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金価格が急落している5つの理由

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

内外の金価格が急落している。

COMEX金先物相場は、6月28日の1オンス=1,179.40ドルをボトムに8月28日には1,434.00ドルまで切り返していた。しかし、11月下旬に1,250ドルの節目でのサポートに失敗したのに続き、足元では早くも1,200ドルの大台を割り込む展開になっている。

円建て金価格は円安の影響で相対的に下げ渋っているが、それでも1グラム=4,000円の節目を試す展開になっており、今年4月の5,000円台からは1,000円を超える値下がりになっている。

1)金融政策環境の正常化

金価格が急落している理由は単純であり、第一に米金融政策環境が正常化に向かっていることである。米連邦準備制度理事会(FRB)はリーマンショック後の危機対応として、市中から資産を購入し、その代わりにドルを供給する量的緩和政策で景気の下支えを実施してきた。しかし、失業率が5年ぶりの低水準となる7.0%まで低下するなど実体経済の回復傾向が顕著になる中、いよいよ2008年から続く量的緩和政策の終わりが見え始めているのだ。

現在は毎月850億ドルのペースで行われている資産購入(=ドル供給)が、来年1月には750億ドルまで減額されることになる。その先にあるのは当然に資産購入の完全停止であり、米金融政策環境が有事対応局面から脱するのは時間の問題になり始めている。

これは、FRBの信認に基づくドルの通貨価値が回復に向かうことを意味し、代替通貨・安全通貨として買われてきた「通貨としての金」に対する需要減退に直結することになる。もはや、通貨危機に対するヘッジとして金を保有するメリットが失われているのである。

2)金ETFからの資金流出

第二に、ヘッジファンドが金市場からの撤退を本格化させていること。特に、金上場投資信託(ETF)市場からの資金流出の影響が大きい。

この金ETFは株式市場から金市場への資金流入を容易にさせることで、金価格が2001年から12年連続で上昇相場を形成するのに寄与してきた。鉱山から新たに生産される年間の新産金が2,800トン前後の金需給において、03年から昨年のピークまでで累計2,632トンもの投資需要を創出することに成功している。しかし、今年は逆に857トンもの売り越しとなっている。過去最高値更新を続けている米株式市場に向かってストローのように投機資金を吸収することで、金需給バランスの悪化を招いている。

既に残りの残高は1,775トンまで減少しているが、「価格低下を受けての現物需要拡大」よりも、「投機筋の現物売り」が優勢になっていることで、従来のような「価格低下→需給の引き締まり→金価格の下げ止まり」というフローが発生しなくなっている。

3)インフレリスクの不発

第三に、世界的なディスインフレ圧力がある。日本では日本銀行の大規模な金融緩和で脱デフレが目指されているが、これに先行して量的緩和に踏み切った米国や欧州では現在、逆にディスインフレ、デフレ圧力に直面している。

通貨供給の拡大がインフレ圧力につながるのかはエコノミストの間でも議論があるが、少なくとも欧米においては「金融緩和→インフレ」というフローは実現していない。例えば、米国の11月消費者物価指数(CPI)は前年同月比で+1.2%に留まっており、金融当局が目安とする+2.0%前後を大きく下回っている。ユーロ圏に至っては+0.9%に留まっており、寧ろディスインフレに対する警戒感から金融緩和をやめられないといった議論さえ浮上し始めている。

象徴的なのが著名投資家ポールソン氏である。同氏は、中央銀行の大量の資金供給が引き起こすインフレによって金価格が上昇すると予測して金市場に集中的に投資してきたが、11月にインフレがいつごろ加速するのか分からないことを理由に、金投資をこれ以上は拡大しない方針を示している。

4)中央銀行の金保有ブームが一服

第四に、中央銀行の金購入にブレーキが掛かり始めていること。米国が大規模な量的緩和に踏み切りドル安圧力が強まる中、各国の中央銀行は通貨分散の観点から準備資産として金の保有量を拡大してきた。

しかし、量的緩和の終了時期が近づきドル高圧力が強まる中、今年は敢えて金投資を拡大する必要はないとの評価が優勢になり始めている。しかも、これまで外貨準備の拡大を背景に金を積極的に購入してきた新興国の中央銀行は、逆に外貨準備の縮小圧力に直面しており、更に金保有量を拡大する必要性が乏しくなっている。

1~3月期の場合だと、昨年は394トンの購入があったのに対して、今年は297トンに留まっている。ロシアやカザフススタンなどの産金国、中国などは金準備の拡大を継続しているが、中央銀行の金購入ブームが一服していることも、需給面から金価格の上値を圧迫している。

5)インドの金輸入規制

そして最後に、インドの金輸入規制がある。インドは昨年に世界最大の金消費国であったが、インド政府・中央銀行が経常赤字・貿易赤字対策として金の輸入規制に踏み切ったことで、需要が急激に落ち込んでいる。第3四半期の場合だと、昨年の219.1トンに対して、今年はそれを32%下回る148.2トンに留まっており、金消費国首位の座を中国に譲り渡すのが確実視されている。

輸入関税の相次ぐ引き上げに加えて、金宝飾加工業者に一定量の金再輸出が義務付けられたことで、少なくとも公式な輸入量は大幅に落ち込んでいる。闇ルートで密輸が行われているのが確実視されているが、それでも従来のような大量消費を行うことは難しく、価格低下局面での需要拡大圧力を限定している。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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