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仁義なき「金正恩斬首作戦」VS「朴槿恵除去作戦」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北と南の戦闘部隊の訓練

挑発すれば、先制攻撃するし、最高指導者の首も取るとの南北のバトルは鎮静化するどころが、ヒートアップする一方だ。

(参考資料:米韓連合軍vs北朝鮮人民軍 危険な「先制攻撃」応酬

朴槿恵大統領は9月22日、大統領府で開いた首席秘書官会議で、北朝鮮の金正恩党委員長について「住民の暮らしはかまわず、ひたすら政権の維持と私利私欲を考えている」と金正恩政権を辛辣に非難し、「私と政府は金正恩の核とミサイルへの執着を断ち、国と国民を守るためにできるすべてのことを行う」と強調した。

韓国の「金正恩斬首作戦

この「できるすべてのこと」のオプションの中には、いざとなった時には先制攻撃をかけ、金委員長の首を取る作戦も含まれている。現に、韓民求国防長官は前日の国会答弁で、有事の際に金委員長を斬首する特殊作戦部隊の創設計画があることを明らかにしている。

「斬首作戦」を実行に移す前提は一応「有事」に限定されている。合同参謀本部の任浩永戦略企画本部長(次期米韓連合司令部副司令官)は「北が核兵器で攻撃してきた場合、北の軍指導本部を含む指揮部を直接狙い反撃・報復する」と述べ、金委員長への攻撃は「北朝鮮が攻撃してきた場合」の条件付きだった。

しかし、北朝鮮が核兵器で攻撃してからの反撃、報復では遅すぎるため実際には「有事」の概念は「核兵器使用が差し迫った場合」に変更している。そしてこれに備えたのが米韓連合軍の「3段階抑止戦略」である。

「3段階」の第1段階の北朝鮮の核使用威嚇には戦略爆撃機や原子力潜水艦を展開して牽制するが、核兵器使用が切迫していると判断される第2段階では精密攻撃が可能な誘導ミサイルで北朝鮮の核戦力を先制攻撃することになっている。北朝鮮が核兵器を使用する3段階では手遅れになることから平壌制圧と「金正恩斬首作戦」はこの第2段階で実施される可能性が極めて高い。先制攻撃以外に核の使用を防止できないとの結論に基づいているためだ。

実際に春と夏の合同軍事演習は北朝鮮を先制攻撃し、平壌を制圧する「5015作戦」が適応され、実施されたが、作戦の核心は「斬首作戦」であった。また、来月10日から原子力空母「ロナルド・レーガン」など米海軍の空母打撃群が参加する米韓合同演習(~15日)もまた、北朝鮮核施設への先制奇襲訓練である。

朴大統領は金委員長について「一人独裁政権の下で、非常識的な意思決定を行う体制だということと、金正恩の性格が予測しがたいことを考慮すると、北朝鮮の核やミサイルの脅威が現実化する危険性はとても高い」と述べている。仮に朴大統領が「精神状態は統制不能」とみなしている金委員長一人を除去すれば、核問題が平和裏に解決すると考えているならば、また退任まで(任期は2018年2月まで)の核問題決着に執着しているならば、朴大統領の「金正恩憎し」の私情も手伝って、特殊部隊を送り込み、金委員長の「暗殺」を企てる可能性も決して低くはない。核を使用させないためには核のボタンを握っている金委員長を真っ先に除去しなければならないとの判断に基づいているからである。

韓国にはかつて北朝鮮特殊部隊によって朴正煕大統領が狙われた時、その報復として金日成首相(当時)の官邸を襲撃、暗殺するため特殊部隊23人を孤島の実尾島(シルミド)に集め、訓練させた過去がある。

(参考資料:韓国映画「実尾島事件」は再現されるか 「金正恩暗殺部隊」派遣の可能性

一方の北朝鮮はどうか?

北朝鮮の「朴槿恵除去作戦」

北朝鮮のテレビは今月14日、「我々の最高尊厳(金正恩委員長)に手を出した朴槿恵逆族一党には民族の峻厳な審判は避けられない」との題目の映像を3分間放映していた。

映像には民間防衛隊隊員らが口々に「民族の怨讐に転落した魔女の命脈を直ぐにでも断たなければならない」と叫び、朴大統領の似顔絵を標的にした射撃場面が映し出されていた。

北朝鮮の朴大統領への人身攻撃は何も今に始まったことではない。

すでに2年前の2014年9月27日に国防委員会政策局の報道官が「民族の平和を保障し、南北関係を改善するため我が軍が出した結論は朴槿恵を滅ぼさねばならないというものだ。彼女は悲惨な終わりを迎えることになる」と威嚇していた。

金正恩政権の朴大統領への憎悪はエスカレートする一方で、今年1月には「希代の悪魔」、2月には「狂った雌犬」、8月には「精神病者」扱いにしたあげく「朴槿恵は特等売国奴である」(労働新聞)と罵っていた。今年4月には朴大統領が鋭利な刃物で切り刻まれて、出血したようなイラストが書かれたビラが韓国に向け大量にばら撒かれていた。

北朝鮮の対南工作機関である祖国平和統一委員会は今年3月に重大報道なるものを発表し、朴大統領を「この地から除去するための『報復戦』に入る」と宣言していた。即ち、「最高尊厳に対する挑発があった場合」は「我が軍の大口径多連装ロケット砲が青瓦台(韓国大統領府)を瞬時に焦土化できる態勢にある」とのことだ。

拉致、暗殺、破壊は北朝鮮の「専売特許」と言っても過言ではないほどその例は枚挙にいとまがない。

前述の未遂に終わった北朝鮮ゲリラ兵による1968年の朴正煕大統領官邸への襲撃事件、1974年の在日韓国人・文世光による朴正煕大統領暗殺未遂事件、1983年の人民軍偵察局によるラングーンでの全斗煥大統領暗殺未遂事件などがある。

金正日政権に反旗を翻し、韓国に亡命した黄長ヨプ元労働党書記が北朝鮮のテロの脅威にさらされていたこと、また、金正恩委員長にとっては従兄弟にあたる李韓永(金正日総書記の甥)氏が1997年2月に南派工作員によって殺害されたことは記憶に新しい。

韓国はこれから特殊作戦部隊を創設、運用するが、北朝鮮にはすでに要人暗殺の任務も担う筋金入りの特殊部隊が存在する。

南北のチキンレースは運動会の棒倒しではないが、いざとなったら、先に倒し、先端(敵)の旗(首)を取る戦いに変質したようでもある。

(参考資料:暗殺・クーデターを防ぐ金正恩委員長の「守護神」保衛司令部の実態

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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