「フェイクニュースの年」2024年にファクトチェックは役に立つのか?
「フェイクニュースの年」2024年に、ファクトチェックは役に立つのか――。
世界経済フォーラムの調査で、2024年のグローバルリスクとして過半数が挙げたのが「AIによる偽情報・誤情報(フェイクニュース)」だった。
年明けの台湾総統選から米大統領選まで注目選挙が相次ぐ中で、フェイクニュースの脅威に大きな関心が集まる。
その一方で、ファクトチェックの停滞論、懐疑論の声も浮上している。伸びは鈍り、効果が見られない、と指摘する。
これに対して、ファクトチェックの国際組織「国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)」理事のピーター・カンリフ・ジョーンズ氏らは、アカデミックメディア「カンバセーション」への寄稿で、「虚偽やデマを明らかにする取り組みは、なお価値がある」と反論している。
AIの急速な進展による、フェイクニュースの高度化、深刻化も懸念される。
ファクトチェックの真価が問われている。
●「フェイクニュース」は危機を好む
英ウェストミンスター大学客員研究員、ピーター・カンリフ・ジョーンズ氏と、米ウィスコンシン大学マディソン校教授、ルーカス・グレイブス氏は2024年1月8日付の「カンバセーション」への寄稿で、そう述べている。
カンリフ・ジョーンズ氏は国際ファクトチェックネットワークの理事で、南アフリカのファクトチェック団体「アフリカチェック」創設者、「アラブファクトチェッカーズネットワーク」アドバイザーでもある。グレイブス氏はファクトチェック研究で知られる。
2人はさらに、こう指摘する。
1月19日までスイス・ダボスで行われていた世界経済フォーラムが、開催に先立つ10日に発表した「グローバルリスクレポート2024」で指摘されたのが、偽情報・誤情報のリスクだ。
1,400人超の専門家、政策立案者、業界リーダーへの調査で、2024年のリスクのトップは「異常気象」(66%)。これに次いで、やはり過半数(53%)を占めたのが「AIによる偽情報・誤情報」だ。
そして、今後2年間の10大リスクのトップは、「偽情報・誤情報」だった。レポートはこう述べる。
実際に、米国では2021年1月、ブラジルでは2023年1月に、前年の大統領選が「不正選挙」だったとする根拠のない主張によって、それぞれ数千人単位の群衆が首都の連邦議会を襲撃する事件を起こしている。
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
※参照:「ブラジル議会襲撃」フェイクが後押しする暴力の背景とは?(01/09/2023 新聞紙学的)
そんな中で、対抗策として世界的に取り組まれているのが真偽検証のファクトチェックだ。
その中心人物たちが、改めて必要性を訴える背景に、ファクトチェックに対する停滞論、懐疑論が浮上していることがある。
●「停滞の兆し」とニューヨーク・タイムズ
ニューヨーク・タイムズは2023年9月29日付で、そう報じている。
ニューヨーク・タイムズがファクトチェックの「停滞」の根拠として挙げるのが、米デューク大学のリポーターズラボによる世界のファクトチェックサイトの年次調査だ。
ファクトチェックサイトの数は2008年の11件から2022年には424件へと急速に拡大している。
ただ2021年は419件、2022年は424件、2023年6月時点で417件(※2024年1月22日現在で424件)と、横ばいの状態が続く。
また、Xを始めとするプラットフォームによるコンテンツ管理の後退や、米国の保守派による反発など、虚偽情報対策への逆風も指摘されている。
※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的)
さらにニューヨーク・タイムズは、「バイデン大統領は不正投票で当選した」という根拠のない主張が、ファクトチェックによって繰り返し否定されながら、米国内で根強い支持を保っていることを挙げる。
米モンマス大学の世論調査では、この主張を信じる人の割合が、2020年11月の米大統領選以来、30%前後でほぼ変化していない。共和党支持者では、その割合は68%に上る。
●ファクトチェックの効果とは
米ブラウン大学教授、クレア・ワードル氏らの研究チームは、学術誌「ヘルスアフェアーズ」の2023年11月15日付の論文の中で、そう指摘している。ワードル氏は、フェイクニュース対策のNPOだった「ファースト・ドラフト」の中心人物として知られてきた。
「デバンキング」とは検証による虚偽情報の暴露、つまりファクトチェックのことを指す。
ワードル氏らは、新型コロナの誤情報に関して、様々な対策(介入)の効果を比較調査によって検証している論文50本(2020年1月~2023年2月)を抽出し、その手法を12種別に分類して、効果を比較した。
その結果、比較調査の参加者が、誤情報を信じることや正確性の判断の改善効果が最も多くみられたのが、ファクトチェック(デバンキング)だったという。
このほかに、調査の件数が多く、効果も高かったのが、事前にフェイクニュースの内容や手法を伝えることで“免疫効果”を狙う「受動接種(※プレバンキングとも呼ばれる)」(14件中5件[36%]で効果あり)と、一般ユーザーがコメントなどで誤りを指摘する「ユーザーによる訂正」(21件中7件[33%]で効果あり)だった。
調査の件数は少ないが、ソーシャルメディアにおける「誤情報の疑い」などの「警告ラベル」表示も高い割合(6件中4件[67%]で効果あり)で効果が示されていた。
また、誤情報の共有に関する調査では、参加者に対して事前に情報の正確性についての判定作業を行わせる「正確性促進」が、高い効果(18件中15件[83%]で効果あり)を示した。
ジョージ・ワシントン大学准教授、イーサン・ポーター氏とオハイオ州立大学准教授、トーマス・ウッド氏が2021年9月10日付で米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載した論文は、ファクトチェックの効果に関する調査として広く知られている。
ポーター氏らは、アルゼンチン、ナイジェリア、南アフリカ、英国の4カ国でそれぞれ2,000人を対象に、ファクトチェックによる参加者の正確性の向上効果について、同時調査を実施した。
その結果、誤情報を信じる割合が5段階評価で少なくとも0.59ポイント減少し、同じ参加者1,000人を対象とした2週間後の2次調査でも、効果の持続が確認できたという。
●届けるべき人々
冒頭のカンリフ・ジョーンズ氏らは、ファクトチェックの情報が届きにくい層があることを認める。
2020年の米大統領選が「不正選挙」だったとする根拠のない主張を、30%前後の人々が継続的に信じているのは、そのことを示す。
ただ、そのような「岩盤層」と、虚偽情報を信じない人々との間に、ファクトチェックなどによる虚偽情報対策の効果が見込める幅広い人々がいる。そのことが、上述のような研究で明らかになっている。
カンリフ・ジョーンズ氏らは、ファクトチェックが担うそのような人々への役割を指摘する。
台湾総統選やイスラエル・ハマス軍事衝突などでは、すでにAIを使用した虚偽情報も出回っている。
※参照:「暗号通貨宣伝」「女性スキャンダル」のAIデマ動画拡散、台湾総統選にフェイクの脅威(01/11/2024 新聞紙学的)
※参照:「イスラエル・パレスチナ紛争のAI生成画像」Adobeが販売、そのインパクトとは?(11/09/2023 新聞紙学的)
一方で、英ファクトチェック団体「フルファクト」や米ファクトチェック支援NPO「ミーダン」は、AIを活用したファクトチェックの仕組みを提供する。
カンリフ・ジョーンズ氏らは、『ジャーナリズムの原則』などの著書で知られる米メリーランド大学教授、トム・ローゼンスティール氏のこんなコメントを紹介している。
【※注記:筆者はファクトチェック団体「日本ファクトチェックセンター」の運営委員を務めている】
(※2024年1月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)