国家クラスの経済力を持つ民間企業を目指す!中国最強の企業家ジャック・マーの哲学
中国を代表する巨大企業アリババグループの創業者であるジャック・マー(馬雲)氏が来日。4月25日に早稲田大学での対談イベントに参加した。中国を代表する起業家と、じかに質疑応答ができるかもしれない貴重な機会ということもあってか、会場は1200人を超える学生で満員となった。申込数はなんと4400人を超え、落選者が続出したようだ。
ジャックの経歴については拙著『現代中国経営者列伝』に詳述した。詳しくは同書を読んでいただきたいが、簡単にご紹介しよう。
ジャック・マーこと馬雲は1964年、浙江省杭州市に生まれた。幼い頃は勉強嫌いのガキ大将キャラだったという。ただし弁舌の才は飛び抜けていて、英語力は抜群。杭州といえば中国屈指の観光地だが、訪れた欧米観光客を相手に無料ガイドを買って出て、英語の能力を磨いたという。逆に数学は大の苦手で、大学入試では3点しかとれずに落第したこともあるという。しかし、英語だけでは受験には勝てない。二浪の末にようやく杭州師範大学に入学した「落ちこぼれ」だった。数学が大の苦手のジャックが中国トップのIT企業を作り上げ、今ではAIとビッグデータの伝道師としてその重要性を語っているのだから不思議なものだ。
イベントでは、ジャックは得意の英語でスピーチし(日本語同時通訳あり)、期待に違わぬ軽妙なトークで会場を沸かせていた。
それもそのはず、ジャックは中国ビジネス界ナンバーワンの弁舌家として知られる。ある日本人ジャーナリストは「漫談師」と称したほどだ。
ジャックの軽妙なトークに会場からの質疑応答も活発だった。学生からの質疑は日本語でも可能だったが、挙手したのは英語の堪能な中国人留学生が多くを占め、司会者が「日本の学生に貴重な機会を譲ってあげてほしい」と再三お願いをするほどだった。ただ、「ジャックと同じ方法で英語力を鍛え、英検一級を取得した」という日本人女子学生が登場した際は、ジャックもその英語力を手放しで称賛し、「アリババの強みは女性社員が半数を占めることにある」と彼女にエールを送った。
さて、中国の企業家はいつも怪しい誘惑に直面している。それはなにかというと、本業以外での投資だ。不動産を筆頭に儲け話がごろごろしているお国柄だ。本業をまっとうするよりも、儲け話に手を出したほうがよっぽど話が早い。何かの事業で成功を収めた後は投資家に転身、気づけば地方の不動産王になっているというパターンがどれほど多いことか。しかし、誘惑に負けずに本業を伸ばした経営者だけが中国を代表する企業を作ることができる。
それら傑出した企業家の中でも、ジャックの筋の通し方は一級品だ。1999年のアリババ創業以来、彼の哲学はまったくぶれがない。その哲学とは「中小企業のバックヤードを担うこと」にある。アリババを創業する前、ジャックは中国政府関係のB2B(企業間取引)プラットフォームの設立を手がけていた。だが大企業向けのビジネスは本意ではないとわずか一年で辞職。故郷の杭州市のマンションで、仲間とともに起業したのがアリババだ。
アリババはいわゆるモール型のEC(電子商取引)サイトであり、中小企業の販売をサポートすることが目的だった。その後の事業展開も中小企業サポートという志からおおむね外れていないと言えるだろう。この志にそって無数のサービスが展開されているが、もっとも驚かされたのは、アリババグループの関連企業であるアントフィナンシャル社のネット銀行「網商銀行」(マイバンク)が提供する「網商貸」という中小企業・個人事業者向け融資サービスだ。
このサービスは、ネットショップの取引記録などのビッグデータをAIが分析して与信枠を決定するのだが、スマホから借り入れの申し入れをすると、わずか1秒でお金が振り込まれるという脅威のスピード感が売りだ。中小の事業者にとって運転資金は悩みのタネで、ギリギリの資金で回しているところも多い。たとえばネットショップの場合、商品が売れたら次の在庫を仕入れなければならないが、客の振り込みが着金するまでタイムラグが生じてしまう。このタイムラグを埋めることができれば資金の回転率は一気に高まる。たとえ手数料を払っても、超高速で借りられるローンはありがたい存在だ。
今、ジャックが目指すのは小企業でもグローバルサプライチェーンを活用できるプラットフォーム作りだという。2017年7月、ジャックは中国IT界の未来を展望するイベント「天下網商大会」を主催した。そこで提唱されたのは「Made on Internet」。メイドインチャイナ、メイドインジャパンという国境から企業を解き放ち、中小企業であってもドイツのデザイン、日本の中核部品、中国の工場……といった世界のサプライチェーンを自由に活用できる世界を作ろうとしている。
アリババのECプラットフォームやネットバンクなどを少しでも活用すれば、その企業はアリババ経済圏に加わったことになる。その経済圏はどこまで広がるのか。ジャックは言う。「もし一つの企業が1億人の雇用を生み出したならば、経済体(国)と呼ぶにふさわしい存在となる。2036年、世界の経済体トップ5の顔ぶれはこうなっているだろう。米国、中国、欧州、日本、そしてアリババだ」、と。
今回のイベントで、ジャックとともに登壇したのは、早稲田大学に籍を置く3人の若き起業家たちだった。ジャックはなんども語りかけた。「ビジョンを信じろ。そして、仲間を信頼しろ」と。彼らのなかから、あるいは当日の聴衆のなかから、世界的な経済体を目指すアリババに追随する起業家は出現するだろうか?