中国スパイの英議会調査員ら2人を逮捕 ファイブ・アイズ諸国で強まる対中防諜網
■英国の安全保障相や下院外務委員長に接近
[ロンドン発]ロンドン警視庁は今年3月、国家機密を保護する国家機密法違反の疑いで2人の男を逮捕、関係先3カ所を捜索した。うち1人は20代後半の英議会調査員で中国スパイの容疑があると英日曜紙サンデー・タイムズ(9月9日付電子版)が報じた。
トム・トゥーゲンハット安全保障相やアリシア・カーンズ下院外務委員長を含む数人の与党・保守党議員とつながりがあったという。調査員は英国人で議会に出入りできるパスを持ち、数年にわたり北京との関係を含む国際政策について議員と協力してきた。
この調査員は以前、中国に滞在し仕事をしていたが、英治安当局は潜伏工作員としてリクルートされ、北京政権に批判的な政治ネットワークに潜入する目的で英国に送り込まれたのではないかと懸念していると同紙は伝えている。
この調査員はトゥーゲンハット氏が安全保障相に就任する前、保守党議員の中国研究グループを主宰していたころから接触していたという。カーンズ氏は英BBC放送に 「私は公共の利益を認識しており、当局の仕事が危険にさらされないようにする義務がある」と話した。
■昨年1月、MI5が下院で中央統戦部の協力者を暴露
昨年1月、英情報局保安部(MI5)が英下院議長を通じ、ロンドンを拠点に活動する中国人弁護士クリスティン・リーが中国共産党中央統一戦線工作部(中央統戦部)の意向を受け下院議員に近づき影響力を行使していると全下院議員に対し異例の警告を行ったことがある。
中央統戦部は中国共産党の主張を広げる一方で中国共産党の政策に敵対する勢力に対抗するため、虚偽や賄賂、脅しなど硬軟織り交ぜた方法で相手国の政治家や有力者に近づいて親密な関係を構築、手なづけた協力者に中国共産党の主張に沿った言動をさせる部局だ。
日米欧議員らが中国の人権弾圧を監視する「対中政策に関する列国議会連盟」設立を主導し、中国の制裁リストに加えられた英国の対中最強硬派イアン・ダンカン・スミス元保守党党首は今回の事件についてX(旧ツイッター)にこう投稿した。
「もし事実なら、これは非常に深刻であり、大きな懸念である。中国共産党が英議会の機能と私たちの民主的な生活様式にもたらす脅威について私たちが自己満足している余裕はないことを示している」(イアン・ダンカン・スミス氏)
■下院報告書「中国に関連する英国の政治的思考や意思決定に影響を及ぼしている」
オーストラリアやカナダなどアングロサクソン系諸国では中国によるスパイ活動や政治への干渉が指摘されている。英下院の情報・安全保障委員会は今年7月、中国に関する報告書を発表し、政府は北京の安全保障リスクに対応するのが遅かったと警告している。
「中国は英国政府を妨害する意図を持っているようで、さまざまなレベルの当局者や団体を標的にし、中国に関連する英国の政治的思考や意思決定に影響を及ぼしている」としてクリスティン・リーの他に以下の例を挙げる。
・中央統戦部やその他の中国共産党関連団体と関係する英国在住の個人は中国共産党の意見と一致すると判断した中国人の血を引く人々を含む個人に対し政治家を目指すよう勧めている。
・中央統戦部に関係する個人が海外から資金を受け取り、政党や議員候補者に寄付した。
・中央統戦部が中国の世界観や中国共産党の優先事項に同調していると認識しているより広範な関連議員に対してより一般的な政治的影響力を行使しようとする試みもある。
■「中国の国家的急務は中国共産党の支配と統治の継続」
「中国の国家的急務は中国共産党の支配と統治を継続することである。しかし他国が依存する技術的・経済的超大国になるという世界レベルでの野心こそが英国にとっての最大のリスクなのだ」と下院情報・安全保障委員会の報告書は警鐘を鳴らす。
報告書によると、中国はほぼ間違いなく世界最大の国家情報機関を維持しており、英国の情報機関を凌駕している。中国が国家安全保障に与える影響の多くは、その経済力、買収や合併、学界や産業界との交流など、スパイによる諜報活動とは対照的に表立ったものだという。
「007の国」英国でもスパイの訴追は難しく、逮捕されたのは1件(今回の事件とみられる)、起訴された例はないというのが現実だ。このためMI5など英国の情報機関は国家機密法だけでは敵対的な国家のスパイ活動に対処するのは不十分と訴えてきた。
今年7月、時代遅れのスパイ法を抜本的に見直した国家安全保障法が施行された。初めて外患誘致罪が設けられ、投票や言論の自由など、英国の民主主義に不可欠な基本的権利を妨害する行為も違法とされた。