トランプ大統領と会談した郭台銘・次期台湾総統候補の狙い
5月1日、ホンハイの郭台銘会長はホワイトハウスでトランプ大統領と会談した。会談中、郭氏は米国国旗と、北京が認めない「中華民国」の国旗を付けた青い帽子をかぶっていた。その狙いは何か?米中台のゆくえを追う。
◆中華民国とアメリカの国旗を付けた帽子の意味
世界最大のハイテク製品受託生産企業である台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(以下、ホンハイ)の郭台銘(かく・たいめい。Guo-TaiMing)会長が、5月1日、トランプ大統領と会談した。
彼はホワイトハウスに入る際に、青い地色に「中華民国」の国旗とアメリカの国旗をあしらった野球帽をかぶっていた(RFI報道。郭氏が手にしているのは後述するトランプ大統領サイン入りのコースターと、そのコースターにサインしたペン)。
郭氏は4月17日に、国民党から来年の総統選に立候補すると宣言している。
一方、「中華民国」という国家が存在することを中国(中華人民共和国)は認めていない。
1971年7月9日、ニクソン政権時代のキッシンジャー(元)国務長官が忍者外交により訪中し、「一つの中国」を取り付けてから、中国は「中華人民共和国を唯一の中国を代表する国家」と認めさせた上で、同年の10月25日に国連に加盟した。この日、アメリカの裏切りに激怒した「中華民国」代表の蒋介石総統は国連を脱退。
かくして中国、中華人民共和国=北京政府の天下となったのである。
アメリカのお墨付きを手にした中国は一気呵成に「一つの中国」を旗印として、世界中の多くの国と「一つの中国」を条件に国交を結び、絶対に「中華民国」という「国家」の存在を認めさせていない。
その中国の習近平国家主席や李克強首相とも仲睦まじい郭氏は、親中的傾向が強すぎるとして台湾での人気が今一つだ。
そこで、頭に禁断の「中華民国」の国旗「青天白日満地紅旗」を掲げ、それをアメリカ国旗と並べることによって、「親中ではなく、親米であり、アメリカと仲良くやっていくのだ」ということを台湾国民およびアメリカにアピールしようとしたものと解釈できる。
上述のフランスのRFI報道を始めとした多くの中文メディアによると、トランプ大統領との会見後、郭氏は以下のように記者団に語っている。
●トランプ大統領との会談の間、私は最初から最後まで、「中華民国」の国旗を付けたこの帽子をかぶっていた。それによって「中華民国」の存在と尊厳をアピールした。
●もし私が中華民国総統に当選したら、中華民国総統としてホワイトハウスでトランプと会談することだろう。もし、それが出来なかったら、私は能力のない人間だということになる。少なくともアメリカは私の訪米を反対しないだろう。反対するのは北京だ。北京は私に(台湾に)、それだけの活動できる空間を与えるべきだ。
●もし北京が台湾に、いかなる国際組織にも参加させないようなことをしたら、台湾の如何なる指導者も、北京から益々遠ざかることになるだろう。
●私はトランプ大統領との面談の全過程においてこの帽子をかぶっていただけでなく、トランプ大統領に同じ帽子をプレゼントした。
●するとトランプ大統領は、そこにあったコースターにサインをして私にプレゼントしただけでなく、サインをしたペンを私にプレゼントしてくれた。
●中華民国の国旗を飾った帽子をかぶってホワイトハウスに入ったことは「中華民国の尊厳を守ったことにならないか?」(なるだろう!)。民進党の中に、中華民国国旗の帽子をかぶってホワイトハウスに入ることのできる指導者が一人でもいるだろうか?もし、私のように最高の儀礼を受けながら、あの楕円形の大統領オフィスに入る方法を持っている民進党の官僚がいたら、教えてほしい(=私以外にその方法を持っている人間は台湾にはいない!)。
●実はこの間、台湾で、この国旗帽をかぶってメディアに出たところ、(中国)大陸のメディアは帽子の国旗の部分にモザイクをかけて見えないようにして報道していた。そんな必要があるだろうか?私は実に(大陸のこのやり方に)不満だ。北京は中華民国に十分な活動空間を与え、中華民国が存在している事実を(北京は)正視すべきである。
●中華民国総統選に立候補することに関して、トランプ大統領は「総統になるっていうのは大変なことだよ」と感想を漏らしたが、アメリカは他国の選挙に干渉する気はないだろうし、また私もトランプのアドバイスを必要としているわけではない。
おおむね以上だ。
◆第一回目の「トランプ・郭台銘」会談と「フライング・イーグル計画」
たしかに台湾総統選に立候補するという意思表明をした後にホワイトハウスを訪れた者は、未だかつて一人もいない。
これを可能ならしめたのは、2017年7月27日に、郭氏が経済人としてワシントンに飛び、トランプ大統領とホワイトハウスで会談したという経緯があるからだ。「アメリカ第一」を掲げて、他国がアメリカから雇用を奪っているとして激怒したトランプのご機嫌を損ねまいと、世界中から多くの経済人がトランプ詣でをしたが、この機を逃さず、大型投資を引っ提げてトランプとの会談を実現させた郭氏の手腕と俊敏さは注目に値する。
この第一回目の会談がなかったら、今般の臨機応変の会談も実現しなかっただろう。
そもそも郭氏は、2016年12月、ドナルド・トランプ氏が大統領に当選したその1ヵ月後に、すばやくアメリカに対する大型投資を決めていた。
この対米大型投資計画を郭氏は「フライング・イーグル(Flying Eagle)計画」と命名した。
かつて日中戦争時代に国民党軍は蒋介石(後に総統)の宋美齢夫人を通して、アメリカから空軍の支援を取り付けており、それを「フライング・タイガーズ(Flying Tigers、中国語では飛虎隊)」と称していたが(詳細は『毛沢東 日本軍と共謀した男』)、この言葉をもじって、今度は台湾(国民党)がアメリカを緊急支援するという意味で、「フライング・イーグル」と命名したものと思う。
この下準備の下に第一回の「トランプ・郭台銘」会談が成立したのだが、会談において郭氏はトランプ大統領に「100億ドル(約1兆1500億円)を投じて、ウィスコンシン州に最先端の8Kを含む液晶ディスプレイ(LCD)パネル工場を建設する」と約束した。
それだけでなく、郭氏は続けてミシガン州でも自動車産業分野に数十億ドルを投資する計画だと、同年8月6日の香港「経済日報」が明らかにしている。
心憎いではないか。
ミシガン州と言えば、アメリカの自動車産業の心臓部・デトロイトがある場所だ。トランプ大統領の支持基盤である中西部ラストベルト(Rust Belt。錆びついた元工業地帯)だ。郭氏はそこに集中的に投資しようとしたのである。
あのとき既に中文メディアでは「郭台銘は台湾のトランプか?」という視点で郭台銘を位置づけていた。
したがって4月17日に郭氏が2020年の台湾総裁選に国民党から出馬することを表明した時には、「おお、遂に来たるべきものが来たか!」と筆者は感慨深くこの情報を受け止めた。
というのも、2017年7月にトランプ大統領と約束したはずの対米投資は一向に進んでいなかったために、今年2月1日にトランプ大統領が郭氏に電話をしてきて、計画の継続を要請してきたという報道を知っていたからだ。2月2日、台北市内で開いた社員の慰労会で、郭氏はトランプ大統領から前日電話があったことを明らかにした上で、「ウィスコンシン州に液晶パネル工場を建設する計画は予定通り進める」との声明を発表している。
この流れから行けば、郭氏は再度トランプ大統領に会いに行くだろうと予測し、動静を見守ることにして、郭氏の次期総統選出馬声明に関して何も書かなかった。
◆台湾の民意調査では「平和統一反対」84%
静観を決めた背景には、もう一つの要素があった。
それは今年1月6日付のコラム<「平和統一」か「武力統一」か:習近平「台湾同胞に告ぐ書」40周年記念講話>で書いたように、今年1月2日、習近平は「台湾同胞に告ぐ書」発表40周年記念で講話し(以下、「今年の講話」)、2020年の台湾総統選に向けて二つの「脅し」を「台湾同胞」に向けて発しているからだ。
1992年に中台間で認識を共有した「九二コンセンサス」にはあったが、今年の講話では削除されるか変更されている重要な個所を二つ列挙する。
1.「九二コンセンサス」には「一中各表」という表現があったが、今年の講話では、この4文字が削除されている。「一中各表」とは、「一つの中国」は中台双方のコンセンサスとして認識するが、その「中国」が「中華人民共和国」を意味するのか、それとも「中華民国」を意味するのかに関しては、「中台各自が解釈する」という意味である。
2.「九二コンセンサス」は、中台が平等に「共通認識(コンセンサス」を持つことが基本軸にあったが、今年の講話では、「九二コンセンサス」がいつの間にか「一国二制度」と同じ位置づけになっている。つまり台湾は「中華人民共和国」という国家に所属し、香港やマカオと同じ特別行政区として、形式上「社会主義と民主主義の二つの制度」を実施するという「一国二制度」の形に置き換えられている。
これらに対する台湾の両岸政策協会による民意調査の結果が、今年1月3日に発表されたが、84.1%が習近平の今年の講話による「平和統一」概念に反対しているという結果が出た。平和統一を目指す「九二コンセンサス」は「一つの中国(=中華人民共和国)原則」でしかなく、到底受け入れることはできないというのが台湾国民の意思表示だった。
どんなに経済が重要であっても、国家の尊厳を捨てることはできないという結果が出たのである。
たしかに民進党は下降線をたどっているが、国民党の第一候補とみなされてきた高雄市の韓国瑜(かん・こくゆ)市長の支持率34.2%に比べて、郭氏の支持率は16.3%と低い(4月30日時点)。
調査母体によって支持率の値は異なるものの、このままでは郭氏の総統当選はおぼつかない。出馬するからには絶対に当選しなければならないのが、「郭台銘会長」の立場だろう。
そこで「中華民国」国旗とアメリカ国旗をあしらった帽子をかぶってトランプ大統領と会談するという手に、郭氏は出たものと解釈する。
◆中国政府元高官「独立しなければ、それで十分」
こんなことで北京が納得するのだろうか。
「デキレース」だとは思うが、念のため中国政府の元高官に聞いてみた。
すると、以下のような回答が戻ってきた。
――台湾に関しては、要するに独立を叫ばなければ、それでいいのです。現状を変えなければ、しばらくはそれで十分。さもないと、中国には「反国家分裂法」があります。郭台銘なら、それを発動しなければならないような状態にはならない。何と言っても彼は習近平の母校である清華大学経済管理学院顧問委員会の委員ですからねぇ……。
たしかに――。
拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』のp.178に「郭台銘」の名前がある。これは「デキレース」以上のものかもしれない。
郭氏はトランプ大統領に会う直前の4月30日に、米中ハイテク戦争に対応するための彼の3大目標は「台湾獲利、美国(米国)達標、中国轉型成功」だと言っていた。
「美国達標」は「衰退してしまったアメリカの製造業を取り戻すという目標を、アメリカが達成すること」で、「中国轉型成功」とは、まさに『「中国製造2025」の衝撃』に書いたように、「中国が組み立てプラットホームから抜け出してハイテク国家戦略<中国製造2025>を達成して成功すること」を指す。
「台湾はその米中の間で利益を得る」というのが「台湾獲利」だ。
トランプ大統領と気軽に会える郭氏なら、ひょっとしたら台湾総統になってからもホワイトハウスに行くという、前代未聞のことをやってのけるかもしれない。
親中だと批判する前に、このあり得ない可能性と、それが引き出すかもしれない新しい米中台関係を見てみたい気がしないでもない。