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母を責めれば子どもが死にます。偉い人にはそれがわからんのです。

小川たまかライター
望まない妊娠をした女性へ向けたドイツのポスター(画像提供:Dr.keiさん)

「どんな女性にも望まない妊娠は、起こりえます」

ドイツでは、望まない妊娠をしてしまった女性に向けて、こんなメッセージを伝えるポスターがあるという。日本でもたびたび、10代の女性などが妊娠したことを誰にも言えないまま出産し、放置してしまうといった事件が報じられる。そんなとき、こういった女性(母)に向けられる言葉は非常に厳しい。

放置されたり、そのまま亡くなってしまった子どものことを思えば、やるせない怒りと悲しみを感じる。しかし、その怒りを母親にぶつけ、社会で「こういう母親を決して許さない」という空気をつくることが、果たして再発防止につながるのだろうか。子どもを守ることにつながるだろうか。私はそうではないばかりか、逆でさえあると思う。

教育・福祉などに造詣の深いDr.keiさんのブログ「Dr.keiの研究室」内の、昨年10月の記事「厚生労働省・内閣府の虐待防止のポスターに異議あり!!!!!」では、下記のようなドイツのポスターが紹介されている。

(画像提供:Dr.keiさん)
(画像提供:Dr.keiさん)

望まない妊娠をしてしまった女性に向けて、「私たちは匿名で確実にあなたを助けます」という内容。【3月20日21時50分追記】このポスターはドイツの連邦省庁が作成したものだという。

(画像提供:Dr.keiさん)
(画像提供:Dr.keiさん)

「望んでいない妊娠ですか?」「どんな女性にも望まない妊娠は、起こりえます。わたしたちは、それによって恥じるということの義務は負ってません。ーとある女性患者」という内容が書かれている。

なぜ女性たちを助けようとする言葉をポスターに書くのか。「誰にでも起こりえること」と迎え入れる姿勢を取るのか。それは言うまでもなく、子どもを救うためだ。理由がどうあれ女性たちが望まない妊娠を誰にも話せず、何の処置もできず、何の助けも得られなかったときに死ぬのは子どもだ。Dr.kei氏はブログの中でさらに、「虐待かもと思ったらすぐにお電話をください」と通報を促す内容を大きく書き、虐待をしてしまう可能性のある母親(や父親)の話を聞く姿勢をおざなりにする日本のポスターに疑問を投げかけている。

先日の川崎中1男子殺害事件では、なぜか被害者の母親に対して批判の声が上がった。

参考:川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性(武田砂鉄/Yahoo!個人)

参考:子供より性欲優先の母親を擁護するな!(小林よしのりWebサイト)

林真理子氏も、小林よしのり氏も、被害者の男子生徒がこんなことになったのは母親の責任でもあるという内容を書いた。一方で、男子生徒の殺害現場では、生前面識のなかった大人たちが訪れ「何もできずごめんね」と声をかけながら花を手向ける姿が見られたと報じられている。「何もできずごめんね」と言う人にあって、被害者の母を責める人にないのは当事者意識だろう。

被害者の母親が良いか悪いかの議論より先に行われなければならないのは、どうすれば子どもを守れたか、これからどう子どもを守るかである。望まれない妊娠をしてしまった女性をまず守らなければその子どもを守れないのと同じく、追い詰められた状況で子育てをする母が誰かに助けを求められる社会にならなくては、子どもを守れない。

格差が広がり続ける中、シングルマザーの貧困、そして子どもの貧困も問題となっている(※)。被害者の母が発表したコメントは、子どもの行動を把握できていなかった自分を責めるものだった。彼女をさらに責め、シングルマザーになったことを「自己責任」と言って無視し、恋人がいたと報じられたことで「性欲優先」と決めつけることは、サポートが必要なシングルマザーやシングルファザーたちの声をふさぐ。「甘えるな」「子育てぐらい自分でしろ」「産んだら自己責任だ」。しかしそれは、その親の元に生まれてきた子どもに対して「自己責任」を突きつけるのと同じだ。誰も手を差し伸べず、親を責める空気だけが蔓延すれば、親にかかったその重圧はさらに弱い者に向けられる。

(※)平成24年の子ども(17歳以下)の貧困率は16.3%。6人に1人が貧困という割合(平成25年 国民生活基礎調査

最後に、虐待事件を取材してきたルポライター杉山春さんのインタビューを引用する。

――虐待事件が起こるたびに多くの人が心を痛めていると思いますが、なくなりません。

杉山:『ネグレクト』を書いたときに、都内にある虐待防止センターの方に本を読んでもらい、何度かお話を伺いました。その際に、「お母さんが子どもを育てなくてもいいということになったら、虐待はすぐになくなるんだけどね」と言われたんです。その言葉がずっと心に残っています。命をかけて子どもを育てるのが母親の愛だと言われるけれど、そうでしょうか。満州から引き上げた女性に取材をしたことがありますが、子どもが死んでしまったお母さんたちは先に村を逃げていくのに、その人は子どもがいるために逃げられず、ひと冬を現地の中国人の妻となって過ごしました。そのときに「この子が死んでくれればいいのに」と思ったといいます。震災後に取材した避難所では、被災地から逃げてきた女性が子どもを虐待するということがあったのですが、適切なサポートを受けることによって女性の精神状態が改善し、虐待しなくなった。

――お母さん自身が追い詰められている状態で、「それでも子どもを第一にして頑張れ」というのは酷だと。

杉山:結果的に子どもが傷つきます。この本を書きながら、芽衣さんが「これ以上お母さんを続けられない」と言える社会であれば、この子どもたちは死ななかっただろうと思いました。子育てが上手な人も、そうでない人も、子育ての際にものすごくいろんなことを感じてしまう人もいる。同じ環境であっても育てられる人とそうでない人がいる。人って多様なわけで、そのなかの面倒くさくない、一般的な、誰でも理解できるような部分だけを捉えて「当たり前」「常識」とするのでは……。子どもは母親だけのものではないし、子どもは力の無いお母さんの元に生まれたら、絶対にそこで育たなければいけないっていうわけでもない。

出典:お母さんが子どもを育てなくてもいい…… 『ルポ虐待』著者が語る、虐待の連鎖を止める方法

母親を守ろうとするドイツのポスターと、被害者の母親であってさえ、その非を責め立て孤立させる日本の文化人(と言われる人たち)。どちらが当事者目線を持っているか、どちらが子どもを守ることを本気で考えているかは一目瞭然ではないだろうか。

参考:

厚生労働省・内閣府の虐待防止のポスターに異議あり!!!!!(Dr.keiの研究室2)

「SOSを出せない子供」とシングルマザーの悲しい関係(河合薫/Yahoo!個人)

“貧困の母”はまだ救われていない――生活保護受給者「過去最高」の知られざる真実(鈴木晶子/ウートピ)

児童虐待にもつながる「飛び込み出産」はなぜ起こるのか? “隠れ妊婦”を救済する制度とその課題(鈴木晶子/ウートピ)

売春に走る”最貧困シングルマザー”たちはなぜ生活保護を受けないのか!?(伊勢崎馨/LITERA)

「母子家庭」「20代前半男性」「子ども」に際立つ日本の貧困 国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩部長が解説(Chika Igaya/ハフィントンポスト日本版)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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