必要なのは次元の違う財政再建策なのでは
2月18日の日経新聞の経済教室は、小林慶一郎一橋大学教授の「財政再建も成長戦略」と題するものであった。ここでのキーワードは聞き慣れない「パブリック・デット・オーバーハング(public debt overhang)」であった。
失われた20年、一貫して日本経済を悩ませているのが国債など公的債務の膨張であり、これが経済成長を阻害する主因であったとする考え方が、「パブリック・デット・オーバーハング」だそうである。ちなみに、デット・オーバーハングとは、債権者が「支払いの猶予」を認めた場合、企業は存続が可能になるが、新規の資金を借りることが難しくなるような現象を指すとか。
この考え方を示した論文の記述者がまた興味深い。ハーバード大学のカルメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授、モルガン・スタンレーのヴィンセント・ラインハート氏による論文だとか。カルメン・ラインハートとケネス・ロゴフといえば「国家は破綻する」(原題は「This Time Is Different」)の著者である。ヴィンセント・ラインハート氏は元FRBの金融政策局長で、カルメン・ラインハート教授のご主人である。
「パブリック・デット・オーバーハング」と題された論文によれば、先進国が公的債務の累積を経験した26の事例を調べた結果、そのうち23の事例で長期にわたる経済成長の低迷が起きていたという。公的債務のGDP比が90%をこえてからこの関係が生じるようである。つまり90%を超えると急に経済成長の阻害要因になるという。
小林教授によると、最近まで公的債務が経済成長率に負の影響を持つことは実証的に確認されていなかったそうで、近年のデータの拡充により、高債務の事例が加わったため、こうした事実が発見されたという。
その説明のひとつに小林教授は「非ケインズ効果」を挙げている。つまり、財政支出拡大や減税で財政悪化が進むと、将来の財政再建の痛みが非常に大きいと予想されるようになる。するとそれに備えようと貯蓄が増え、現時点の消費が抑えられる。つまり「公的債務が増えると消費が減る」。
このあたりの関連性については、特に日本では研究の余地があるのではなかろうか。日本経済の低迷の要因をデフレという一言だけでは片付けるのは無理がある。もしパブリック・デット・オーバーハングといった考え方が正しいとすれば、2%の物価目標のために、結果として国債を大量に買い入れる中央銀行の存在は、経済成長をむしろ妨げるようなことになりうる可能性はないのだろうか。
抜本的な財政再建が先延ばしされれば、経済成長を促す長期的な政策を実行することが困難になる。信用できる長期の成長戦略が示されないと、将来の収益見通しが不確実となり、企業は新技術や新分野に打って出ようとしなくなり経済成長は低下する。企業は既存の技術やビジネスにしがみつき、生産性上昇は停滞し、実質金利も上がらない、と小林教授は指摘する。
個人的にこの意見はかなり筋が通るように思われる。デフレ脱却というより、失われた20年から脱却するのに必要なのは、次元の違う金融政策とかではなく、次元の違う財政再建策なのではなかろうかとも思うのだが。その手段は政府に任せるとして。