「香港は中国共産党が嫌う全てのものを体現している」香港最後の総督が英中黄金時代を痛烈に批判
[ロンドン発]中国の香港国家安全法導入問題で、香港最後の総督(在任1992~97年)を務めたクリストファー・パッテン英オックスフォード大学名誉総長が、英与党・保守党の支持者と草の根保守主義者の言論フォーラム「コンサーバティブホーム」のインタビューに応じています。
パッテン氏は元保守党左派の政治家で、保守党幹事長だった92年、総選挙に落選し、香港総督に任命されました。欧州統合を支持する穏健派で、対米関係を絶対視するマーガレット・サッチャー首相(在任1979~90年)や現在の欧州連合(EU)離脱強硬派とも一線を画しています。
97年の香港返還以来、一貫して中国の台頭に対して慎重な見方を示してきたパッテン氏はいま世界中のメディアに引っ張りだこ。取材を申し込んでもなかなか応じてもらえないので「コンサーバティブホーム」のインタビューを分析してみました。
中国を危険と考え始めたのはいつ?
パッテン氏「1989年6月の天安門事件を知らせる外交公電を見た時、もし仮にそれが、軍が自国民に向けて発砲するということを意味しているのなら、中国共産党指導部の一部による権力の座を保持する絶対的な決意の表れだと考えた」
「香港返還後、全てが変わったのは習近平国家主席が現れてからだ。習氏が選ばれたのは、中国共産党重慶市委員会書記だった薄熙来氏がクーデターを計画(2012年に失脚)していると中国共産党指導部が考えたことが一部にあると私は考えている」
(筆者注)中国共産党の行動原理は中国共産党一党支配という体制をどんな手段を使ってでも守るという防衛本能に基づいているとパッテン氏は考えています。胡錦濤時代(2002~12年)にそのタガが大きく緩んだとして、習氏が引き締めのため選ばれたというのです。
パッテン氏が危機感をさらに強めたのは2013年の「第9文書」と呼ばれる内部文書を目にしてからです。この中で7つの危険な西洋的価値が列挙されています。
(1)立憲民主制
(2)自由や民主主義、人権など普遍的価値
(3)市民社会
(4)市場原理を重視する新自由主義
(5)報道の自由
(6)中国共産党による中国建国の歴史に対するニヒリズム
(7)中国独特の社会主義に対する疑問
中国共産党が体制を維持するために、自分たちを脅かす全ての思想や信条を敵視しています。だから西側陣営の私たちが中国を敵視せず、中国との冷戦を望んでいなかったとしても「中国が私たちを敵とみなしていることが問題を引き起こす」とパッテン氏は断言します。
習体制が自由と民主主義、人権、法の支配、自由経済を、中国共産党支配を脅かす危険な敵だと見ていたら、チベット自治区や新疆ウイグル自治区、天安門事件で起きた悲劇が香港や台湾、南シナ海、そして東シナ海でも繰り返される恐れがあるということです。
「香港は中国共産党が嫌う全てのものを体現している」とパッテン氏は指摘しています。
2015年の「英中黄金時代」をどう総括するか?
パッテン氏「中国によるいじめの黄金時代になったのは間違いない。他国と協力しなければならないにしても中国にもっと厳しく対応しなければならない。中国は黄金時代の見返りにイングランド北部や同中部シェフィールドへの巨額投資を約束したが、そんなものは起きなかった」
「駐英中国大使があらゆる機会に略奪やいじめのために英中黄金時代というスローガンを使っただけだ。ドイツが、自国のロボット産業に対する中国の略奪的投資について神経質になっている理由をイギリスも考えた方がいい」
(筆者注)ベルリンにある研究機関、メルカトル中国研究センター(Merics)によると、2000年から昨年にかけ中国が欧州各国に対して行った直接投資(FDI)は次の通りです。
イギリス503億ユーロ(約6兆1200億円)
ドイツ227億ユーロ(約2兆7600億円)
イタリア159億ユーロ(約1兆9300億円)
フランス144億ユーロ(約1兆7500億円)
フィンランド120億ユーロ(約1兆4600億円)
オランダ102億ユーロ(約1兆2400億円)
イギリスとドイツへの投資が大きいのは経済規模が大きい上、投資価値のある企業や技術が多く、市場が開かれていることに関係しています。中国に対して欧州の市場は開かれているのに、中国の市場が同じように開かれているわけではありません。
研究開発力のあるイギリスの大学から軍事転用可能な最先端技術が中国人留学生を通じてリアルタイムで中国に流出しています。
さらに新型コロナウイルス・パンデミックでは感染防護のためのN95マスク一つとっても中国抜きではつくれなくなったことが浮き彫りになりました。中国は世界のサプライチェーンにガッチリと組み込まれています。
英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサエティー(HJS)がアングロサクソン5カ国の電子スパイ同盟「ファイブアイズ」のサプライチェーンにおける中国依存度を調べています。例えばラップトップ型PCのサプライチェーンではこんな感じです。
オーストラリア94.3%
ニュージーランド93.1%
アメリカ92.7%
カナダ87.5%
イギリス67.6%
携帯電話のサプライチェーンは――。
カナダ77.6%
オーストラリア74.9%
アメリカ72.5%
ニュージーランド67.3%
イギリス61.2%
30年前の天安門事件の時は西側が中国に対して経済制裁を加えることで中国に西側の自由と人権、法の支配、自由経済に従わせることができました。当時、中国経済の世界に占める割合は2%未満でしたが、現在は約20%まで急拡大しています。
中国はもう西側に気兼ねしないで行動できると考え出しているようです。
西側諸国は何をなすべきか?
パッテン氏「これは英保守党の問題だけではない。あらゆる分野で中国との関係を検討すべきだ。貿易、教育、投資、安全保障、中国がどこでルールをねじ曲げているのかを見ること、サプライチェーン、戦略的産業の独立性を明らかにして、行動する必要がある」
(筆者注)安倍晋三首相は10日の衆院予算委員会で、中国の香港国家安全法導入問題を受け「一国二制度を前提に、声明を発出する考え方の下に先進7カ国(G7)の中で日本がリードしていきたい」と意気込みを述べました。
筆者はアングロサクソン系のアメリカやイギリス、カナダと連携した動きとみています。
西側諸国を代表するG7はアングロサクソン3カ国と欧州の独仏伊に意見が割れがちで、どちらにも属さない日本が仲を取り持つのは、欧州でドナルド・トランプ米大統領への反発が強まる中、外交上、非常に意義があることです。
西側のプラットフォームであるG7や北大西洋条約機構(NATO)、ファイブアイズをフル活用して中国に対し、香港の「一国二制度」と「高度な自治」を維持するよう働きかけ、新型コロナウイルスのゲノム情報を全て開示し起源の確定に協力するよう迫っていかなければなりません。
中国共産党はあらゆる手段を講じて西側諸国を分断し、揺さぶりをかけて、最後は支配します。日本でも鼻薬を嗅がされ、知らず知らずのうちに中国共産党の「有益な愚か者」として利用されている政治家、企業家、大学関係者は少なくありません。
自分の利益だけを優先して自由と民主主義、法の支配、人権をないがしろにしていいわけがありません。日本でも超党派の議員で中国が関わる全ての問題を詳らかにして公に議論し、国民に知らせるプラットフォームをつくることが重要です。
日本も、穏健でリベラルな保守主義者パッテン氏の警鐘に耳を閉ざしてはならないと思います。
クリストファー・パッテン氏
1944年生まれ。英オックスフォード大学で近代史を学ぶ。66年保守党調査局入り。74年史上最年少の調査局長に抜擢。79年下院議員に当選。89年環境相。90年に保守党幹事長。92~97年香港総督。99~2004年欧州委員会の対外関係担当欧州委員、03年からオックスフォード大学名誉総長。
(おわり)