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『M-1』王者の出世部屋を引き継いだのは誰? 大阪のラジオプロデューサーが仕掛ける「お笑い発信基地」

田辺ユウキ芸能ライター
トルクレンチガールズの力学さん(左)、うまこさん(右)/写真:筆者撮影

「ん、ううんっ」

咳払いをして声を整えるふたりの芸人の姿。そこは、大阪・大国町(だいこくちょう)駅の目の前に建つ雑居ビルの一室のなか。2DKのうちの一部屋に、マイク、音響機器、ヘッドフォンが設置され、それらをつなぐケーブルが机や床を這っている。壁には防音材。ラジオブースだとすぐに分かる内装だ。

収録をおこなっていたのは、大阪を拠点に活動する結成6年目のお笑いコンビ・トルクレンチガールズの力学さん、うまこさん。彼らの手元にあるのは、トークテーマなどが細かく書かれた台本。彼らはその台本に沿って番組を進行していった。

すぐそばにはディレクターが着席し、さまざまな合図を出す。そしてふたりのトークに相槌をうちながら、音響機器を操作していた。

ミルクボーイ・駒場の出世部屋、借りたのは大阪のラジオプロデューサー

「大国ベース」はエレベーターが設置されていない雑居ビルの4階にある/写真:筆者撮影
「大国ベース」はエレベーターが設置されていない雑居ビルの4階にある/写真:筆者撮影

その部屋はかつて、お笑いコンビ・ミルクボーイの駒場孝さんが住んでいた。

駒場さんは2018年12月から妻と居住。翌年12月、『M-1グランプリ 2019』で優勝を飾った。後日放送の『M-1 アナザーストーリー ~”史上最高”大会の舞台ウラ完全密着~』では駒場さんの自宅が映し出された。それがこの部屋だ。

駒場さんは、妻の妊娠をきっかけに2021年11月末に引っ越し。本来、こういった出世部屋は縁起が良いことから後輩芸人が引き継いで住むパターンが多い。ただ駅近で2DKの好条件だけあって、若手芸人が支払うには家賃が高く、借り手がなかなか決まらなかった。

そこで手を挙げたのが、大阪のABCラジオでミルクボーイらの番組のプロデューサーをつとめている上ノ薗公秀(うえのそのきみひで)さんだ。

上ノ薗さんは「『たまごが先か、にわとりが先か』みたいなもの。5年後、10年後を見越して音声コンテンツの制作スタッフも育成できる場所を作りたかったんです。ラジオ局で番組を作る場合、お金を引っ張ってこられる内容が求められる。そうなると、どうしても若手のチャレンジ枠が少なくなるんです。若手メインでおもしろい番組を作るためには、やっぱり数をうたせてナンボですから」と部屋を引き継いだきっかけを説明する。

「一方で、現在の若手制作者は雛形に頼りすぎているところもある。そうではなく『真っ白な原稿用紙を使って企画を書いてみましょう』と。それらができる場所を模索していたとき、駒ちゃん(駒場)から引っ越しすることを聞いて『じゃあ、僕が借りるわ』と申し出ました」

『M-1 アナザーストーリー』放送時の内装からはガラッと変化した/写真:筆者撮影
『M-1 アナザーストーリー』放送時の内装からはガラッと変化した/写真:筆者撮影

上ノ薗さんは、『M-1』王者の旧宅を100万円以上かけて作りかえた。資金は自己負担。もちろん現在も、家賃、光熱費、通信費などは持ち出しだ。上ノ薗さんは「大変だけど、仕事が趣味なので『まあ、ええか』って」と笑う。

こうして立ち上がったのが、関西各局のスタッフや芸人が集まることができる発信基地「大国ベース」。収録部屋は「もなかスタジオ」と名付けられた。

2022年4月からは、3本のポッドキャスト番組の配信がスタートした。いずれもSpotify、YouTubeなどでも聴くことができる。NSC(吉本総合芸能学院)の講師で知られる漫才作家・本多正識さんも、番組『本多正識の芸人よもやま噺』を担当している。

「ミルクボーイの漫才『もなか』はこの10年のなかでダントツだった」

上ノ薗公秀さんはABCラジオで『ミルクボーイの火曜日やないか!』『ミルクボーイの煩悩の塊』などを担当/写真:本人提供
上ノ薗公秀さんはABCラジオで『ミルクボーイの火曜日やないか!』『ミルクボーイの煩悩の塊』などを担当/写真:本人提供

スタジオ名の「もなか」は、ミルクボーイの漫才ネタのひとつだ。

上ノ薗さんがミルクボーイと出会ったのは、審査員をつとめた『第32回ABCお笑い新人グランプリ予選』(2011年)のとき。同大会ではウーマンラッシュアワーが最優秀新人賞に輝き、さらば青春の光、ソーセージが優秀新人賞を受賞。ほかにも見取り図、Aマッソ、和牛らが出場していた。そんななか、上ノ薗さんが予選審査で最高得点を付けたのがミルクボーイだった。

「当時のおもしろさが脳裏に焼き付いて離れなかった」という上ノ薗さん。2019年夏、担当番組の出演者・兵動大樹さん(矢野・兵動)を観るためになんばグランド花月へ行くと、そこにミルクボーイも出ていた。そのときの彼らの漫才に、上ノ薗さんは衝撃を受ける。ネタのタイトルは『もなか』。上ノ薗さんは「あまりにおもしろくて、ひっくり返りそうになった。この10年で観た漫才のなかでもダントツだった」と興奮気味に回想する。

「それからは、贔屓のひきたおし。『これは絶対にいける』と思って、すれ違うプロデューサーにオススメしまくった。『M-1』の準決勝から決勝までのあいだには特番『ミルクボーイのプロテインラジオ』も作りました」

ミルクボーイは『M-1グランプリ 2019』決勝のファーストステージで大会史上最高得点を叩き出し、ファイナルステージへ進出。最終決戦で『もなか』を披露して栄冠をつかんだ。

普段からイベントの規模の大小にかかわらず、劇場へ足を運んでお笑いを観ている上ノ薗さんは「本多正識先生とよく話していることですが、実際に芸を観に行かないことには何も生まれない。自分は以前から劇場でお笑いを観るのが好きだった。だから『ABCお笑い新人グランプリ予選』でミルクボーイのことを発見できたんだと思っています」と語った。

大国ベースは起爆剤になれるのか「実験的でおもしろい番組作りを」

収録直前、ディレクターと一緒に台本を入念にチェックするトルクレンチガールズ/写真:筆者撮影
収録直前、ディレクターと一緒に台本を入念にチェックするトルクレンチガールズ/写真:筆者撮影

トルクレンチガールズの番組『トルクレンチガールズの周囲確認ヨシ!』の放送時間は、毎回40分前後。しかしこの日の収録時間は70分ほど。約30分を編集で切らなければならない。

同コンビのうまこさんは、「以前は自分たちだけで、スマホを使ってカラオケボックスや公園でこの番組を収録していたんです。クオリティはかなり低いものでした。でも現在は、進行や編集もプロのスタッフさんが担当してくださり、『ラジオをやっている』という実感があります」と完成度の高さに驚く。

力学さんは「毎週収録をしているので、一週間のなかで起きた出来事をいろいろ考えながら話しています。そのトークをリスナーさんに聴いてもらえるのは、芸人の活動としてもすごく大きなこと」と収録で喋りの腕を磨いているという。

彼らの番組にディレクターとしてたずさわるのは、上ノ薗さんと同じくABCラジオに勤務している三浪瞭(さんなみりょう)さんだ。

三浪さんは『M-1』予選やライブでトルクレンチガールズのネタを観て「大国ベースで番組をやらないか」と声をかけたそうで、「ふたりとの距離が近い分、いろいろ意見も出し合える。一緒に番組を作っている感覚です」と大国ベースでの制作の良さを口にする。

上ノ薗さんは「とりあえず2年はがんばって運営するつもりです」と話す。そして「番組の制作者も増やし、起爆剤になるような実験的でおもしろい番組を企画したい。いずれ収益化もできるようになれば」と展望を語った。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga. jp、リアルサウンド、SPICE、ぴあ、大阪芸大公式、集英社オンライン、gooランキング、KEPオンライン、みよか、マガジンサミット、TOKYO TREND NEWS、お笑いファンほか多数。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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