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米IBM、ヤフーも直面?フル在宅勤務者のマネジメント「3つの壁」

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(写真:アフロ)

今年3月、米IBMが在宅勤務をする数千人の従業員に対し、今後はオフィスで勤務するように命じたと報じられて話題になった。このニュースで、2013年に米ヤフーが在宅勤務を禁止したことを思い出した方も多いのではないだろうか。

これらの動きを受けて在宅勤務の弊害に注目する論調も見られるが、全米人材マネジメント協会 (SHRM)の調査によれば、在宅勤務を取り入れる企業は2013年の58%から2017年の62%へと増加している。ヤフーやIBMで禁止の対象となったとみられる“常に”在宅で仕事をする“フル在宅勤務”も、2013年の20%に対し、2017年は23%の企業が認めている。

柔軟な働き方ができる求人情報を提供するFlexJobsの調査では、「柔軟な働き方」のオプションの中で最も関心を集めているのは、フル在宅勤務の雇用形態だった。フル在宅勤務の会社はそうでない会社と比べて人材採用にかける時間を33%短縮できており、在宅勤務を許可することは離職率の低下につながるという調査結果も出ている(OWL Labs「State of Remote Work 2017」より)。企業が人材獲得競争に打ち勝つために、在宅勤務は強い武器になるというわけだ。

しかし、問題は人材の採用や定着の先にあるのかもしれない。せっかく獲得した人材が能力を発揮し、組織に貢献してくれなければ元も子もない。そこで、米ギャラップ社によるフル在宅勤務の部下のマネジメント論を紹介したい。

一切会社に来ない“フル在宅勤務”の社員が直面する3つの壁

ギャラップ社が在宅勤務の頻度と職場へのエンゲージメントの度合いを調べたところ、週に3、4日の在宅勤務をする社員が最もエンゲージメントが高く、毎日在宅、または毎日オフィスに出社するという働き方はエンゲージメントの度合いを低下させることが分かった。

同社はフル在宅勤務の社員のエンゲージメント低下の原因として、彼らが直面しがちな3つの壁を挙げ、上司がケアすべきことを示唆している。日本企業に参考になりそうな点を意訳して紹介しよう。

(1)上司が成果に気づかない、評価してくれない

部下が良い仕事をした時、それを認めて評価することは上司の重要な役目だ。同じオフィスにいれば、その機会は自然に生まれるが、フル在宅勤務の部下については、褒める機会がないどころか部下の成果に気づくことすら難しい場合がある。

忙しい上司はつい、コミュニケーションを必要最低限に絞ってしまいがち。だがフル在宅勤務の部下と信頼関係を築き、パフォーマンスを引き出すためには、彼らの行いを把握して適切なフィードバックをする必要がある。

それには、成果をシェアしてもらう機会を意図的に増やすことだ。たとえば定期的なオンラインミーティングや週次報告メールで、「最近うまくいったこと」について報告してもらうようにすると良いだろう。

(2)今後のキャリアの展望が見えない

フル在宅勤務の社員は、自分のキャリアプランをどう実現するかについて、上司と話し合う機会が少ない傾向にある。この状況は、ただちに改善しなければならない。「キャリアアップや成長の機会があるかどうか」は、退職を考える1番のきっかけになるからだ。

特にフル在宅勤務の場合、自分の担当業務や所属部署以外の状況が見えづらい。他の部署やポジションでどんな仕事が行われているのかについて分かりやすく情報提供をすれば、社内でのキャリアアップの可能性についてイメージしやすくなるだろう。

また、彼らは職務が限定されているからと、フル在宅勤務の社員とキャリアの話をしない上司もいるかもしれない。だが、昇進だけが成長ではない。本人の目標を確認しながら、今の業務の中でもより大きな課題や責任ある仕事を任せるなど、成長をサポートするべきだ。

(3)同僚とつながる機会がない

フル在宅勤務の社員は、他の社員と関わり合う機会が少なく、孤立していると感じることがある。

これを解消する一つの方法は、グループウェアやチャットシステム、ビデオ会議などのテクノロジーをうまく利用することだ。この時、特に気をつけなければいけないのは、チームの中でフル在宅勤務という雇用形態が少数派である場合。オンラインでのやり取りを例外や臨時的なものとして扱うのではなく、対面での会話やミーティングに代わる正式なものとして、真剣に取り組まなければいけない。

また、可能であれば会社のイベントや研修の場に呼び、従業員同士が直接知り合う機会を作ることは、とても有効だ。

フル在宅勤務でうまくいっている会社は何をやっている?

上に挙げた3つの壁と上司がすべきことを見て、「面倒だな」とか、「こんなに手間をかけてフル在宅勤務の社員を雇う価値はあるのか?」と感じる人もいるだろう。筆者も、そこまでする必然性がないなら、あえてフル在宅勤務の社員を雇う必要はないと考える。だが世の中には、フル在宅勤務の社員を雇うことのメリットを大いに享受し、うまくマネジメントを行っている会社もある。

たとえば、アメリカのAutomatticは57か国に600人以上の従業員がいて、全員がフル在宅勤務で働いている(2017年11月現在の公式サイトの情報より)。以前であれば、57もの国から人を雇うのは巨大なグローバル企業でないと無理だっただろう。

だが、2005年の創業以来、在宅勤務を前提に仕事の仕方を組み立ててきた同社は、国境を超えて優秀な人材を雇い、自社製品「Wordpress.com」を世界中に提供することに成功している。

日本にも、フル在宅勤務を前提に人材獲得に成功している会社がある。たとえば東京のシステム開発会社のソニックガーデン。世間ではIT技術者の不足が叫ばれて久しいが、同社は地方在住でもOKとしたことで優秀なプログラマが定着している。

他には、企業のインサイドセールス(見込み客に電話で情報提供したり要望を聞いたりする仕事)を請け負うタクセルがある。昨年設立したばかりだが、フル在宅勤務、しかも未経験可という条件でスタッフを集め、オンラインで研修をして戦力に育てている。

3つの壁を崩す取り組み事例

これらの会社のやり方を見ると、上に挙げた3つの壁を崩す取り組みが行われていることが分かる。

たとえば「上司が成果に気づかない、評価してくれない」という壁。ソニックガーデンでは、勤務時間中はチャットツールを立ち上げっぱなしでいつでもやり取りができる上、1〜2週間に1回プロジェクトの「ふりかえり」をする習慣があり、互いの状況や成果が把握できるようになっている。タクセルの場合は、毎日の終業時間前に上司と部下が電話で話し、状況を把握しているという。

こういったこまめなコミュニケーションの習慣は、「今後のキャリアの展望が見えない」という2つ目の壁の解消にもつながる。またAutomatticでは、有給の産休・育休や生命保険料の全額負担、勤続5年ごとに2〜3か月のサバティカル休暇など、長期的な雇用を前提とした制度が充実している。

これは、「長く働き続けて欲しい」という会社からのメッセージとして社員に伝わるだろう。またタクセルでは、メンバーが「近い将来に海外に移住したい」と言えば「海外でできる仕事も考えよう」と伝えるなど、個人と会社が一緒に成長していく将来像を描くことでエンゲージメントを高めているようだ。

「同僚とつながる機会がない」という3つ目の壁については、従業員同士が直接会う機会を作ることを強くおすすめしたい。

たとえばAutomatticでは、1年に1度全社員が集まる1週間ほどの合宿がある他、年に数回チーム単位の合宿を行う。メンバーは世界中に散らばっているため、全社の合宿はアメリカのホテルで、チーム合宿はメンバーの誰かの居住地やみんなが集まりやすいところなど、自分たちで場所を決めて行う。

いつもはオンラインでコミュニケーションしている仲間、あるいは全く関わりのなかった社員と直接話をしたり共同作業をしたりする経験は、普段の仕事を円滑に勧める上でとても役に立つという。

ソニックガーデンでも、お互いをよく知り合ったり会社と個人の将来を一緒に考えたりする目的で、家族も参加する社員旅行や全社員での合宿を定期的に行っている。いつもは離れているからこそ、直接会う機会を貴重に感じ、有効活用しているのだ。

フル在宅勤務を選択する人の事情はさまざまなので、全社員が一堂に介することが難しい場合もあるだろう。そんな時も、上司が部下に会いに行く、近くに住んでいる数人ずつでも集まるなど、直接会う機会を作ることを検討してみて欲しい。

在宅勤務の導入は目的意識と覚悟をもって

話をヤフーとIBMに戻すと、両社のケースはよく似ている。かつてはIT業界をけん引する存在だった会社が、シリコンバレーを中心とする新興企業の勢いに押され、元気がなくなってしまった。

その立て直しというミッションを負って外からやってきたトップ(ヤフーはCEOのマリッサ・メイヤー氏、IBMはCMOのミッチェル・ペルーソ氏)が、就任1年以内に「在宅勤務の廃止」を通達したのだ。

ここからは想像になるが、両社ともフル在宅勤務を認めるようになった当初はメリットが大きかっただろう。しかし先の3つの壁を放置し、せっかくの人材のやる気やモラルを低下させ、会社に貢献しない集団にしてしまったのではないか。

そうなってしまったものを立て直すには、彼らを一箇所に集めてコミュニケーションの量を増やすことで、チームとしての一体感やクリエイティビティを高めることが必要だと判断したのだろう。

フル在宅勤務の導入には覚悟が必要だ。「なんとなく良さそうだから」とか、「社員が強く希望したから」といった理由でそれを認めると、課題が見えてきたところでストップがかかってしまう。明確な目的があって始めても、時間とともに本来の意図やビジョンが忘れ去られてしまうと、ヤフーやIBMのような結果に陥る。

ここで紹介した3社がうまくいっているのは、フル在宅勤務というスタイルが自分達のビジョンの実現に不可欠だと考え、それを前提にうまくいくやり方を試行錯誤しているからだ。フル在宅勤務の社員がいる、あるいはこれから雇おうという会社は、そこまでの覚悟があるかを問うてみて欲しい。

(本記事は、2017年11月に『ビヨンド』に掲載した内容を、一部編集の上で投稿しています)

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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