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犬のしつけ、怒らないで!「やさしさ」の驚くべき効果が証明された研究【論文解説】

いわさきはるかサイエンスライター
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愛犬の飼い主なら誰しも、しつけ方に悩んだ経験があると思います。いつも通りやさしくしていいのか、しつけと割り切って厳しくするべきなのか……そんな多くの飼い主さんが直面するこの疑問を解明すべく、エトヴェシュ ・ロラーンド大学の研究グループはしつけの仕方による学習効率の比較実験を行いました。

その結果、厳しいしつけよりもやさしいしつけの方が学習効率がいいことがわかったのです。さらにしつけと睡眠の関係性についても明らかになりました。

この記事では、サイエンスライターの筆者が実験で行われたやさしいしつけと厳しいしつけのやり方などを具体的に説明するとともに、この研究が愛犬との生活にどう役立つかわかりやすく解説します。

参考:Potential interactive effect of positive expectancy violation and sleep on memory consolidation in dogs

やさしいしつけVS厳しいしつけ、どっちが効果的?

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研究チームは、24匹の飼い犬とその飼い主の協力を得て実験を行いました。実験では、研究チームのトレーナーが犬に対して「やさしいしつけ」と「厳しいしつけ」を行い、その効果を比較しました。飼い主は実験中、犬から少し離れた場所で待機しました。

やさしいしつけ

  • 正しい行動時:おやつを与えるだけでなく言葉での褒めたり、体を撫でたりする
  • 間違った行動時:叱らず、やさしく呼び戻し再挑戦の機会を与える
  • 注意散漫時:やさしく呼び戻し、「ダメ!」など禁止を示す強い言葉は使用しない

厳しいしつけ

  • ・正しい行動時:おやつは与えるが言葉で褒めたり体を撫でたりはしない
  • ・間違った行動時:厳しい声で叱り、やり直しを命じる
  • ・注意散漫時:厳しい声で呼び戻し、「ダメ!」など禁止を示す強い言葉も使用する

これらの条件で同じ学習を行ったところ、やさしいしつけを受けた犬は、テスト時に約70%の正答率を示したのに対し、厳しいしつけを受けた犬の正答率は約55%でした。つまり、厳しいしつけよりもやさしいしつけの方が学習効果が高いという結果になったのです。

さらに研究者たちは実験中、犬のストレスレベルについても調査しました。犬はストレスを感じると飼い主の近くにいたがる傾向があるため、犬が待機している飼い主にどれだけ近づくかを測ればストレスレベルの大小を把握することができます。

この結果、厳しいしつけを受けた犬は、やさしいしつけを受けたときと比べて、飼い主の近くにいる時間が長くなりました。これは、厳しいしつけがより多くのストレスを犬に与えていることを意味します。

この実験結果から、やさしいしつけの方が犬にとってストレスが少ない上、学習効果も高いことが明らかとなったのです。

愛犬の「安心」が学習の効果を高める

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研究チームは、しつけの方法と睡眠が学習に与える影響を調査するため、以下のような実験を行いました。

実験は各犬に対して2回行われ、1回目と2回目は約1週間空けて行いました。1回目の実験では、犬はランダムに「やさしいしつけ」か「厳しいしつけ」のいずれかがふりわけられます。しつけの直後に、学習内容のテストを行ったものが先ほど示した結果です。

テスト終了後、犬たちは2時間の睡眠をとった後、再度同じ内容のテストを行い、学習の定着度を確認しました。なお、睡眠中には脳波を測定し、しつけのやり方による睡眠の質の違いについても調査しました。

1週間後の2回目では、犬は1回目と異なるしつけ方を実施されます。その後は1回目と同じく、しつけ直後のテスト、2時間の睡眠、睡眠後の再テストという流れで実験を行いました。

しつけの方法別に見ると、やさしいしつけを受けた犬は睡眠後のテストでさらに成績が向上し、約75%の正答率を示しました。一方、厳しいしつけを受けた犬は睡眠後もあまり成績が向上せず、正答率は約60%にとどまりました。

さらに犬がやさしいしつけと厳しいしつけを受けたときの順番についても、興味深い結果が得られました。最初に厳しいしつけを受けた後で、やさしいしつけを受けた犬たちは睡眠後の成績が最も大きく向上し、正答率が約80%まで上がったのです。研究者たちは、この結果が「予想外の報酬」効果によるものではないかと考えています。厳しい環境から予想外にやさしい環境に変わったことで、犬の学習意欲が高まったのかもしれません。

睡眠の質の調査でも、しつけのやり方による違いが示されました。やさしいしつけを受けた後の睡眠は、厳しいしつけを受けた後の睡眠よりも質が高く、深い睡眠(ノンレム睡眠)の割合が約15%多くなったのです。研究者たちは、やさしいしつけがストレスを軽減し、犬をリラックスさせることで、より深い睡眠を促進したのではないかとしています。反対に、厳しいしつけは犬に緊張や不安を与えた結果、浅い睡眠が増えた可能性があります。

さらにこれらの結果は、やさしいしつけが深い睡眠を生み、深い睡眠が犬の学習にとって非常に重要であることを明らかにしています。ストレスの少ない、安心できる環境で過ごし、質の良い睡眠をとることで、犬の学習能力が向上するのです。

やさしいしつけで愛犬との絆を深める

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この研究は、やさしいしつけが犬の学習効果を高めるだけでなく、睡眠の質も向上させ、それがさらなる学習能力の向上につながるという重要な点を明らかにしました。飼い主が愛犬に対してやさしく接することは、短期的な学習効果だけでなく、犬の脳の発達や記憶力の向上にも良い影響を与える可能性があります。

ただし、ここで言う「やさしいしつけ」は単なる甘やかしとは異なります。適切な「やさしいしつけ」とは、犬の良い行動に対して積極的に褒めると同時に、ルールや境界線をしっかりと設けることです。例えば、犬が指示に従ったときはしっかり褒めて報酬を与え、間違った行動をしたときは叱るのではなく、正しい行動を促すような声かけをするのがおすすめです。このようなやさしいしつけを心がけることは、効率的な学習につながるだけでなく、あなたと愛犬の信頼関係もより強いものにしてくれるでしょう。

サイエンスライター

保護猫2匹と暮らす理系ライター。猫や犬などペットとして身近な動物の研究をわかりやすく発信します。動物に関する研究は日々進んでいます。最新研究を知っておくと、きっとペットとの生活がより豊かなものになるはず。読めば人も動物もWin-Winになるような記事を書いていきたいと思います。

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