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GP開幕、坂本花織は「初めて滑りたいと思った曲」、樋口と渡辺が演じる「私のスケート人生」とは

野口美恵スポーツライター
エキシビションで演技する坂本(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 2023-24シーズンのGPシリーズがスケートアメリカを皮切りに開幕する。シーズン前半の世界一に向けた戦いのなか、日本女子は、それぞれの胸に秘めた“私のスケート”をプログラムに乗せていく。それぞれの選手が伝えたい思いとはーー。

坂本は、初めての休みと、初めての「自分がやりたいと思った曲」

 世界女王の坂本花織は、今季は序盤から調子を上げている。10月7日のジャパンオープンでは、フリーですべてのジャンプを降りてパーフェクト演技を見せた。

「今の自分が出来る精一杯を出し切れました。まだこれから細かい部分をブラッシュアップして、フリーは150点を超えたいです」

 好調の一因は、オフシーズンの使い方にもあったようだ。

「スケートを始めてからの19年間で初めて、オフを取りました。1週間以上滑らずに、本当のオフをしてみたんです。スケートから頭を離して、友達と遊んだり旅行したり。そしたら練習へのモチベーションが下がることなく、スケートが楽しいなという気持ちで心身ともに良い状態に持っていけています」

 選曲にも、新たな気持ちを吹き込んだ。ショートは、ドラマ「コウノトリ」の曲をチョイス。

「最近、姪と甥が生まれて、めっちゃ可愛くて。初めて自分でやりたいと思った曲を選んだんです。曲に気持ちをこめて滑ろうと思います」

 エネルギッシュさが魅力の坂本が、美しいピアノ曲の旋律にのせて、生命の豊かさを演じるプログラム。見ているだけで元気がもらえるようなナンバーだ。

 またフリーは、坂本らしさあふれるプログラムを選んだ。

「今季の世界選手権がモントリオールで行われるので、現地で、去年から振り付けていただいているマリー先生にお願いしました。去年のプログラムでやったことをさらに伸ばそうと話し合い、『ミステリアスな女』がテーマです」

 曲は、ローリン・ヒルの大人びたボーカルメドレー。またモントリオールでは、振り付けだけでなく、基礎スケーティングを徹底してきた。

「今まではどうしても力任せで滑ってしまう部分がありましたが、いかにストレスなくスピードに乗れるか、ということを学びました。帰国してから、色々な人に『スケーティングが上手くなったね』と言ってもらって嬉しいです」

 昨季は、シーズン前半は調子が上がらずGPファイナルでメダルを逃した。

「今季こそはファイナルでメダルを取りたいです。一試合一試合に集中していけば結果もついてくると思います」

アイスショーで笑顔を見せる三原
アイスショーで笑顔を見せる三原写真:松尾/アフロスポーツ

三原は「私の気持ちを聞いてくだったプログラム、自由な気持ちで滑りたい」

 昨季のGPファイナルでは、感涙の金メダルを獲得。数々の試練を乗り越えてきた三原舞依にとって、大きなターニングポイントとなるシーズンだった。

「昨季はGPファイナルで優勝できたことは本当に嬉しかったのですが、世界選手権では悔しい思いをしました。今季は最初から最後までパーフェクトな演技をできるよう、体調管理をしっかりして、GPファイナルの2連覇と、世界選手権の表彰台を目標に、毎日全力で頑張ります」

 オフシーズンは、振り付けを兼ねてトロントで合宿。ショートは、セリーヌディオンの『To Love You More』を演じる。

「ショートは初めてジェフリー・バトルさんにお願いしました。世界選手権がモントリオール開催で、セリーヌの出身地ということで、色々な思いをこめてピッタリな曲を選んでいただきました。すごく流れのあるプログラムで、ステップシークエンスに入る前のバレエジャンプが見どころ。曲に合わせて高く、宙を舞うように跳びたいです」

 また、フリーは昨季に続きデイビッド・ウィルソンによる『ジュピター』。

「音楽の編曲から一緒にお話しながら、テーマも決めていきました。デイビッドは私の意見や気持ちを聞きながら作ってくださるので、とても自由な気持ちで滑ることができます。どんどんブラッシュアップしていきたいです」

 昨季はシーズン後半に疲れが溜まっていったことから、体力強化にも着手した。

「このオフシーズン、カナダの合宿やアイスショーを通して、もっと強くなりたいと思いながら調整してきました。どんな場面でも自分のベストを尽くせるよう、休養の取り方、睡眠、トレーニングを見直しました。筋肉痛の日も多かったけれど、身体を作り上げてきたことがシーズンに生きると思います」

 シーズン序盤の大会には出場しておらず、11月の中国杯が初戦となる。

ショートのプログラムをパワーいっぱいに演じる渡辺
ショートのプログラムをパワーいっぱいに演じる渡辺写真:松尾/アフロスポーツ

渡辺「苦しかったジュニア時代から、未来へ、私のスケート人生」

 昨季は、GPデビューとなったスケートカナダで優勝し、GPファイナルにも進出した渡辺倫果。本人は「新人社員だったはずが、いきなり部長になっている」と、茶目っ気たっぷりに語っているが、もともと小学生の頃からジャンプの才能では突出したものがあった。

 11歳で出場した全日本ノービスBで優勝し、13歳でプランタン杯・アドバンスドノービスで優勝。将来を期待されたものの、ジュニア時代は、怪我、手術を経て、成績が安定するまでに時間がかかった。栄光へのターニングポイントとなったのは、2021年12月の全日本選手権。フリーでトリプルアクセルを成功させ、6位に。この結果で世界ジュニア選手権への派遣を勝ち取り、世界のトップで戦う道を自ら切り開いた。

 そんな渡辺が今季のフリーで演じるテーマは「私のスケート人生」だ。

「シェイリーン・ボーンさんとタッグを組ませていただきました。テーマは、自分のジュニア時代の苦しい時期から、今の立場があるまでの過程。曲の最初のパートが、テレビが壊れたような雑音なのですが、この曲を聞いたときに直感で『ここを使いたい』と思ったんです。シェイリーンから『なぜ、そこを良いと思ったの?』と聞かれ、「ジュニア時代の苦しい思いと重なった」というイメージを話したら、じゃあそこから今のスケート、未来のスケートへと繋げていくテーマにしましょう、と決まりました」

 トリプルアクセルも練習を再開している。

「ショートで1本、フリーで2本入れられればと思います。昨季はGPで少しでも良い点にするために(確実性を重視して)1本ずつにしていました。昨季に、GPファイナルや世界選手権という夢の舞台に行くことは出来たので、今季はその先を見据えていかないと。そのためにも3本に挑戦したいと思います」

 国際大会初戦となったフィンランディア杯では、トリプルアクセルは回避。ショートの『アバター』では音響トラブルがありながらも落ち着いて演技し、フリーも気持ちをこめたていねいな滑りで、2位。GP初戦のスケートカナダに向けて、調子を上げている。

北京五輪ではトリプルアクセルを成功させた樋口
北京五輪ではトリプルアクセルを成功させた樋口写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

復帰の樋口、「初めてスケートを楽しんでいる、この気持ちをプログラムに」

もうひとり、「私のスケート人生」をテーマにする選手がいる。北京五輪の団体戦銅メダリストで、休養から復帰する樋口新葉だ。

 樋口は全日本ジュニアで2連覇を果たし、シニアデビューしてからも国際大会の一線で活躍。21-22シーズンはトリプルアクセルを武器に安定した成績を出し、悲願の北京五輪に出場した。個人戦では、ショート、フリーともにトリプルアクセルを成功させる大活躍。その後の怪我もあり、昨季は1シーズン休養した。

「昨季休んでから復帰したことで、自分のスケートに対する気持ちに変化がありました。北京五輪までは、勝ちたいとか、点数とか、競技的な目標が大きかった。自分が楽しむとか、こんな滑りをしたい、という自分の気持ちと向き合って練習することがなかったんです。今は、ジャンプとかステップとか、1つ1つのことが再び出来るようになっていく自分を楽しんでいます。スケートそのものの面白さを感じている、という気がします」

 樋口がフリーに選んだ曲は、Coldplayの「Fix you」と「Paradise」。

「昨季休んだあとの、いまの自分の気持ちを表現したいと思ってこの曲を選びました。曲の最初は、怪我をしてマイナスな気持ちになるところから。最後のステップは、今、自分がスケートを楽しんでいる気持ちとか、その時に感じた気持ちをそのまま出していきたいと思います」

 4月から練習を再開。子供の頃から師事してきた岡島功治コーチとのタッグが再始動した。

「私がいつからリンクに戻ろうかなと迷っていた時期に、岡島先生が『いつ練習に来ますか』ってメッセージをくれて。心配してくれてるんだなって思ったのがすごく印象に残っています。私がスケートを好きということ、絶対に戻ってくると思っていることを理解してくれている。岡島先生からは(8月の初戦のときに)『楽しんでやってきたらいいよ』と言われました。今の新鮮な気持ちのまま、今季を滑りたいです」

 五輪でのトリプルアクセル成功という、1つの夢を叶えた樋口。笑顔いっぱいのセカンドステージを始動させる。

鶴をイメージしたプログラムを演じる吉田
鶴をイメージしたプログラムを演じる吉田写真:西村尚己/アフロスポーツ

トリプルアクセルの吉田、滑りの千葉、4回転の住吉、

女子は若手にも勢いがある。

トリプルアクセルを跳ぶ吉田陽菜は、8月のげんさんサマーカップ、木下トロフィーを連勝し、シーズン序盤からトップギアを入れている。ロンバルディア杯(9月8-10日)では、ショート、フリーともにトリプルアクセルに挑戦。転倒したものの、国際大会初戦から挑んでいくことで、試合勘をつかんだ。

「シニアに上がるので、しっかりとショート、フリーともにトリプルアクセルを決められるようにしたいです。GPシリーズ2戦いただけたことが嬉しいので、そのチャンスを無駄にしないよう頑張ります」

 ショートは、楽しくリズミカルな演技が印象的な「Koo Koo Fun」。またフリーは、「鶴」をイメージした和のテイストを取り入れたプログラム。尺八による演奏が印象的だ。

「ローリー・ニコルさんから『鶴』のイメージを伝えられました。鶴のプログラムを演じている選手はあまりいないので、自分らしい世界観を作っていきたいです。羽根を広げるようなポーズなどを研究しています」

 GPデビューとなるスケートアメリカから、トリプルアクセルを武器に世界へ挑んでいく。

今季のショートを披露する千葉
今季のショートを披露する千葉写真:松尾/アフロスポーツ

 また千葉百音は、スケーティングのなめらかさに定評がある。昨季の四大陸選手権では銅メダルを獲得し、今季はさらなる飛躍を求めて、濱田美栄コーチ率いる京都の木下アカデミーの門戸を叩いた。吉田や、世界ジュニア女王の島田麻央らと競い合う練習環境で、階段を登っている。

「木下アカデミーでは、毎日が勉強です。ジャンプの跳び方も修正していただき、力の氷への伝え方が良くなってきたのを実感しています」

 ショートの『黒い瞳』は、これまでの雰囲気を一変させる、切れ味の良いプログラム。フリーの『海の上のピアニスト』は千葉のなめらかさが生かされるナンバーだ。

「ショートは、軽い曲調で、これまでやったことのない速いテンポ。表現力の幅を広げるための挑戦です。フリーは、ピアノの曲調がすごく綺麗で、自分でこの曲をやりたいと思いました。ステップの盛り上がりですごく気持ちよく滑れるプログラムです。私の長所は、スケーティングが良く滑ること。濱田先生も『よく滑るけれど、もっとその長所を伸ばそう』と言ってくださっています」

GPデビューとなるスケートアメリカでも、美しい滑りを見せてくれるだろう。

4回転に挑戦している住吉
4回転に挑戦している住吉写真:西村尚己/アフロスポーツ

 4回転に挑んでいる住吉りをんは、国際大会での4回転トウループ初成功に向けて調子を上げている。10月の東京選手権では、フリーの6分間練習で4回転トウループを成功。本番は着氷が乱れたが、転倒せずに耐え、手応えをつかんだ。

「6分間で降りた時の感覚がよくて、今日はいけるかなという自信があったのですが、本番になると少し気弱になって体重が後ろに持っていかれたなと思います。あとは曲の中で跳ぶだけなので、ひたすら練習したいと思います」

 昨季はGPシリーズデビューを果たし、フランス杯とNHK杯、2戦とも3位の表彰台と活躍した。

「まだまだ自分のベストな演技ではなかったので、今年はベストな演技で去年以上の順位を狙っていきたいです。フリーで最後のコレオシークエンスまで力強くやりたいので、さらに体力強化をしてGPシリーズに臨みたいです」

 4回転だけでなく、スケーティングの軽やかさ、スピンの美しさも魅力の住吉。GPファイナル進出も視野に、さらなる成長を目指す。

昨季は新拠点で新たな一歩を記した河辺
昨季は新拠点で新たな一歩を記した河辺写真:西村尚己/アフロスポーツ

 また北京五輪出場の河辺愛菜も、調子を上げてきている。9月の中部選手権では、ジャンプをしっかりまとめ、191.77点と高得点で優勝。今季は、ダイナミックな手足の使い方に磨きがかかり、表現力が増している。

 ショートは「去年の元気さはそのままで、少し大人っぽさを出したい」というプログラム。ジャッジの目の前でアピールする場面など、洒落た演技が見どころだ。

 フリーは「ボレロ」。特に最後のコレオシークエンスで、一気に加速し、パワフルに滑り抜くシーンは圧巻だ。河辺の魅力であるスピード感で、会場を虜にするようなプログラムに仕上がった。

「ボレロは皆さんがやってきた有名な曲で、やる人によって全然違うイメージになると思います。自分の場合は、強さや迫力をイメージして、最後に滑り抜けるところを頑張っています」

 GP初戦のスケートアメリカでは、現地入りしてから、リンクが小さすぎてジャンプを調整したというほど、スピード感がある。今季も切れ味良いスケーティングの爽快感を見せてくれるだろう。

海外勢は、昨季の世界選手権2位のイ・ヘイン(韓国)、3位のルナ・ヘンドリックス(ベルギー)のほか、イザボー・レヴィト(米国)、キム・チェヨン(韓国)らが有力。それぞれの思いを胸に、世界の頂点を目指していく。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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