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将棋ファンはなぜ「角換わりは終わった」説に注目するのか?「矢倉は終わった」と何が違うのか?

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
記事中の画像作成:筆者

 藤井聡太竜王(20)の得意戦法として知られる角換わり戦法は、先手番における有力な戦法として今まで以上に猛威をふるっています。

 この一年における公式戦での角換わりの先手勝率は6割近くです。

 5月初旬に行われた将棋AIの大会でも角換わりで先手が高勝率を誇り、「角換わりは終わった」そんな声が聞こえ始めています。

 以前、「矢倉は終わった」=「矢倉は後手有利」と言われていましたが、その時とは状況が違います。仮に矢倉が後手有利だとしても、特に困ることはないのです。

 では、なぜ「角換わりは終わった」=「角換わりは先手有利」だと困るのでしょうか。

 将棋というゲームの根幹に関わる問題をここから解説します。

後手の作戦選択

先手が居飛車を明示した初手
先手が居飛車を明示した初手

 将棋が始まり、▲2六歩と初手を指しました。

 後手はここで△3四歩と△8四歩の2つの手があり、それによって作戦選択が大きく変わります。

この図で後手に作戦を選ぶ権利が生じる
この図で後手に作戦を選ぶ権利が生じる

 2手目△3四歩には▲7六歩と応じます。

 後手が選択できる居飛車の戦法は以下の通りです。

※()内は4手目の候補。

  • 横歩取り(△8四歩)
  • 一手損角換わり(△8八角成、△3二金、△8四歩)
  • 雁木(△4四歩)

 プロの世界では横歩取りの後手番の勝率が悪いと言われています。

 一手損角換わりは、角換わりを避ける意味をなさない戦法です。

 雁木は可能性を秘めていますが、将棋AIの評価は低い戦法です。

 ここ数年、プロの間では「2手目△3四歩で居飛車系の将棋を選択するのは苦しい」という流れになり、後手が居飛車を選択する場合は2手目に△8四歩を選ぶのが主流となりました。

先手の作戦選択

この図で先手に作戦を選ぶ権利が生じる
この図で先手に作戦を選ぶ権利が生じる

 後手が2手目に△8四歩と指して、▲2五歩△8五歩と進みました。

 ここで先手が選択できる戦法は以下の通りです。

※()内は5手目の候補

  • 角換わり(▲7六歩)
  • 相掛かり(▲7八金)

 横歩取りにするか、やや損な形を受け入れない限り、後手がこの2つの選択肢を拒否するのは難しいです。

 さて、もしも角換わりが先手有利となった場合のことを考えてみましょう。

 先手は、「▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7六歩」というオープニングを目指します。

 後手が角換わりを受けないのであれば、選択肢は2つです。

  1. 2手目に△3四歩とする
  2. ▲7六歩に対して角換わりを受けない手(△3四歩や△3二金▲7七角△1四歩といった手法)を選択する

 先ほども述べた通り、「後手が居飛車党の場合、プロの間では2手目△3四歩だと苦しい」ので、1の選択肢が消えます。

 しかし2の選択肢をとっても、後手が互角に戦う手法が見つかっていません。

 このように現状では、角換わりが終わった=先手有利だと、後手に有力と思われる策が見つかっていません。

矢倉と角換わりの違いとは

 では何故「矢倉が終わった」時には困らなかったのか。

 カギとなるのは、これまでの解説に「矢倉」が一度も出てこなかったことです。

矢倉は先手に選ぶ権利がある戦法だ
矢倉は先手に選ぶ権利がある戦法だ

 先手が矢倉を選択するには、初手から▲7六歩△8四歩▲6八銀(図)と進める必要があります。

 一方、後手が先手に矢倉を強要することは出来ません。

 つまり、矢倉という戦法は、先手に選ぶ権利があるのです。

 「矢倉が終わった」ならば、先手が矢倉を選択しなければいいのです。

 しかし「角換わりが終わった」だと、先ほども述べた通り、後手が角換わりを選択しない際の有力な手段が現状では見つかっていません。

 これは将棋というゲームにとって、困る状況です。先手と後手のどちらかがハッキリ有利だと決まっていないのが将棋の面白さの一つだからです。

藤井竜王の選択は?

 先手が角換わりを目指した時、後手番を持つプロに課題が突きつけられています。

 筆者もプロの一員として、この問題に直面しています。

 考えられる解決策は以下の通りです。

  • 角換わりの後手で先手と互角に戦う手法を見つける
  • 振り飛車に活路を求める
  • 未知なる新戦法に光を見出す

 過去を振り返れば、後手が居飛車で苦戦する状況は何度も訪れてきました。

 しかしその度に乗り越えてきた歴史があります。苦しい状況は新しい展開を生む前兆でもあるのです。

 この問題を解決する一つのキーとなるのは、藤井竜王の後手番における戦法選択です。

 第一人者の選択は全体の流れを決める影響力を持っています。

 来週行われる、後手番で迎える第81期名人戦七番勝負第5局。

 そして居飛車党の佐々木大地七段(27)と戦う第64期伊藤園お~いお茶杯王位戦七番勝負と第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負における後手番において、藤井竜王がどんな作戦をとるのか。

 筆者のみならず、プロが藤井竜王の作戦選択に注目しています。

 皆さんも、藤井竜王の作戦に注目してご覧ください。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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