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英ブレグジット メイ首相の案が再度大差で否決 混迷深まる ー人々の声は

小林恭子ジャーナリスト
12日、英下院ではメイ首相の新協定案が否決された(撮影筆者)

 英国の欧州連合(EU)からの離脱予定日(29日)を間近に控え、昨年11月にメイ首相とEU側が合意した、離脱条件を決める「離脱協定案」修正版が、12日、下院で大差で否決された。1月中旬に否決された、修正前の協定案ほどには差が開かなかったものの、2度も否決された上に代案がまとまっておらず、議会の混迷が深まっている。場合によっては、「離脱なし」あるいは、離脱条件を決めずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も否定できない。

 前回の離脱協定案は下院(定数650)の賛成が202、反対が432(その差は230)。今回は賛成242、反対391(同149)だ。

「バックストップ」が問題に

 当初案で大きな問題になったのが、北アイルランドを保護するための「バックストップ(安全策)」だ。

 北アイルランドとアイルランド共和国は地続きになっている。今は歴史的な経緯や英国もアイルランドもEU加盟国なので、国境検査がない。しかし、いったん英国がEUを離脱してしまえば、EUの関税同盟や単一市場という仕組みが英国には適用されなくなるから、国境検査が必要になる。

 もし国境検査が再開したら、1960年代から続いた「北アイルランド紛争」(プロテスタント教徒とカトリック教徒の住民同士による紛争。1998年の「ベルファスト合意」で和平実現)が再発するのではないかという危惧がある。(詳しくはこちらをご参照 EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド

 そこで、通常の国境検査を設けないようにするには、どうするか?と頭を絞って考えだされたのが、バックストップである。

 例えば、政府案(当初案)では離脱までの「移行期間」(2020年12月31日まで。延長可能)の終了までに長期的な通商関係がまとまらない場合は、緊急措置として、EUとの間に一時的な一種の関税同盟を結ぶと同時に北アイルランドのみは単一市場参加により近い状態に置く。

 しかし、この時、問題視されたのが、このバックストップを解消したい場合、「双方の合意が必要」としている点だ。もし英国側が解消したいと思っても、EUが「ノー」と言えば、抜けられない。「永遠に」EUのルール(一種の関税同盟や単一市場)に従うことになりかねない。

 EU側もメイ首相も、「これはあくまで、緊急策だから、通常は適用されない」と繰り返しても、与党保守党内の離脱強硬派が大反対。

 EU加盟時と全く同じ状態を要求する最大野党労働党も、この離脱協定案に反対した。

メイ首相はEUに掛け合ったが

 1月15日、最初の離脱協定案が下院で大否決されると、メイ首相はすぐに「バックストップを何とかする」と言って、EUとの交渉を開始した。

 今月11日、EUから新たな合意を取り付けたメイ首相。翌12日、下院に「新協定案」を出したものの、これもまたけんもほろろに否決されてしまった。

 なぜ否決されたかというと、一言でいえば「前の協定案とほとんど変わらなかった」からだ。

 離脱強硬派が求めたのは、英国がEUからの合意を必要とせずにバックストップを解消できる、法的拘束力がある権利だった。

 メイ首相がEU側と新たに合意した文書の1つが、「法的拘束力のある共同文書」。これによって、EUが英国の意思に反してバックストップを続けようとした場合、英国は「正式な紛争」を開始できる、とメイ首相は説明した。

 さらに、離脱協定と対になる「政治宣言」には、「共同声明」が加えられた。2020年12月までに、バックストップをこれに代わる案に変更するよう、互いに協力することを定めた。また、「一方的宣言」とされた文書によると、将来の通商関係についての交渉が決裂した場合、英国が一方的にバックストップを解消できる。

 しかし、離脱強硬派は「これでは不十分」として新協定案を否決。北アイルランドを英国のほかの地域とは別扱いしてもらいたくないとする、地域政党「民主統一党(DUP)」も反対に回った。こうして、149票の大差で、またもメイ首相は協定案に過半数の支持を得ることができないままとなった。

今後の予定は?

 これから、どうなるのか?

 まず、13日、「合意なしブレグジット」(離脱のやり方について何の取決めもなく、離脱)を支持するかどうかの採決がある。

 ちなみに、離脱条件に合意があって初めて「2020年12月までの移行期間」が有効となるので、「合意なし」では、移行期間の設定が消える。つまり、29日に「崖っぷちから飛び降りるような離脱」となる。

 恐らく、下院議員の過半数が「合意なしブレグジットは支持しない(発生させない)」ことを支持すると言われている

 これを踏まえて、14日には、EU基本条約(リスボン条約)第50条に定められた2年間の離脱交渉期間を延長するかどうかの採決が行われる。もし「延長するべき」となった場合、メイ首相はEU側に延長願いを出すことになる。

「延長」も問題含み

 さて、ここからが、英国からすると、「視界不良」となる。

 というのも、延長を認めるかどうか、認めた場合どれぐらいの期間にするのかを決めるのはEU側だからだ。しかも、英国を除く全加盟国の満場一致の合意が必要だ。また、延長を認めてもらうには、「十分な理由」がなければならない。果たして、2-3週間あるいは2-3か月延長したところで、下院が1つにまとまる可能性は・・・今のところ、かなり低い。

 代案がない中で、「離脱を止めたい」という議員の思惑や、「合意なしでも離脱」という強硬派の動きなどがあって、予断を許さない事態となっている。

 12日午後7時過ぎから始まった、メイ首相の修正協定案の採決の直前、議会の真向かいにあるパーラメント広場に集まった、離脱派・残留派の人々の声に耳を傾けてみた。

「国民の声を聞くべき」

 議会入り口の門の前で、大きな旗を持って立っていた、ナイジェルさん。EUの色、ブルーの帽子には加盟国を示す黄色の星のアップリケがついていた。プラカードには「国民の声を聞け」とあった。

ナイジェルさん(撮影筆者)
ナイジェルさん(撮影筆者)

 

 「再度、国民投票をやるべきだと思っているよ」。

 離脱は2016年の国民投票で決まった。あの時は僅差だった。「また僅差になってもいいの?」と聞くと、「いい。もしそうなったら、結果を受け入れる」。

 離脱派と残留派との亀裂が深くなるのではないか?「必ずしもそうは思わない」。議論が続く議会の方を指しながら、「政治家が誰も決められない。メイ首相もひどいものだ。誰も彼女の案を好まない」

 「メイ首相の案でいいのかどうか、離脱を規定する第50条を白紙に戻したいのかどうか、いろいろな選択肢を出して、国民に問うべきだ」。

セバスチャンさん(撮影筆者)
セバスチャンさん(撮影筆者)

  

 少し先で、パンフレットを配っていたセバスチャンさん。シャツの上には「合意なし」と書かれている。「離脱派?」と聞くと、「そうだ」。

 でも、「右派的な意味で、『合意なし』を支持するのではない。僕は左派系だ」。

 国民投票で離脱を支持したのは、保守系・右派が圧倒的だった。セバスチャンさんはずいぶん珍しい。一体なぜ、メイ首相の協定案に反対で、「合意なし」でも離脱したほうがいいと思うのだろう?

 

 「左派系はもともと、EUに懐疑的だったんだよ。巨大すぎる、官僚的すぎるから。市場経済至上主義を推進しているから」。セバスチャンさんは「Brexit: How the Nobodies Beat the Somebodies」という本(2017年)を書いた作家(セバスチャン・ヘンドリー)でもあった。

 野党労働党のジェレミー・コービン氏は左派中の左派。労働党内では残留派の声が大きいが、コービン氏は本当は離脱派なのだろうか?

 セバスチャンさんは「うーん・・・。人の心の中は分からないし、何とも言えないな」。

大きな垂れ幕を二人で持つ(撮影筆者)
大きな垂れ幕を二人で持つ(撮影筆者)

 

 「勇気を持て。やらなくてもいいんだ」という大きな垂れ幕の片方を持っている、若い女性がいた。離脱には反対だという。なぜ反対なのだろうか?「離脱でいいことはないから。悪いことばかり」。この日の採決で、離脱が遠のいたら、加盟維持派にとっては良いことになるのだろうか?「そうなるのかどうかは、よくわからない。政治家のやることは、めちゃくちゃだと思う」。

「将来のために、よく考えてくれ」

 少し先を歩くと、離脱派のグループの中で、熱い議論をしている男性たちがいた。左側の男性は、どうやらEU残留派で、右側の離脱派の男性をなぜ離脱がダメなのかを説得しているようだった。

残留派(左)が離脱派(右)を説得(撮影筆者)
残留派(左)が離脱派(右)を説得(撮影筆者)

 

 「・・・だから、よく考えてみてくれ、と言いたいんだよ」と左側の男性。「もちろん、十分考えたよ」と右側の男性。

 「いいかい、離脱か残留か、その結果は私たちだけの話じゃないんだよ。私たちの子供やその子供にも、ずっと影響が及ぶことなんだ。英国がEUから出るなんて。第2次大戦で父は戦った。欧州の平和のためだ。なのに、欧州の統合から英国がこんな形で抜けるなんて・・・」。

 右側の男性がいう。「私の父だって、戦争に行ったよ・・・」。

 二人の会話をどこかのテレビ局が撮影し出した。

「写真撮影だけならいいよ」と言ってポーズを取る男性(撮影筆者)
「写真撮影だけならいいよ」と言ってポーズを取る男性(撮影筆者)

 

 間に入っていた男性はカラフルな装いをしていた。「なぜ離脱支持なのか、教えてほしい」。男性は、ゼイゼイした声で「悪いけど、声が出ない。疲れた。朝8時からここにいるんだ」。写真なら、撮影してもよいと言われカメラを向けると、ポーズを取ってくれた。

 その先にいた男性は、英国独立党(UKIP=ユーキップ)のプラカードを持っていた。「UKIPの人ですか?」と聞いてみた。

 「違うよ」と答えた、サイモンさん。「自分はこういうデモに、今まで来たことは一度もない。国民投票では離脱に票を入れたけどね。何も持ってこなかったから、このプラカードを借りただけだ」。

サイモンさん(筆者撮影)
サイモンさん(筆者撮影)

 

 友人や知人も離脱を選んだのだろうか?「いろいろ、混じっていた。家族の間でも違うし。でも、離脱を選んだのは政治に関心が高い人だったような気がする。残留を選んだ人は、フランスに家を持っているとか、ユーロに投資したいとか、富裕な人が多かったと思う」。

 

 なぜサイモンさんは離脱を選んだのだろう?しかも、プラカードに書かれていた文句は「さっさと離脱しろ」という意味で、「合意なし離脱」を表現しているようでもある。離脱強硬派といえよう。

 「離脱に票を入れたのは、自分の国のことは自分で決めたかったからだ。国外の組織が自分の将来を決めることに耐えられなかったんだよ」。

 話が一通り終わり、ほかのUKIPのプラカードを持った人に声をかけようとしたところ、ある家族連れが前を通った。男性が先頭で、子供たちと妻らしき人が後について歩いていた。この男性が、UKIPのプラカードを持った人に向かって、「ブレグジットか。私たちのようなドイツ人にとって、まったく、あなたたちのやることは、理解できないよ」と言い捨てた。

 そんな言葉を言われた男性は、「そうかいそうかい、こっちだって、ドイツ人のやることはわからないな。離脱で、もう一緒にいなくてよくなる。アウフ・ヴィーダーセーエン(ドイツ語で「さよなら」)、だよ」と言い返した。

 

「これまでで、最高に面白い」

 少し先に、青いマントや帽子を冠った、残留支持派の小さな拠点があった。「憎悪ではなく、ケーキ」と書かれた垂れ幕があり、その上に置かれた台には、EUをテーマにしたケーキがたくさん乗っていた。「あなたも、食べなさい」と誘われた。

「憎悪ではなく、ケーキ(を食べよう)」(撮影筆者)
「憎悪ではなく、ケーキ(を食べよう)」(撮影筆者)
カップケーキがたくさん(撮影筆者)
カップケーキがたくさん(撮影筆者)

 誘ってくれた女性、ケイトさんに話を聞いてみた。

ケイトさん(筆者撮影)
ケイトさん(筆者撮影)

 「国民投票の時は、みんなあまり、離脱で何が起きるかということを深く考えずに、投票したような気がする」。ケイトさんはどちらに投票したかを言わなかったが、もしかして、離脱に投票し、今は残留を支持しているのかもしれなかった。

 「1970年代には、EC(後のEU)に加盟し続けるかどうかの国民投票があった。自分はその時は投票しなかったけど、きっと、もし投票していたら、離脱を選んでいたんじゃないかな」。

 しかし、3年前の国民投票が終わってから、「みんなが離脱でどんな悪いことがおきるのか、今はだんだんわかってきたと思う。だから、もう一度、国民に投票の機会を与えるべきだと思う」。

 ケイトさん自身、「いろいろなことを学んだ」という。「EUは貧しい地域に資金を提供している。私が今住んでいる地域もそう。いろいろ、いいことをしている」。

 その日の下院での採決はどうなると思う?国民投票の機会が増すだろうか?「分からない。誰もわかる人はない」とケイトさん。

 「でも、60年生きてきて、今が一番、政治の動きが面白い。歴史的な瞬間にいる、と思っている」。

 13日も、14日も、パーラメント広場付近には離脱派、残留派の支持者がたくさん集まりそうだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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