LGBTの就労支援、支援者が留意するポイントとは
「LGBTは就活時に多くのハラスメントや困難を経験している」と語るのは、LGBTを含めたすべての子どもが、ありのままの自分で大人になれる社会を目指す認定特定非営利活動法人ReBit代表理事の薬師実芳氏だ。
その一方で、年間約1,500名の若年無業者を支援する就労支援団体である認定NPO法人育て上げネットには、それほど多くのLGBTの若者が訪れていない(カミングアウトしていない)ことに問題意識を持った。
LGBTという言葉がこれだけ広がり、認知されるなか、広く無業の若者を支援する現場はどのようなチャレンジが必要なのか、認定特定非営利活動法人育て上げネットでプロジェクトマネジャーを務める古賀和香子(以下、古賀)が薬師氏(以下、薬師)に聞いた。
気持ちを受け止めることと戦略は別
古賀:本日はよろしくお願いします。私たちの法人でもLGBTの若者が相談には来ますが、教えていただける範囲で観ると、LGBTの若者は多くありません。私たちが改善すべきことや、配慮することなど、少しでも安心感を持っていただける工夫ができないかと考えています。
薬師:よろしくお願いします。まず就労支援機関をLGBTも利用しやすい空間にするには3つのステップがあります。1つ目に、訪れやすいこと(アクセシビリティ)。2つ目に一般的な就労支援を安全に受けられること。そして3つ目に、性的指向や性自認に関する困りごとを安全に相談ができること。
1つ目のアクセシビリティを考える上で、例えばホームページなどで「性的指向や性自認に関わる相談も受け付けています」など、他の相談可能な事項と併設して文言を入れる。または、LGBTへの理解を示す6色レインボーをデザインに入れたり、イラストを典型的な男女二人だけではなく多様な人を描くなどがあります。
2つ目の一般的な就労支援を安全に受けられることを考える上で重要なのは、どの人がLGBTであってもなくても安全に過ごせる空間づくりです。LGBTの人が誰もが性的指向や性自認に関する相談をしたいわけではなく、自己分析等一般的な就労支援を受けたいと思ってきている場合もあるます。
そのため、カミングアウトしていないからといって、LGBTの人が来所していないということではありません。また、本人はLGBTでなくても、友人や家族がLGBTである場合もあります。
支援者や利用者が性的指向や性自認について、冗談のつもりであってもネタにしないこと、笑いの対象になる場面があった場合、支援者は率先してその話題を止めたり、変えたりする役割になっていただけると、その場にいる LGBTやその友人・家族らにとっても心強いです。
古賀:なるほど。それは参考になります。例えば、安全な場であることを伝えるためにできることはありますか?
薬師:コンタクトしやすくするという意味で、ハード面であれば「個室で相談対応いたします」ということ。ソフト面では「相談員はLGBTについての研修を受講しています」と明示しておくことです。また、若者から開示があった場合、「詳しくはないが寄り添いたい」「失礼な発言をしてしまったら教えてください」など、互いに指摘しやすい言葉をかけること、実際に指摘があったら真摯に受け止めることも大切です。
古賀:以前、履歴書作成について相談を受けたことがあります。履歴書の性別に男女しか選択肢がなく、名乗りたい性にすべきか、戸籍上の性なのか、空欄にするのか。若者自身も悩んでいるなかで、どのような観点を持ち、配慮をしたらいいのでしょうか。
薬師:トランスジェンダーの場合、履歴書には戸籍上の性別ではなく性自認を書きたというひともいれば、戸籍上の性別を書いて面接時に伝えたいという人、そもそも性別欄は書きたくない人、どっちでもいいというひともいます。履歴書の形式が自由であれば、例えば、大学指定でも性別欄をなくしているものがありますので、そもそも記載しないようにするという方法もあります。
似たようなところで服装の問題もあります。性自認が男性女性のどちらでもない、または、どちらでもあるXジェンダーの方に多いのですが、男性用のスーツも女性用のスーツも違和感や嫌悪感がある。だからスーツを着ることが難しく、そのことがキャリアを狭めてしまう場合があります。
古賀:面接でスーツ着用を指定されていなくても、少しでも「ちゃんとした格好をしたい」ということで、スーツを選びたいという若者も多いのですが、そういうケースの場合はどうでしょうか?
薬師:ここはトランスジェンダーを支援するときの”粘りポイント“だと考えています。というのも、入社してからはオフィスカジュアルや私服で良い会社であっても、面接の時に私服でokという企業ばかりではなく、服装により企業の選択肢が変動するからです。
まずは、上記を伝えた上で、職場で着たい服と、面接の際に着られる服について分けて整理することが多いです。「スーツ」と「私服」の二項対立としてとらえるのではなく、どの場面やアイテムの着用がつらいか、代替案としてどのようなアイテムだったら心地よくいれるかを整理します。
面接のときだけスーツはだめか。ビジネスカジュアルはありなのか。ネクタイ外したらなんとか着れるか。服装がストレスにできるだけならず、また企業の選択支ができるだけ減らない服装について、粘りたいです。
ポロシャツにジャケットはいけるのか。革靴は大丈夫なのかダメなのか。組み合わせたらスーツっぽく見えるのはセーフか。シャツは白ではダメでも青ならいいか。イメージ写真見せながら確認することもあります。ここらへんはグラデーションなので、繊細に聞き取ろうと努力しています。
また、スーツの着用自体がつらいというより、店舗に買いに行くことがアウティングにつながる可能性があるため買いにいくことが不安との声も。また、サイズがないから着られないという場合もあります。その場合は、株式会社マルイなど幅広いサイズのスーツ・靴を揃える企業を紹介しています。
・マルイ、サイズに悩むLGBT就活生へスーツの試着会(SUSTAINABLE BRANDS)
トランスジェンダーだからスーツだめ、だったら私服で働きやすいITじゃないと、と支援者が決めつけてしまう場合がありますが、その本人にとってどこまで許容できるのか、まったくできないのかはしっかり聞くべきです。履歴書やスーツに限りませんが、支援者の当たり前を押し付けるではなく本人のニーズをとにかく細やかに聞き取ることで、こちらもアイディアが生まれますし、戦略が立てやすくなります。
「あなたの気持ちは理解した」という受け止めと、就職活動における戦略は必ずしも同じではありません。本人もストレスが低くて、希望する企業にチャレンジできるラインを探すのです。
LGBTが特別ということはない
古賀: 育て上げネットでは、企業と連携をして職場体験やインターンシップをコーディネートしています。信頼関係が強い企業が多いため、LGBTに限らず、若者の生きづらさへの配慮はもちろん、事前に知ってほしいことなどを、三者が揃う場面で伝えることもできます。本人が言いづらければ、私たちが企業に事前に話すこともしています。
しかし、誰もがそのようなプロセスを取るわけではなく、ハローワークや求人サイトを経由して採用面接を受けることも多いです。その際、本人が関心を持つ企業の情報をどこまで取っていくのか悩むことがあります。
薬師:前提として、就活のときや働くなかで本人がどれくらい開示したいのか、したくないのかの確認は必要です。いま古賀さんがおっしゃったように、自分で言いたいのかどうかなど丁寧に聞き取る必要はあります。企業へ開示する場合、就労支援者を含めた三者の場を設けることもできます。
また、安全に働ける職場かを知るためにも企業のLGBTへの取り組みの有無を知ることは重要であり、例えば、早稲田大学では、連携企業にLGBTの取り組みにかんするアンケート調査をまとめて学生へ開示しています。
古賀:本人が言いづらい、確認しづらいときに、第三者がうまく情報を獲得し、整理するというようなところは、日常の支援と同じですね。
薬師:はい、LGBTが特別ということはないと思います。困りごとを聞き取って、選択肢を一緒に考える。そして本人に伴走する。対人支援で当たり前に行っていることと変わりありません。ただ、キャリアのみに寄りそうのではなく、場合によっては本人の自己受容に伴走し、自己肯定感を蓄積することに寄り添えるかがとても大切です。
古賀:私は、家族支援の「結」という事業も担当しています。親に言えない、親が認めてくれないという悩みもあると思います。就活シーンでも、家族への感情がぶつかってくるとき、どのようにされていますか?
薬師:LGBTの子どもが最もカミングアウトをしづらい相手は親であるとの調査もあり、親や家族へ伝えること、受け入れられることにはハードルがあります。特に若者の場合、生活費や学費のことなどもあり、親に言えなかったり、否定や反対に沈黙せざるを得なかったということもあります。一方で、これからは自立していくのだから、わかってほしい気持ちもわいてきます。
キャリアとは働くことだけではなく、そのひとの生き方や在り方そのものだからこそ、セクシュアリティを含めた自身を自己受容することが前向きにキャリアを考え選択することにもつながります。その部分を含めた自己受容に寄り添っていく必要があります。
古賀:ここをひとりの相談員がすべて担うというのは難易度が高いですね。
薬師:支援者がすべて自分で受け止めようとしないことも重要です。ひとつの方法として、気持ちの受け止めとキャリア支援に伴走しながら、自己受容の部分はLGBTの支援団体をリファーしたり、連携することもできます。
古賀:ジェンダークリニックなどと連携するということでしょうか。
薬師:性同一性障害の診断ができる専門の精神科や、泌尿器科、婦人科など、関係診療科をまとめてジェンダークリニックといいます。主に一部のトランスジェンダーのみが通う場であるということを留意する必要があります。
また、ジェンダークリニックがない地域もあり、本人が希望していても通院できない場合があります。そういうときはLGBTの支援団体や、電話相談、行政が行う相談支援等を活用することもできます。ただ、悩みはそれぞれ異なりますので、合うことも合わないこともありますが。
本人に情報を渡すだけではなく、必要と希望に応じて支援者も一緒に同行しながら、フィットしそうかどうかを確認する。フィットしそうなら以降は本人のみで行き、フィットしないのであれば違う場所を探してみる。理想的過ぎるかもしれませんが、リファー先が増えることが、今後の相談者への支援にもつながると考えます。
古賀:そのひとの居住エリアに自治体の支援や支援団体がない場合、オンラインコミュニティーなどはあるのでしょうか?
薬師:TwitterなどのSNSを通じて個々人でのつながりが主です。エンパワメントを受けることもある一方で、そこは支援ではないため、誤った情報や二次被害にもつながることもあります。
ロールモデルに出会える場を
薬師:LGBTの若者がキャリアを考える上で、ロールモデルとの出会いは重要です。こういう風に働いている人がいるんだと知る、自分の働き方を考える一助にもなります。。
2019年10月19日に、ダイバーシティに取り組む企業と、自分らしく働くことを願う学生・就活生・求職者・社会人、そして就労支援者が集うキャリアカンファレンス「RAINBOW CROSSING TOKYO2019」を開催します。このイベントは、2016年よりLGBTに特化し開催し、今年の2019年からLGBTだけでなく、ジェンダー、エスニシティ、障がいの4つのテーマから「自分らしく働く」を考えます。
当事者やご家族には、働く先輩の話だけでなく、ダイバーシティに取り組む企業についての情報を得ることもできます。また、支援者の方々には、就労支援における好事例、LGBTの就活に関する基礎講座を提供します。
古賀さんからの質問に通じるところとして、就活シーンでのカミングアウトをどうしたか、どうするのかを当事者を含めて話し合うキャリアカフェも行います。これからダイバーシティーを推進する、多様な人材を受け入れて行こうとされる企業のご担当者にも先進事例に触れていただけるはずです。
本人、ご家族、就労支援者、企業担当者などが一堂に介するイベントですので、ぜひご参加いただきたいです。
古賀和香子:認定特定非営利活動法人育て上げネットプロジェクトママネージャー
慶應義塾大学卒業後、学童保育や児童養護施設での非常勤職員やボランティアを経て、社会福祉士を取得。2006年に入職。
たちかわ若者サポートステーションの立ち上げから運営を行い、その後、若年者就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」を担当。年間を通じて若者やその保護者の面談を行いながら、就労訓練のインターン研修先となる企業の開拓を行っている。
藥師実芳:認定特定非営利活動法人ReBit代表理事 / キャリアカウンセラー
大学在学時にReBitを設立。LGBTを含めたすべての子どもがありのままで大人になれる社会を目指し、行政/学校/企業等でLGBTに関する研修やコンサルティング、キャリアカウンセラーとしてLGBTの就労支援を行う。
2016年、世界経済フォーラム(ダボス会議)が選ぶ世界の若手リーダー、グローバル・シェーパーズ・コミュニティ選出。早稲田大学教育学研究科卒。
共著に「LGBTってなんだろう?」「トランスジェンダーと職場環境ハンドブック」などがある。