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五輪前哨戦のジャパンカップ開幕 監督が描く金メダルへの道のり

元川悦子スポーツジャーナリスト
7月29日のソフトボール女子日本代表公開練習時(筆者撮影)

 2020年7月24日に開会式が行われる東京五輪。それに先駆けて戦いの火ぶたが切って落とされるのがサッカーとソフトボールだ。後者のソフトはご存じの通り、2008年北京大会以来、12年ぶりの五輪復帰。しかも4年後の2024年パリ大会では再び種目から外されることが決まっている。浮き沈みの激しい立場を余儀なくされる中で、「注目を集められる数少ないこの機会に何としても金メダルを取りたい」という関係者全体の意欲は並々ならぬものがある。

中国から来日し、日本ソフト界を30年超にわたってけん引してきた指揮官

 そのけん引役となっているのが、2016年12月から女子日本代表の指揮を執る宇津木麗華監督だ。18歳から交流のあった元代表選手で監督としても手腕を振るった宇津木妙子さんの下でソフトボールをしたいと熱望し、24歳だった88年3月に中国・北京から初来日。そこから30年超にわたって日本ソフトを支えてきた情熱家である。95年の日本国籍取得には反日教育を受けた元軍人の父に反対されたというが、妙子さんとともに北京へ赴いて説得。2000年シドニー大会で五輪初出場を果たした。この時は主将でサードで4番という大黒柱を担ったが、決勝で宿敵・アメリカに敗れて銀メダル。37歳で挑んだ2004年アテネ五輪も金メダルを取れなかった。

 その悔しさをバネに指導者へと転身。ルネサスエレクトロニクス高崎(現ビックカメラ高崎)の監督として当時22歳の若手ピッチャーだった上野由岐子の育成に力を注いだ。その上野が北京五輪の準決勝・アメリカ戦、3位決定戦・オーストラリア戦、決勝・アメリカ戦で413球を投げ抜き、日本を頂点に押し上げたのだから、宇津木監督も喜びひとしおだったに違いない。

選手に指示を送る宇津木監督(筆者撮影)
選手に指示を送る宇津木監督(筆者撮影)

 けれども、この栄光の後、ソフトボール界は暗黒時代に突入することになる。五輪競技から外れ、注目度が低下し、強化費も削減。五輪という大目標を失った上野でさえも燃え尽き症候群に陥ったという。そんな苦境の最中でも宇津木監督はソフトボールに情熱を傾け続けた。2011年には1度目の代表監督に就任し、2012年と14年世界選手権で連覇を達成するなど、地道にレベルアップに貢献した。その後、いったん代表監督を離れ、ビックカメラ高崎の監督に専念していたが、東京五輪出場が正式決定した2016年に「再び代表監督に就任してほしい」との打診を受け、12年ぶりの世界舞台に向かうことを決断。そこから2年半の時間が経過した。

ピッチャー・藤田の急成長 宇津木ジャパン最大のキーマンに

 宇津木監督が絶対的信頼を寄せるエースの上野はすでに36歳。しかも今年4月27日の日本リーグ・デンソー戦で相手打球を顔面に受け、下顎骨骨折の重傷を負ってしまった。当初「全治3か月」との診断で、順調にいけばそろそろ復帰してもいい頃だが、7月21~28日の福島、7月28~8月8日の高崎での2度の代表合宿は辞退。8月30~9月1日のジャパンカップ(高崎)での復帰は叶ったが、「相手の打球を受けたのでトラウマがあるかもしれない」と指揮官の中には一抹の不安もあるようだ。

 2017年世界選手権決勝・アメリカ戦(千葉)でも、日本は上野という大エースのピッチングに依存する形になったが、アメリカはモニカ・アボット(トヨタ自動車)を含む5人のピッチャーを効率的に継投させ、日本を振り切っている。「ピッチャーを育てなければいけない」というのは指揮官が前々から繰り返し語っていた重要テーマ。そのメドがあと1年でつくかどうか。そこが日本にとっての非常に大きなポイントなのだ。

「この2年間、ピッチャーたちの能力を探ってきました。藤田(倭=太陽誘電)は2012年から代表に入れて長いスパンで見てきましたけど、最初はアメリカに5~6点は取られていたけど、今は2点以内で勝負できるようになった。上野に並ぶというところまではまだまだですけど、アメリカと勝負できるピッチャーにはなってきましたね」と宇津木監督はまず藤田に大きな期待を寄せる。今年6月の日米対抗第3戦(東京ドーム)でもアメリカを完封した頭脳的ピッチングは高く評価された。その勢いで彼女が順調に精度を高めていけば、北京での上野のような奮闘が見られるかもしれない。今や藤田は宇津木ジャパン最大のキーマンと言ってもいいかもしれない。

上野に続くピッチャーの大黒柱になると期待される藤田(筆者撮影)
上野に続くピッチャーの大黒柱になると期待される藤田(筆者撮影)

 ただし、残念ながら今回のジャパンカップは藤田がケガで欠場することが決定。上野も長期離脱からの復帰直後ということで、あまりムリはさせられない。それだけに、31歳のベテラン左腕の尾崎望良(太陽誘電)、24歳の中堅・濱村ゆかり(ビックカメラ高崎)と岡村奈々(日立)、19歳の勝股美咲(ビックカメラ高崎)といった他の投手陣の急成長が強く求められるところだ。とりわけ、多治見西高校在学中だった2年前に宇津木妙子さんから「スケールの大きな選手」と絶賛された勝股は期待の星と言っていい。171センチという恵まれた体躯を生かした投球には迫力がある。

「勝股はまだまだ若いんで、今日いいピッチングをしても、次の日もできるわけじゃない。実際に起用してもダメなことがありました。五輪までの1年間で軸を担うのは簡単じゃない」と強化を急ぐ宇津木監督は慎重な物言いをしていたが、若い選手ほど何かをきっかけにブレイクする可能性は大きい。それは他競技でも言えること。ソフトのピッチャーは敵との駆け引きや緩急をつける投球術など経験値による部分が大きい分、ある程度の年齢にならないと大成しない傾向は強いが、そういう壁を破って急成長してほしい。

選手の脳に働きかける指導

「ソフトボールは想像力。選手の脳にどう働きかけるかを常日頃から考えています」

 宇津木監督は以前からしばしばこう語っていたが、やはり大きく伸びる選手は自分の役割をしっかりと捉え、チームのために何ができるかを瞬時に判断し、行動に移せる賢さと決断力を兼ね備えている。かつての宇津木妙子さんも宇津木麗華監督も、上野という大エースもそういう選手だったから、国際舞台で際立った結果を出せた。今のソフト女子代表がアメリカという永遠のライバルを振り切ろうと思うなら、そういった飛び抜けた人材が何人も出てこなければいけない。藤田や勝股のみならず、4番を打つ山本優(ビックカメラ高崎)ら打者陣ももう一段階上を目指して飛躍を遂げる必要がある。

 そういう姿を東京五輪前哨戦とも位置付けられるジャパンカップで示せるのか。上野の完全復活を含めて、この大会での注目点は少なくない。「来年の大舞台で確実に金メダルを取れる」という確信を頭脳派指揮官・宇津木監督が抱けるような、ソフト女子代表の熱戦をぜひとも見せてほしい。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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