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北朝鮮当局が芸能人9人を処刑…無惨さに国際人権団体も「深く憂慮」

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の公開裁判(デイリーNK)

 金正恩総書記は今から10年前の2013年8月20日、銀河水(ウナス)管弦楽団と旺載山(ワンジェサン)芸術団の芸能人9人を処刑した。北朝鮮当局はこうした出来事について決して情報を出さないが、この事件については様々な情報が海外にまで伝わっている。

 何故か。それは北朝鮮当局が処刑場に大勢の芸能関係者を集め、9人がむごたらしく殺される様を見ることを強要したからだ。目撃者の一部が身近な人に話し、その情報が脱北者や海外駐在員を通じて流出したのだ。

 処刑の理由については諸説あるが、ここでは脱北者で韓国紙・東亜日報の名物記者でもあるチュ・ソンハ氏が自身のブログで公開した、李雪主(リ・ソルチュ)夫人の「元カレ」に関する話を軸に述べていきたい。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 李雪主氏は正恩氏と結婚した時には20歳になっていたから、男性遍歴を重ねるような時間はなかった。しかし彼女の出身校である金星学院は、他のエリート校に比べれば恋愛についてかなり自由な空気があったという。

 有名な「美女応援団」も選抜される同校は、全国から選抜された人材が11歳から音楽やダンスのレッスンを受ける。卒業後も同じ芸術団で同僚となる例が多く、卒業生らは互いの私生活をよく知っているものだという。

 そして、李雪主氏が正恩氏のパートナーとして選ばれた際、彼女が所属していた銀河水(ウナス)管弦楽団の同僚や友人ら数人が、彼女に「元カレ」がいたことを示す「証拠写真」を回し見した。これが、北朝鮮当局の知る所となってしまったとチュ記者は説明する。

 当局は、写真の持ち主は誰で、回し見したのが誰であるかを執拗に調べ、突き止めた。そうして銀河水管弦楽団と旺載山(ワンジェサン)芸術団のメンバーら9人の名前が挙がり、2013年8月、姜健総合軍官学校の射撃場で銃殺されたという。

 チュ記者によれば、メンバーらは丸太に縛り付けられ、1人に対しAK47自動小銃から90発が撃ち込まれたという。北朝鮮の銃殺刑では通常、1人に対して3発だ。口径7.62ミリの小銃弾を90発も浴びせたら、人体は文字通りズタズタになる。

 当局はその様子を、射撃場に集めた芸術関係者数千人に見せつけた。前列で見ることを強要された女性歌手らの中からは、失禁したり卒倒したりする者が続出したという。そして当局はさらに、芸術関係者たちに死体を近くで見るよう強要した。「彼らが、数日前まで一緒に笑い合っていた友人や同僚の血と肉片を踏みながら感じた恐怖を、いかに文章で表現できようか」と、チュ記者は書いている。

 それにしても、人々がこれほど無残に殺されねばならないほどの「証拠写真」とは、どのようなものだったのか。

 チュ記者は、「内幕を良く知る脱北者によれば、ソルチュが学生時代の彼氏といっしょに、万景台少年宮殿の隣の芝生の上で肩を抱き合って撮ったものらしい」と説明している。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの死刑制度の専門家であるキアラ・サンジョルジオ氏は、次のようにコメントしている。

「北朝鮮では、明白な証拠や弁護人もなしに死刑が速やかに宣告されているとの脱北者証言と、関連資料があります。それだけでなく、時には北朝鮮の国内法上も死刑に当たらない軽微な事案においても公開処刑が執行されていることを、深く憂慮しています」

 まさに、前述した芸能人処刑の件こそこれに当てはまる。北朝鮮ではその後も公開処刑が繰り返されたが、恣意性の疑われる例が少なくない。

 現実的には、そのことで誰かが裁かれる日が近く訪れそうな気配はないが、人道に対する罪には時効がないということも、また事実ではある。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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