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北の対話路線転換と中国の狙い――米中代理心理戦争

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
金正恩委員長(写真は昨年「太陽節」パレード閲兵時)(写真:ロイター/アフロ)

 金正恩氏は新年の辞で平昌五輪参加と南北対話再開に言及。3日には実行に移した。中国が唱える対話路線に沿っていると中国は喜び、米韓合同軍事演習と日本への牽制を示唆。南北朝鮮の背後で動く中国の狙いを読み解く。

◆金正恩氏が南北連絡チャンネル再会を指示

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、1月1日の「新年の辞」で、「核のボタンは私の机の上に常にある」としながらも、2月9日に韓国の平昌で開催される冬季五輪への参加や韓国との対話再開に言及した。

 1月3日には朝鮮中央電視台(中央テレビ局)に朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権(リ・ソングォン)委員長が出演して、「3日午後から板門店の朝韓(北朝鮮と韓国)連絡チャンネルを再開通するよう、(金正恩委員長からの)指示があった。(北)朝鮮が平昌冬季五輪に参加することに関して話し合いを始める」と述べた。中国の中央テレビ局、CCTVが速報で報じた。

 それによれば、李善権は、「(北)朝鮮側は、韓国側と平昌冬季五輪に関して話し合うため密接に交流を行なう。金正恩委員長は韓国の文在寅大統領が1日前(2日に)すぐさま呼応するように決定したことを高く評価した」と述べているとのこと。

 実際、3日の午後3時半に板門店の軍事境界線にある電話で南北朝鮮は会話をしている。

 韓国側は2日、(1月)9日に板門店の韓国側施設で南北ハイレベル当局者が会談を行うことを提案したが、それに先立って北が積極的に動いた形だ。

 おまけに注目すべきは、文在寅を初めて「大統領」という敬称で読んだことである。

◆CCTV特集番組に透けて見える中国の狙い――「米中代理心理戦争」

 CCTVでは長い時間を割いて特集番組を組み、これぞまさに中国が長年にわたって唱えてきた「双暫停(そうざんてい)」が実現されつつあると胸を張っている。これまで何度も書いてきたが、「双暫停」とは「北朝鮮とアメリカ双方が暫定的に軍事行動を停止し、対話のテーブルに着く」という意味だ。

 中国としては、本来なら、アメリカに以下の二つのことを突き付けたい。

 1.米韓合同軍事演習を中止せよ。

 2.THAAD(サード、終末高高度防衛ミサイル)の韓国配備をやめよ。

 

 しかしトランプ大統領と蜜月関係を保っていたい習近平国家主席としては、トランプと衝突するようなことはしたくない。したがって直接アメリカに対して要求を突き付けることができない。

 そこで習近平政権は韓国と北朝鮮を使って、上記2項目を阻止することを試み始めた。言うならば、南北朝鮮に「米中代理心理戦争」をさせようという魂胆だ。

 それを実現させるために、まず韓国に対しては、昨年10月末に中韓合意文書を交わしてTHAADの韓国配備に関して善処すれば経済報復を解除する旨の約束をして文在寅大統領を動かしている。

 そして北朝鮮に対しては、昨年11月17日、中国共産党対外聯絡部の宋濤部長が習近平の特使として北朝鮮に派遣された。金正恩には会えなかったが、中朝はその後も水面下での交渉を続けたはずだ。第19回党大会以降の対外聯絡部の活動(と暗躍)には、目を見張るものがある。

 中国がアメリカに突き付けたい上記2つの項目は、いずれも北朝鮮のアメリカに対する要求と一致している。

 習近平は昨年12月31日に「新年の挨拶」を発表したが、その中で「中国は国際秩序の擁護者である」と言っている。これはトランプ大統領が「国際秩序の破壊者である」という含意を込めており、アメリカに代わって中国こそが国際社会をリードしていく国家だということを習近平は言いたかったものと解釈することができる。

 その「国際秩序」の中には、当然のことながら北朝鮮問題が入っている。

 ならば、上記2項目を達成するには、中国にいま何ができるのか。

 その選択肢の一つとして、韓国で開催される平昌冬季五輪に北朝鮮を参加させて、米韓合同軍事演習が出来ないようにさせることが考えられる。

 これは中国にも北朝鮮にも、そして韓国にも都合のいい共通の利益となり得る。三者が共鳴できる共通項だ。

 中国は「圧力と制裁」を叫ぶ日米を、ロシアとともに非常に警戒し、嫌ってきた。

 なぜなら日米韓の安全保障協力は、北朝鮮包囲網であると同時に、対中包囲網にも発展し得るからである。

 だから先ず韓国を抱き込んで日米に反対させて日米韓協力を日米韓軍事同盟に持っていかないように誘導した。それには慰安婦問題などで韓国に反日姿勢を取らせ、THAADの韓国再配備を行なわない、あるいはすでに配備されているTHAADを中国に不利な方向に持っていかないことを韓国に約束させた。これが昨年10月31日に交わされた中韓合意である。

 今度は北朝鮮を説得して米韓合同軍事演習が行えないような形に持っていったわけだ。

◆日本への牽制――金正恩「新年の辞」と「日本の防衛問題」を抱き合わせ

 CCTVは金正恩の「新年の辞」の特別番組を組むと同時に、抱き合わせで「日本の防衛問題」の特別番組を組んだ。番組のタイトルは、「日本は専守防衛を突破しようとしている」。その番組の中で解説委員が以下のような解説を行なっている。

 

 ――日本は「専守防衛原則」を維持し、平和的発展の道を守らなければならないのに、北朝鮮問題を煽り立て、それを口実として「防衛」の領域を越えた軍備を拡張しようとしている。トランプは北朝鮮を必要以上に刺激して北東アジア情勢を不安定化させ、日韓に武器を売りつけて金儲けをしようとしている。日本は北朝鮮問題に対応することを口実に平和憲法に違反する武器を購入して軍事強国の道へと進もうとしている。たとえば日本海上自衛隊の護衛艦「いずも」は、いつでも航空母艦に改造が可能であり、垂直離着陸が可能なF-35Bを搭載できる。またイージス・アショアをアメリカから購入することが決まっている。

などだ。そして番組は世界主要国メディアの「日本の軍国主義国家への道」に対する批判を列挙した。特にロシアの衛星放送が「このままでは日露関係はうまくいかない」としていることを強調した。

 要は、世界の主要メディアを使って、中国がいかに嫌がっているかということを表明したわけだ。

 金正恩の「新年の辞」と「日本の軍事大国化問題」を抱き合わせるのは、明らかに中国の意図に沿って北朝鮮を動かし、それを以て米韓合同軍事演習と、中国が言うところの「日本の軍国化」を阻止しようとしている中国の狙いが透けて見えるのである。

◆環球網や新華網も

 1月1日、午前9時18分、中国共産党機関紙「人民日報」傘下の環球時報の電子版「環球網」は「金正恩:平昌冬季五輪に参加の意思あり、核武装建設大業はすでに完成」という見出しで、金正恩の「新年の辞」を速報で伝えた。また中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」も同様の情報を大きく扱っている。

◆CCTV「韓国に残された課題」に見る中国の思惑

 問題は韓国が平昌冬季五輪期間をまたいで行なわれることになっている米韓合同軍事演習を中止もしくは延期できるか否かである。アメリカのマティス国防長官は昨年末、考慮する余地を若干示唆しながらも、延期しないと言っていた。

 しかし韓国の文在寅は延期を主張し、また韓国の承諾なしにアメリカが北朝鮮を先制攻撃することは許さないと言い続けている。つまり、韓国の承諾なしに朝鮮半島で戦争を始めてはならないということだ。

 アメリカのヘイリー国連大使は2日、「北朝鮮が誰と対話しようと自由だが、(北朝鮮が)核放棄に同意するまで、アメリカは(対話を)認めない」と言っている。

 CCTVでは、トランプが2日、ツイートで「(アメリカ主導の)制裁や圧力が北朝鮮に影響をたらし態度を変えさせた」と書いたことに関して、やや嘲笑気味に「その逆だ」という趣旨の解説を行なっている。むしろ「韓国における平昌冬季五輪と文在寅の対北融和政策を利用した中朝の米韓離間戦略が功を奏して日米韓を困惑に追いやっている。制裁と圧力という日米の戦略より、対話による平和解決という中露の戦略の方が勝ちつつある」というのが中国の見解で、残るは文在寅の決断と覚悟次第と、韓国への課題を提起している。

 CCTVではさらに、「なにしろ文在寅は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代に幕僚長として歴史的な南北会談に立ち会った人物だ。もう一度、今度は自分自身が大統領として平壌を訪れ、平和的に朝鮮半島問題を解決したいと望んでいるだろう。戦争は韓国にとって不利益をもたらすだけだ」という解説を加えた。

 こういった特集番組を組んだこと自体、金正恩の政策転換が中国自身の戦略であることを示唆していると解釈される。

 それでもなお、CCTVが最後に「双暫停に向かって、どちらが最初の一歩を踏み出すかが問題だ」と結んだことが印象的だった。北朝鮮が近日中に又ミサイル発射をするのではないかという懸念はぬぐえないからなのだろうと思われる。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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