世界中を感動させた、あのロンドンの迷い猫ボブが亡くなった
[ロンドン発]ロンドンの迷い猫ボブとホームレスだったジェームズ・ボウエンさん(41)の心温まるストーリー『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』は40カ国語以上に翻訳されて800万部の大ベストセラーになり、映画化もされました。そのボブが15日に息を引き取りました。
正確な年齢は分かりませんが、14歳以上とみられています。ジェームズさんは次のように話しています。
「ボブは私を救ってくれました。たったそれだけのことでした。ボブは私に一緒にいること以上のものをプレゼントしてくれました。彼のそばにいて、私はそれまで見失っていた生きる方向性と目的を見つけました」
「本と映画化を通じて私と彼が一緒に達成した成功は奇跡です。彼は何千人もの人々と出会い、何百万もの人生に触れました。彼のような猫は初めてです。そして二度と現れないでしょう。人生の光が消えてしまったような気がします。私は彼のことを決して忘れないでしょう」
2012年11月、観光客でにぎわうロンドン中心部コベントガーデンにギターの流し「バスカー」を生業とするジェームズさんと、直ぐ側の毛布の上で鎮座するトラ猫ボブを訪ねたことがあります。
ジェームズさんが「カモン・ボブ。ハイ・ファイブ(ハイタッチのこと)」と声をかけると、ボブが小さな手を上げてハイタッチで応えます。
周りの観光客や通行人から「なんて、かわいいの」というつぶやきが漏れました。ジェームズさんの得意な曲は英ロックバンド「オアシス」でした。
肩の上にボブを乗せてコベントガーデンに現れる長髪で長身のジェームズさんはみんなの人気者。ボブはツイッターやフェイスブックのページを持ち、ファンクラブまでできていました。
ボブと一緒にいる時、ジェームズさんは優しい笑顔を浮かべていました。
ジェームズさんは3歳の時、両親が離婚。母親とともにイギリスからオーストラリアに移り、母親の仕事の都合で何度も引っ越ししました。
母親は再婚しましたが、継父側の家族とうまくいかなかったジェームズさんは18歳の時、単身ロンドンにやってきました。ロックスターになることを夢見ていたのです。
しかし仲間の家を転々としているうちにヘロインを常習するようになり、ホームレスに転落。そんな時にボブと偶然、出会ったのです。
2007年3月のこと。ジェームズさんは「福祉住宅」の公営アパートに住み、ヘロイン中毒治療のため鎮痛薬メタドンを使っていました。
ギターの流しをした帰り、アパートの階段にみすぼらしい迷い猫がうずくまっていたのです。
足は化膿してはれ上がり、お腹にもけがをしていました。
見回しても誰もいないため、ジェームズさんはとりあえず自宅に連れて帰り、応急措置をしてエサをやりました。
3日後、英動物虐待防止協会に連れていって化膿止めの抗生物質を投与してもらいました。
ジェームズさんの1日の稼ぎは25ポンド(約3370円)でしたが、いたいけなボブを見捨てることはできず、治療代の28ポンド(約3780円)を払いました。
飼い主を探しましたが、見つかりませんでした。しばらくして回復したボブを外に逃がそうとした時、ボブはジェームズさんから離れません。
ある日、ギターの流しに出かけようとするジェームズさんを追いかけてバス停までやってきたボブを見た時「ボブと一緒に生きて行こう」と決心したのです。
面倒を見てやらなければボブは死んでしまう――ジェームズさんが初めて自分の人生に小さな意味を見出した瞬間でした。
人見知りする普通の猫と違って、ジェームズさんがギターの流しをしている間もボブは人混みの中でもじっとしています。
しかし、流しの最中、奇妙な格好をした男が驚かした時や犬のロットワイラーに襲われそうになった時、ボブは逃げ出して離れ離れになってしまいます。
「もう戻ってこないかもしれない」としょんぼりしていると、2~3時間後、ボブがひょっこり戻ってきました。
健気に生きるボブとジェームズさんに次第に共感が集まり、ジェームズさんの流しの収入は25ポンドから60ポンド(約8100円)に。
売り上げをホームレス支援に充てるチャリティー雑誌ビッグイシューを販売していたジェームズさんの実績も急上昇。ホームレス仲間の販売も助けることができるようになりました。
世界的に大ヒットした『マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと(原題:Marley & Me)』の出版を手掛けた出版代理人がボブとジェームズさんに興味を持ちました。
本はたちまちベストセラーになり、英ノンフィクション部門で1位に。映画のプレミアには英王室のキャサリン妃も招かれました。
ジェームズさんは印税でホームレス支援団体などに恩返しをしています。「鶴の恩返し」ならぬ「猫の恩返し」。ボブとジェームズさんの出会いは世界をほんの少しだけかもしれないけれど温かくしてくれました。
ありがとう、ボブ。感謝を込めて。
(おわり)