Yahoo!ニュース

香港高裁と北京政府が激突

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北京政府と香港(写真:ロイター/アフロ)

 香港高裁が「覆面禁止令」は香港基本法に違反するという判決を出した。それに対して全人代常務委員会は基本法の解釈権は全人代常務委員会のみにあるとして香港の司法を激しく批判。対立構造の原点を解剖する。

◆「覆面禁止令」とは

 このコラムを読んでくださる方の中には、ご存じない方はおられないとは思うが、念のため、「覆面禁止令」とは何かをざっとおさらいしておきたい。

 今年10月4日、香港の林鄭月娥(りんていげつが)行政長官は「緊急状況規則条例」(緊急条例)を発動し、デモ参加者のマスクなどの着用を禁止した。顔を何らかの形で覆い、見えなくすることを禁止する緊急立法を発布したのである。

 デモ参加者が顔を覆うのは、監視カメラがあるからだ。これは習近平政権が2017年に指名した「AI国家戦略」を推進するための5大企業BATIS(Baidu, Alibaba, Tencent, Iflytek, Sense Time)などが、国家戦略として総合的に推進している。

 緊急条例はまだイギリス統治時代の1922年に制定されたもので、1967年5月6日から同年12月まで香港で闘われれた「67暴動」の時に発動されて以来、約半世紀ぶりに発動された。「67暴動」は文化大革命の流れの中で、中共側が反英運動として起こしたものである。林鄭月娥は記者会見で「覆面禁止令」の目的は「暴力行為をやめさせるためだ」と述べている。

◆香港高裁「覆面禁止令違憲」判決に中国猛反発

 香港の高等法院(高裁に相当)は18日、「覆面禁止令」が香港基本法に違反しているとの判決を下した。これに対して中国政府が猛烈に反対している。

 中央テレビ局CCTVは、例によって噛みつくような勢いで、香港の司法には香港基本法に対する解釈権はなく、全人代(全国人民代表大会)常務委員会にのみ、その権限があると繰り返したが、11月19日付の中国共産党機関紙「人民日報」傘下の「環球時報」もまた「全人代:香港高裁の判決は基本法と全人代関連規則に合致しない」というタイトルで香港高裁を糾弾している。

 それによれば、11月19日付の新華社電は、全人代常務委員会法制工作委員会の報道官が香港高裁の判決に関して以下のように語ったという。

 ●11月18日に香港高裁が出した一連の判決の中に、「緊急条例(覆面禁止令)」が香港基本法に符合しないという判決があるが、これは完全に無効である。(中華人民共和国)憲法と基本法は共同で特別行政区の憲法制度を構成している。香港特別行政区の法律が香港基本法に合致するか否かを判断する権限を持っているのは全人代常務委員会にのみあり、当該委員会のみが基本法の解釈権を持っている。

 ●香港基本法第8条は「緊急条例を含む香港の既存の法律は、香港基本法に抵触する場合を除き、そのまま保留する」と定めている。

 ●最も肝心なのは、1997年2月23日に開催された第八期全人代常務委員会第24回会議で「中華人民共和国香港特別区基本法第160条に基づき香港の既存の法律を取り扱う」ことに関して、「緊急条例を香港特別行政区法律として採用する」という決定をしていることだ。したがって、緊急条例は香港基本法に合致している。

 ●このたびの香港高裁第一審の判決内容は、香港特別行政区長官と香港政府の方に基づく管轄統治権を著しく弱めるものであり、香港基本法と全人代常務委員会の関連する決定に合致しない。厳しく抗議する。

 以上の意見を、CCTVは、多くの組織による香港高裁判決への糾弾として、あらゆる角度から繰り返し繰り返し、激しく報道した。

 ご参考のために、その中の一つである香港法律界の意見をご紹介しておこう。そこでも「中華人民共和国憲法第67条により、法律の解釈権は全人代常務委員会にある」と規定されていることを強調している。

◆今回のデモの真因は香港司法と北京政府との対立構造にある

 9月24日付のコラム「香港最高裁・裁判官17人中15人が外国人――逃亡犯条例改正案最大の原因」にも書いたように、そもそもデモのきっかけとなった「逃亡犯条例改正案」は香港の最高裁判所に外国籍の裁判官が多数を占めていることにあった。

 香港の司法は高等裁判所も外国籍裁判官によって占められていて、北京政府と対立構造にある。おまけに最高裁判所よりも驚くべき現実があり、高等裁判所にはアメリカ国籍の裁判官さえ複数存在し、アメリカ政府に有利な方向に司法判断をする可能性さえ否定しきれないのだ。

 そのため北京政府は早くから全人代常務委員会の権限を最大限に駆使して、香港司法の力を弱めようとしているが、今般の香港高裁の判決は、香港司法弱体化を狙う北京政府の格好の攻撃材料となるだろう。

 香港最高裁であっても糾弾の対象となろうが、ましてやその下にある香港高裁の違憲判決など必ず撤回に追い込むのが北京政府の決意で、香港司法はこのたびの判決により、弱体化加速を余儀なくさせられていくにちがいない。

 なお、香港司法と香港デモの構造に関しては、拙著『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』で考察した。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事