いつかは来る磯野家の相続~相続税路線価から不動産価値を推察して相続対策を不動産鑑定士・税理士が語る
国民的アニメ「サザエさん」で有名な磯野家。
聞けば、あの家は世田谷区で100坪〔=約330平米〕※程度の敷地らしいです。
※諸説あり。平成30年発行の書籍「磯野家の危機」に「100坪くらい」とある旨の記載を参考に、この記事では100坪と仮定します。
いくつかの媒体で、相続税が多い旨が指摘されていたり、中には実際に相続税額を試算された税理士の先生もおられるようです。
そこで、筆者も波平さんに「バッカもーん」と叱られる?ことを覚悟の上で
「仮に磯野家と同様の家があったら、どう相続対策を講じるのがよいか」
を考察してみたいと思います。
■あの土地の相続税評価額はおいくら?
磯野家の所在は世田谷区新町となっていますが、世田谷区桜新町は元々は世田谷区新町の一部で独立して桜新町となったそうです。
令和4年度相続税路線価は、場所によりますが概ね580,000円/平米前後。
このため、自宅の敷地は相続税計算上は580,000円/平米前後×330平米→191,400,000円前後をベースに評価します。
※細かいことを言えば、不整形とか角地等の個別の補正はあり得ますが、ここでは考慮外とします。
ただし、全範囲を「住んでいる家族」が現況の自宅のまま相続した場合は、原則として小規模宅地等の特例があり、適切な相続税申告を前提として330平米以内であれば2割で評価してくれるため、相続税計算上は191,400,000円前後×2割→38,280,000円前後で見てくれます。
また、建物は見るからに古そうな「昭和時代の建物」ですが、建物の相続税計算は原則として固定資産税評価額に依拠するので、せいぜい2~3百万円というところでしょうか。
古そうな耐用年数満了済の建物と思われますので、個人的には耐震性その他を勘案して建替えた方がよいとかねがね思っているのですが、まあそこは別の機会に語ることとしましょう。
■ところで、相続税評価額と実際の価値の関係は?
一般の方がよく誤解されるのですが、相続税評価額はあくまでも「相続税計算のための便宜的な価値」です。
そして建前では、土地は「市場価格〔公示価格等〕の8がけ」とされているのですが、肝心の公示価格等が世田谷近辺ですと通常の規模の土地の場合、実際の市場価値より割安な実態があります。
このため、通常規模の土地の場合は、都内や大都市の住宅地であれば
「相場などに基づく本当の市場価格」> 相続税評価額 ÷ 0.8
です。
ただし、磯野家の土地はやや大きいので、総額がかさむため、仮に売却をしようにも個人への売却が厳しいです。
このため、不動産業者による買い取りの線が有力となり、このような買い取りは平米単価で見た場合、個人への売却の場合と比べてやや安めとなるので、結果的に相続税評価額と同程度もしくはそれ以下のことも十分に考えられるでしょう。
■遺産争いの可能性が大きいのでは
正直なところ、いくら2世帯とはいえ、磯野家の土地は世田谷区の個人の住宅用地としては大きすぎるのが実態です。だからこそ、相場等に基づく本当の不動産の市場価値は前述の通り、たとえば2億円前後と高額になるのです。
ところで、将来、両親〔波平さん・フネさん〕とも亡くなった場合、3人の兄弟姉妹〔サザエさん・カツオ君・ワカメちゃん〕ですから、遺言がない限り遺産は3等分となります。
また、仮に遺言があったとしても、遺留分〔遺言の内容にかかわらず最低限、相続人が貰える分〕はそれぞれ遺産の1/6ずつです。
あの家は、現状は2世帯が住んでいますが、基本的には1世帯用でしょう。
ですので、さすがに両親とも亡くなった場合は、「建物を現況で残すならば」子供の誰かが相続する形態とせざるを得ないでしょう。
したがって、その時点で自宅が波平もしくはフネの「永く生きていた方」の所有であったとすれば、仮に誰かひとりがあの家を相続したとすると、もし他にめぼしい遺産がない場合、その人は最低でも2億円弱×1/6×2人→6千万円強は、遺留分として他の2人に支払うこととなりそうです。
…6千万円も「手元資金」があるのでしょうか。
しかも、これは遺留分であり、仮に遺言がなければ3人で3等分です。
その場合は6千万円強で収まらず、1億2千万円程度の手元資金が必要な計算となります。
払えなければ、最悪の場合、裁判になるでしょう。
つまり、「いかにも庶民的な家族」なのに「敷地が広いために高額な評価額の土地に住んでいる」上に「兄弟姉妹が3人もいる」ため、将来、相続争いの火種があるのが磯野家の実態なのです。
■では、どうするべきか。
筆者もサザエさんやカツオくんやワカメちゃんが裁判所で血みどろの相続争いをするシーンは見たくありません。
※もっとも、番外編で数十年後の磯野家を題材にした「サザエさんの相続」を放送してほしい気持ちもなくはないですが…。
ですので、あくまでも筆者の個人的見解ですが、もう少し年齢を重ねたあたりで、以下の手立てを講じるべきと思います。
・両親とも、早期に公正証書遺言を認める→あの風貌でもまだ年齢は一応は50代らしいですが、60代くらいになったら要検討でしょう。
・自宅の価値をできる限り見極めて、その他に財産・債務がある場合は、それも併せて「仮に今、相続が発生した場合の財産価値」を把握する。
・土地が広いので場合によっては、将来、今の家を解体して、3等分し3人に土地を分ける手もある。しかし、その場合は、下手をしたら小規模宅地等の特例が使えずに相続税が高くなるリスクもある。このため、早期に不動産に強い税理士を入れて、相続税対策を講じるのも一案である。
・もし、波平さん夫婦に不動産以外の高額な財産があって相続税の発生が見込まれる場合は、相続人の数が多ければ、相対的に相続税額は下がる。マスオさん〔もしくはタラちゃん〕は現状、養子にはなっていないようだが、養子にする手はなくはない。ただし、それをすると、カツオくんやワカメちゃんの相続できる分(法定相続割合)・遺留分の割合が減少する点には要注意。
・最悪、相続発生時に遺留分等の資金を用意できず、不動産を処分しなければならない線もなくはない。その場合に備えて、念のため不動産屋とのパイプも作るとよい。
したがって、磯野家の場合、花沢不動産とは仲良くしておくべき。まあ、カツオくん個人の自由もありますが…。
そして、この話は、何も磯野家に限った話ではなく、「手元資金があまりないが自宅の価値がそれなりにあり、かつ、複数の相続人がいる家庭」全般に言える話です。
もし、そのような家庭でしたら、一考してみてはいかがでしょうか。