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これが引退の1戦でもおかしくはないオジュウチョウサンの復権へ向けた主戦の想い

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
前走、東京ハイジャンプのオジュウチョウサンと石神深一騎手

ここがラストランでもおかしくない立場

 いよいよ有馬記念(GⅠ)ウィークを迎えた。しかし、今週末、中山競馬場で行われるGⅠレースはこのグランプリだけではない。障害のGⅠ・中山大障害(J・GⅠ)も25日の土曜日にスタートが切られる。そして、このジャンプレースの最高峰に出走を予定しているのがオジュウチョウサン(牡10歳、美浦・和田正一郎厩舎)だ。

2018年には武豊騎手を背に有馬記念(GⅠ)にも挑戦したオジュウチョウサン
2018年には武豊騎手を背に有馬記念(GⅠ)にも挑戦したオジュウチョウサン

 中山グランドジャンプ(J・GⅠ)を2016年から20年にかけて驚異の5年連続制覇、中山大障害も16、17年に連覇するなど障害GⅠを計7勝。かつては“絶対王者”と呼ばれた同馬だが、昨秋の京都ジャンプS(J・GⅢ)で3着に敗れたのを境に今年の2戦も先頭でのゴールはならず。昨年4月の中山グランドジャンプを最後に勝ち星から遠ざかっている。

 年齢はもう10歳。残念ながらいつ“Xデー”が来てもおかしくない状況だが、主戦騎手の石神深一(39歳)は「当然、今回も優勝を目指して乗ります」と語る。

 他の競技と違い、第2の馬生もあるサラブレッドの場合、強いまま引退するケースも不思議ではない。今秋だけをみてもコントレイルやグランアレグリアが有終の美を飾って北海道へ旅立っている。そういう意味では、オジュウチョウサンにとってもし今回の中山大障害がラストランだとしても、ここを勝利で飾っておかしくはないのだ。

美浦トレセンでのオジュウチョウサンと石神深一騎手。曳いているのが長沼昭利厩務員
美浦トレセンでのオジュウチョウサンと石神深一騎手。曳いているのが長沼昭利厩務員

主戦騎手が前走を振り返る

 臨戦過程としては決して悪くはない。この春の中山グランドジャンプでは5着に敗退。その後、骨折が判明した事もあり、夏場を休養に充てて10月の東京ハイジャンプ(J・GⅡ)で復帰。1番人気に応えられなかったといえ、前哨戦としては上々の3着という結果を残した。その前走に関し、石神は次のように言う。

 「骨折があってもなくても夏はいつも通りの休養期間です。だから中間の気配はいつもの放牧明けと同じでした」

 骨折の影響は感じさせず、むしろ精神面で更なる成長を感じたと続ける。

 「年齢を考えると大人になってくるのも当然で、昔ほど悪さをしなくなってきました」

 だからといって元気がなくなってきたわけではない事が、続く言葉から分かる。

 「ただ、引っ掛かっていく感じは若い頃と同じです。しかも最近ではレースでも掛かり気味になってしまうので、折り合いを考えて調教をしました。今までは我慢させずにオジュウが走りたいように走らせていたけど、前走時は『行っちゃ駄目だよ』と指示して、抑えたのです」

オジュウチョウサンと左が和田正一郎調教師
オジュウチョウサンと左が和田正一郎調教師

 前日には競馬場をスクーリング。レース当日は、まず装鞍所で馬体を見た。

 「張りがあってツヤも良く、太目感はありませんでした。半年明けにしては申し分ないと感じました」

 パドックへ行ってからも印象は良いままだった。

 「若い時のように厩務員さんとじゃれ合う事はせず、前へ前へという感じで歩いていました。随分と優等生になってきたと感じました」

 そのパドックでは指揮官である和田に「次の大障害を考えてもここは折り合いを意識して乗りたい」と伝えた。すると……。

 「『任せますので好きなように乗ってください』という返事が来ました」

 その途端、ズシリと責任を感じた石神に、ベテラン厩務員の長沼昭利が言った。

 「人馬ともに無事に回って来てくれれば良いから……」

 プレッシャーが振り払われたような、余計に重くのしかかってきたような、不思議な感覚になった主戦騎手だが、改めて素直にその言葉を咀嚼した。

 「歩様の乱れとかに、いつも以上に敏感にアンテナを張りました」

前走、東京ハイジャンプでのオジュウチョウサンと石神と長沼
前走、東京ハイジャンプでのオジュウチョウサンと石神と長沼

 12頭立てのゲートが開いた。石神が思い描いていた通りホッコーメヴィウスが逃げた。そして「最も強敵と思っていた」と評するアサクサゲンキを視界に捉える位置でレースを進めた。

 「以前は出してポジションを取りに行っていたのですが、それで掛かり癖がついてしまったのかもしれないので、今回は出たなりで行きました」

 その上で、悪くない位置を取れたと思った。また、課題としていた折り合いもバッチリとついていた。

 「調教の効果か、流れてくれたためか分かりませんけど、掛からずに走っていました」

 2周目の向こう正面に入るとライバル視していたアサクサゲンキを早々にかわして4番手に上がった。飛越に関しては終始、安定していた。しかし、そう思った直後、一瞬ドキリとする事態があった。

 「2周目の2つ目の障害時にステップミスをしました。でも、結局、危なかったのはその時だけ。次の障害からはまた綺麗に飛んでくれました」

レース直前のオジュウチョウサンと、石神がライバル視していたアサクサゲンキ
レース直前のオジュウチョウサンと、石神がライバル視していたアサクサゲンキ

 3~4コーナーでは1度はかわしたアサクサゲンキが外から並びかけにきた。すると石神の手が動き、パスさせないまま4コーナーを回り、直線へ向いた。この時の駆け引きに関し、鞍上は述懐する。

 「アサクサゲンキというよりも、逃げ馬が楽をしているのが分かったので、意識して3コーナー過ぎから差を詰めていきました」

 最後の直線では逃げ粘るホッコーメヴィウスにラヴアンドポップとオジュウチョウサンが襲いかかる。4着以下は大きく放して巴戦の様相を呈したが、ホッコーメヴィウスをかわしたラヴアンドポップと違い、オジュウチョウサンは伸びそうで伸びず。3着でフィニッシュした。

 「全盛期のオジュウなら4コーナーで手を動かす事なく上がっていけたと思います。ただ、年齢的なモノか、現在では追い切りの後の息の入りも、以前よりは遅くなっているのは事実です」

 だから負けたのかというこちらの心を見透かすように、パートナーは続ける。

 「オジュウだから“負けてしまった”という感覚になるけど、1頭だけ62キロを背負っているのに差は僅かの惜敗です。4着以下には大差をつけています。この馬で負ける事はないと思っていた時期があっただけに、僕自身『う~ん……』と感じ、ゴール後もしっくり来なかったけど、並みの馬なら十二分に及第点といえる競馬だったのではないでしょうか……」

4着以下を突き放した東京ハイジャンプのゴール前。左のゼッケン4番が3着だったオジュウチョウサン
4着以下を突き放した東京ハイジャンプのゴール前。左のゼッケン4番が3着だったオジュウチョウサン

絶対王者復権へ向けて

 レース直後は多少脚にむくみが出たり、キックバックの芝か何かが入ったのか左目が充血したりしていたそうだが、前者は「レース直後はどの馬でも普通にある程度」の事であり、後者は「獣医が『一時的だから今後に影響を及ぼすモノではない』と診断した」との事。実際、日を経た現在はどちらもすでに解消していると言う。

 短期放牧を挟み、8つ目のJ・GⅠ獲りへ向けて帰厩。コロナ禍という事で、主戦騎手をしても頻繁に厩舎へ様子を見に行く事もままならない日々が続くが、調教には幾度も跨り、厩舎サイドと意見を交換しながら仕上げていると言う。

 「ここまでは順調に来ています」

 絶対王者復権を願う気持ちは強いだろうと、心中を伺うと、1つの逸話を教えてくれた。

 「オジュウは前走で3着に負けた直後、長沼厩務員に飛びかかって来たそうです。長沼さんは『負けて悔しかったのかな?』と言っていました」

 その上で更に続けた。

 「勿論、僕も『本当のオジュウはこんなものではない』という悔しさはありました。でも、それ以上に無事に終わってホッとした気持ちの方が強かったです」

 そんな想いは中山大障害を控えた現在も変わらないと続ける。

 「どんな些細な事でも見落とさないようにアンテナを張っています。それは和田先生も長沼さん始め厩舎スタッフも皆、同じです。その上で何とか好結果を出してあげたい。そういう気持ちで臨みます」

 果たしてこれが絶対王者のラストランになるのかは分からないが、石神との4100メートルのランデブーが最高のクリスマスプレゼントを運んでくれる事を願おう。

オジュウチョウサンと共に中山大障害に臨む石神騎手(コロナ禍前に撮影)
オジュウチョウサンと共に中山大障害に臨む石神騎手(コロナ禍前に撮影)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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