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【野良猫の過酷な現実】沖縄のチャイちゃんの壮絶な闘病と命のリレー

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
チャイちゃんの飼い主より提供

外で自由に過ごす猫を見て、「好きなところに行けて、好きなところで寝られて、自由でいいな」と思う人もいるでしょう。

しかし、今回紹介する野良猫の子猫だったチャイちゃんは懸命な治療の末に、ようやくトップ画像のような顔になりました。

写真を見て「右目がまだ病気ではないの?」と思う方もいるかもしれませんが、これでも涙が少なくなり、健康を取り戻しつつあります。

それは、チャイちゃんの飼い主のWさんのおかげで、1匹でも多くの野良猫を救いたいという強い思いで保護活動をされた結果です。

チャイちゃんの子猫時代の話を通して、野良猫の現状について一緒に考えてみましょう。

チャイちゃんは、保護されたとき猫風邪

チャイちゃんの飼い主から提供
チャイちゃんの飼い主から提供

チャイちゃんが保護された場所は、沖縄県のある公園です。その地域では野良猫が多く、保護団体がTNR※活動を行っています。猫を捕獲しようとしたところ、チャイちゃんが見つかり、保護されたのです。

Wさんはこう話してくれました。「そのとき、キトンブルー(kitten blue、子猫の青い目)だったので、生後2か月にはなっていなかったと思います。ミルクはあげなくても大丈夫な状態でした。でも、写真を見るとわかるように、猫風邪がひどくて、目ヤニと涙がすごくてね。毎日、懸命に顔をきれいにしていました。」

野良猫は母猫から十分な母乳をもらえないこともあり、部屋にいるわけではないので、雨に濡れたり、気温が高くなったりと、外での生活は非常に過酷です。

また、野良猫の子猫は、猫風邪の原因のひとつである猫ウイルス性鼻気管炎(ヘルペスウイルス)などの伝染病に感染することがよくあります。ヘルペスウイルスは一度感染すると体内に潜み、免疫力の弱い猫は目ヤニなどの症状が一生涯続く子が多くいます。

※TNRとは。野良猫を捕獲(Trap)し、不妊去勢手術(Neuter)を行い、その後元の場所に戻す(Return)ことです。手術後、繁殖を防ぐことで野良猫の数が増えるのを抑え、地域の猫たちが健康的に過ごせる環境を作ることが目的です。

チャイちゃんは危篤で入院

チャイちゃんの猫風邪が治ったら、Wさんは里親を探すつもりでした。当時、Wさんの家にはすでに4匹の猫と1匹の犬がいたため、これ以上飼うのは難しい状況でした。しかし、チャイちゃんの体調が急に悪化してしまったのです。

チャイちゃんは離乳食もしっかり食べ、24時間エアコンの効いた部屋で過ごしていましたが、首の辺りが親指ほどの大きさに腫れ、ぐったりして食欲もありませんでした。肺炎も併発しました。

Wさんは慌てて、沖縄県でも高度な医療を提供している動物病院に連れて行きました。血液検査を行うと、チャイちゃんの白血球の数値が限りなくゼロに近づいていたため、ICUに入院することになりました。

首にできていた腫れはいろいろな検査の結果、膿がたまっていることがわかりました。排膿すると徐々に回復し、10日間でなんとか退院できました。もし野良猫のままだったら、食事も食べにくかったので命を落としていたかもしれません。

Wさんはこの入院がなければ里親探しをするつもりでしたが、チャイちゃんは免疫力が非常に弱い子であるため、適切に世話をしてくれる里親を見つけるのは難しいと考えました。

途中で飼育放棄されることを防ぐため、Wさんはチャイちゃんを自分で飼うことを決心しました。これで、Wさんの家ではチャイちゃんを含め、保護猫5匹と犬1匹と暮らすことになったのです。

チャイちゃんの目ヤニと涙は止まらない

チャイちゃんの飼い主から提供
チャイちゃんの飼い主から提供

猫ウイルス性鼻気管炎を患ったチャイちゃんは、自分で食事を取れるようになりましたが、右目の角膜の白濁と涙がなかなか治りませんでした。

Wさんは、沖縄県内で高度な医療を提供している動物病院をいくつか受診しましたが、適切な治療を受けられる病院は見つかりませんでした。

チャイちゃんの体調が悪くなると、涙があふれ、目の下が赤く腫れて皮膚炎になることもあります。ひどくなると化膿する場合もあります。

Wさんはチャイちゃんの世話を一生続けると決めていましたが、少しでも目の状態がよくならないかと常に考えていました。

筆者は、以前、「猫の多頭飼育崩壊」と絶滅危惧種「ヤンバルクイナの保護」にある因果関係とは?という記事を書くために取材をしました。

その際、猫の保護活動をしているWさんと出会いました。

また、筆者ががん治療において免疫力を高める代替療法を主に行っていることを、Wさんは知っていました。

学会で沖縄県を訪れた際、Wさんから「往診してチャイちゃんの様子を見てほしい」と頼まれたため、筆者は内服薬や目薬を処方しました。それ以来、チャイちゃんの状態を見ながら薬を送っています。

まだチャイちゃんの涙があふれる症状は完治していませんが、少しずつ改善しています。

まとめ

チャイちゃんの飼い主から提供
チャイちゃんの飼い主から提供

不妊去勢手術がされなかったことで、野良猫が増え続けています。日本にいる野生の猫は、イリオモテヤマネコやツシマヤマネコだけです。沖縄県でも、元は人間が遺棄した結果として野良猫が増えています。チャイちゃんの小さな命は、多くの人の善意のリレーによって少しずつ回復に向かっています。

免疫力の弱い野良猫の子猫は、簡単に命を落としてしまいます。一度猫ウイルス性鼻気管炎(ヘルペスウイルス)に感染すると、生涯にわたり目ヤニや鼻水、涙に悩まされる猫もいます。

このような問題を踏まえ、不妊去勢手術を推進し、野良猫のいない社会を実現することで、猫たちが健やかに暮らせることを願います。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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