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皮膚バリア機能を回復させる最新アトピー性皮膚炎治療:デュピルマブとJAK阻害薬の効果

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
Grokにて筆者作成

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う慢性的な炎症性皮膚疾患です。日本では成人の約3%、子どもの約20%が罹患しており、患者さんの生活の質に大きな影響を与えています。この疾患は、症状が良くなったり悪くなったりを繰り返す特徴があり、長期的な管理が必要です。

アトピー性皮膚炎の原因は複雑で多岐にわたりますが、主に2つの要因が関与していることが分かっています。1つは皮膚のバリア機能の低下、もう1つは免疫系の異常です。特に、T helper 2 (Th2)細胞やT helper 22 (Th22)細胞の活性化による炎症反応が重要な役割を果たしています。

近年、アトピー性皮膚炎の治療法が進歩し、特に皮膚バリア機能の改善に焦点を当てた新しい治療薬が注目されています。今回は、イタリアの研究グループが行った最新の治療法に関する系統的レビューの結果をもとに、アトピー性皮膚炎患者さんの皮膚バリア機能改善について詳しく解説します。

【IL-4/13阻害薬による皮膚バリア機能の改善】

アトピー性皮膚炎の患者さんでは、皮膚のバリア機能が低下しています。これは、経皮水分蒸散量(TEWL)という指標が高くなることで分かります。TEWLが高いということは、皮膚から水分が失われやすい状態を意味します。

IL-4/13阻害薬の一種であるデュピルマブは、この皮膚バリア機能の改善に効果があることが分かってきました。レビューに含まれた10の研究では、デュピルマブ治療を受けた患者さんのTEWLが有意に減少し、角層の水分量が増加したことが報告されています。

具体的には、湿疹のある部位でTEWLが約26%減少し、角層の水分量が24.2%増加しました。これは、デュピルマブが皮膚バリア機能を改善する効果があることを示しています。

さらに、デュピルマブは皮膚の炎症を抑える効果も確認されています。炎症性細胞の数が減少し、アトピー性皮膚炎の原因となるサイトカイン(IL-4、IL-9、IL-13、IL-15、IL-17、IL-22、IFN-γなど)の発現も低下しました。

また、フィラグリン、LEKTI、HBD-3、LL-37といった皮膚バリア機能に重要なタンパク質の発現が増加することも観察されています。これらのタンパク質は、健康な皮膚を維持するために重要な役割を果たしています。

【JAK阻害薬の可能性:皮膚バリア機能への影響】

JAK阻害薬もアトピー性皮膚炎の新しい治療薬として注目されています。JAK(ヤヌスキナーゼ)は、炎症を引き起こす様々なサイトカインの信号伝達に関与するタンパク質です。JAK阻害薬は、このJAKの働きを抑えることで炎症を抑制します。

しかし、JAK阻害薬の皮膚バリア機能への影響に関する研究はまだ限られています。レビューに含まれた2つの研究では、JAK阻害薬が表皮の厚さを減少させ、フィラグリン(皮膚のバリア機能に重要なタンパク質)の発現を増加させる可能性が示唆されました。

具体的には、80mgのJAK阻害薬を投与した群で、29日目に表皮の厚さが有意に減少しました。また、40mgと80mgの両方の投与群で、フィラグリンの染色性が増強されました。これらの結果は、JAK阻害薬も皮膚バリア機能の改善に寄与する可能性があることを示しています。

ただし、JAK阻害薬に関する研究はまだ少なく、サンプルサイズも小さいため、今後さらなる研究が必要です。特に長期的な効果や安全性については、より大規模な臨床試験が求められます。

【アトピー性皮膚炎治療の未来:バリア機能回復への期待】

これらの新しい治療薬は、アトピー性皮膚炎の根本的な原因に働きかけることで、症状の改善だけでなく、皮膚バリア機能の回復をもたらす可能性があります。

特に、IL-4/13阻害薬であるデュピルマブは、皮膚バリア機能の改善に関して多くの研究結果が蓄積されています。デュピルマブは、アトピー性皮膚炎の症状を改善するだけでなく、皮膚の健康を長期的に維持する可能性があります。

デュピルマブの効果は、治療開始後比較的早期から現れることが報告されています。ある研究では、治療開始後15日目という早期からTEWLの改善が観察され、その効果は16週間持続しました。また、セラミドの組成も4週間以内に改善したという報告もあります。

JAK阻害薬についても、初期の研究結果は有望です。JAK阻害薬は、IL-4/13だけでなく、TSLP(胸腺間質性リンパ球新生因子)やIL-22といった他の炎症性サイトカインの働きも抑制する可能性があります。これにより、より広範な炎症抑制効果が期待できます。

しかし、JAK阻害薬の使用には慎重な判断が必要です。全身性の免疫抑制作用があるため、感染症のリスクなど、副作用についても十分な注意が必要です。

これらの新しい治療法は、アトピー性皮膚炎患者さんにとって大きな希望となる可能性があります。特に、従来の治療法では十分な効果が得られなかった患者さんにとって、新たな選択肢となるでしょう。ただし、個々の患者さんに最適な治療法は異なる可能性があるため、専門医との相談のもと、慎重に治療方針を決定することが重要です。

アトピー性皮膚炎の治療は、症状の改善だけでなく、皮膚バリア機能の回復を目指すことが重要です。IL-4/13阻害薬やJAK阻害薬などの新しい治療法は、この両方の効果が期待できる可能性があります。

日本でも、これらの新しい治療薬の使用が徐々に広がっています。デュピルマブは2018年に日本で承認され、中等症から重症のアトピー性皮膚炎患者さんに使用されています。JAK阻害薬については、バリシチニブやアブロシチニブ、ウパダシチニブなどが承認されており、使用経験が蓄積されつつあります。

ただし、海外の研究結果をそのまま日本人患者さんに当てはめることはできません。遺伝的背景や環境要因の違いにより、薬剤の効果や副作用のプロファイルが異なる可能性があるためです。日本人を対象とした研究も進められており、今後さらなるデータの蓄積が期待されます。

アトピー性皮膚炎の治療は、個々の患者さんの症状や生活環境に合わせて、最適な方法を選択することが大切です。新しい治療法に興味がある方は、まずは皮膚科専門医に相談してみることをおすすめします。専門医は、患者さんの症状の程度、既往歴、生活環境などを総合的に判断し、最適な治療法を提案してくれるでしょう。

最後に、アトピー性皮膚炎の治療において、薬物療法だけでなく、日々のスキンケアも非常に重要です。保湿剤の使用や、刺激の少ない石鹸の選択など、日常生活での工夫も皮膚バリア機能の維持・改善に役立ちます。また、ストレス管理や適度な運動、バランスの取れた食事など、全身の健康管理も大切です。

アトピー性皮膚炎の治療は日々進歩しています。新しい治療法の登場により、より多くの患者さんが症状の改善と生活の質の向上を実現できることが期待されます。しかし、どの治療法も万能ではありません。患者さん一人ひとりに合わせた、きめ細かな治療アプローチが重要です。今後も、さらなる研究と臨床経験の蓄積により、アトピー性皮膚炎の治療がより進化していくことが期待されます。

参考文献:

Chatzigeorgiou, I.; Koumaki, D.; Vakirlis, E.; Papadimitriou, I.; Gregoriou, S. Restoration of Skin Barrier Abnormalities with IL4/13 Inhibitors and Jak Inhibitors in Atopic Dermatitis: A Systematic Review. Medicina 2024, 60, 1376. https://doi.org/10.3390/medicina60081376

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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