育などに活用することが目的であり、具体的な問題の把握に結びつけようとするものではない。自由記述欄が設けられていても、部署・役職・社歴といったアンケート回答者の属性情報を細かく記載させることから、回答者が特定される懸念が生じる。そのため、抽象的・一般的な記述が多く、具体的な問題行為の指摘はほとんどない。

 “問題発掘型アンケート調査”は、そのような従来の意識調査とは異なる、企業の組織内で具体的に発生している問題などを把握し、必要な対策を講じることを目的とする全社員を対象としたアンケート調査だ。

 “問題発掘型アンケート調査”に関して、まず重要なことは、実施主体を会社から切り離し、「第三者」としての独立性・中立性を確保することだ。企業の現場、職場内の具体的な問題を含め、率直な回答を得るためには、実施に当たって、回答者や回答内容に関する情報が会社に直接提供されず、回答内容はすべて「第三者」たる実施主体で分析・検討した上で、結果のみが会社に報告されることを明確にする必要がある。そして、その点について社員からの信頼を得るためには、実施主体は、コンプライアンス・CSRなどに関する専門性を持ち、同種調査に精通した大学・研究機関、法律事務所などであることが望ましい。

 そして、問題の「発掘」ができるよう、選択式質問と自由記述式質問を適切に組み合わせ、関連づけた質問構成にすることが重要だ。実施企業の事業内容・特性・事業環境の変化・組織体制・過去に発生した問題から想定される問題などについて十分な事前ヒアリングを行って企業の状況を把握した上で選択式質問を作成する。質問に回答することを通して、社員の問題意識が喚起される。それに関連づけて自由記述式の質問をすることで、社員は、日頃から思っていること、悩んでいることを答えやすくなる。

 そして、アンケート実施主体から、回答者との直接のコミュニケーションを確保することができれば、問題発掘の効果をさらに高めることができる。会社から独立した実施主体が設置したウェブサイトに社員側が個人アドレスでアクセスする方式でアンケートを行えば、実施主体側から社員のメールアドレスへのアクセスが可能となる。アンケートで、現場で発生している問題を示唆する社員がいる場合に、「この機会に具体的に回答することが、自分のためにも、会社のためにもなる」と考えてもらうようにすることが重要である。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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