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合成麻薬所持の沢尻エリカ容疑者を責める前に MDMAで2人の息子を失った父親が出した意外な答えとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
沢尻エリカ容疑者(写真:ロイター/アフロ)

英国では「パーティードラッグ」の死者急増

[ロンドン発]自宅マンションで「パーティードラッグ」と呼ばれる合成麻薬MDMAを含む粉末約90ミリグラムを所持していた麻薬取締法違反容疑で逮捕・送検された人気女優、沢尻エリカ容疑者(33)の勾留期限が来月6日まで10日間延長されました。

明智光秀を主人公としたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」に出演する予定だった沢尻容疑者の逮捕で、来年1月5日の初回放送を2週間延期し、川口春奈さんが代役を務めるなど衝撃が走りました。芸能人やスポーツ選手、そして社会に広がる薬物汚染にどう対処すれば良いのでしょう。

英イングランド・ウェールズでは昨年、薬物使用で4359人が亡くなりました。1年で16%も増えたのは1993年以来初めて。MDMA使用による死者は下のグラフのように急増しており、昨年は92人、このうち27人は未成年でした。

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1錠340ミリグラムの「スーパーピル」も

「エクスタシー」「モリー」と呼ばれるMDMA(メチレンジオキシメタンフェタミン)はもともと白い粉末で、錠剤やカプセル剤の形で密売され、口から飲み込みます。粉末にして吸引することも可能です。興奮と軽い幻覚作用があり、英国の若者には大麻に次いで人気の薬物です。

薬物被害防止サイト「ドラッグワイズ」によると、昔は1錠50~80ミリグラムでしたが、最近では平均で125ミリグラムの錠剤が出回っています。270~340ミリグラムの「スーパーピル」もあります。5ポンド(約700円)で手に入りますが、所持には禁錮7年、頒布には終身刑が科せられます。

MDMAを使用して踊り続けて熱中症で急死したり、飲酒とMDMAの作用で交通事故を起こして死亡したりすることが多く、他の薬物との併用で亡くなるケースも目立ちます。過剰摂取による死亡例はそれほど多くなく、気をつければ摂取死という悲劇は防げるそうです。

グレートブリテン島とアイルランド島の間にあるマン島で暮らすレイ・レイクマン氏(69)は2014年11月に愛する息子2人を一度に失いました。MDMAの過剰摂取が原因でした。そのレイクマン氏に電話で沢尻容疑者の事件についてインタビューしました。

「MDMAは危険な薬物だから禁止されるべきだと人々が考えることは理解できます。私ほどその危険性について知っている人はいないでしょう。しかし世界中で何百万人の人が使用しているのも事実です。誰かを逮捕してみたところで、それを止めることはできないのです」

6倍以上のMDMAを摂取して急死した2人の息子

レイクマン氏には、ロンドンのホテルで働きながらギタリストの夢を追いかけるジャックさん(当時20歳)と、ウェールズのアベリストウィス大学2年生で天体物理学を学ぶトリンさん(同19歳)の2人の息子がいました。

ジャックさん(右)とトリンさん(左、anyoneschild.org提供)
ジャックさん(右)とトリンさん(左、anyoneschild.org提供)

ジャックさんの仕事でクリスマスを初めて別々に過ごすことになった2人はマンチェスター・ユナイテッドの試合を本拠地のオールド・トラフォードで一緒に観戦するため金曜の夜、ボルトンのパブ(大衆酒場)で落ち合いました。ウォッカ2本とチューインガムをバーで購入する2人の姿が防犯カメラに残されていました。

2人がホテルの部屋で死んでいるのが見つかったのは月曜の昼過ぎ。ジャックさんは通常の6倍、トリンさんはそれ以上のMDMAを摂取していたことが検視の結果、分かりました。MDMAはトリンさんがダークウェブを通じて密売人から入手したもので、その密売人は後に逮捕され、16年の禁固刑に服しています。

ジャックさんとトリンさんがどうしてMDMAを使用したのか、どうしたら2人の死を防げたのか、レイクマン氏は考えます。その結果、自分でも信じられなかった結論に達します。

「薬物の禁止で死亡事故が防げるのなら、もちろん支持します。しかし、うまく機能していないのが現状で、逆に死の危険を膨らませています。本当に若者たちの命を救いたいのなら安全に使える薬物は合法化して教育と適切な規制をしていくべきではないのでしょうか」

厳罰主義が犯罪と死亡事故を助長する

「アルコール、カフェイン、ニコチン、糖質にせよ、健康に良くなくてもレクレーションのために摂取することが認められています。安全に使用できる薬物を違法として厳罰主義で臨むことで逆に犯罪の温床となり、危険をさらに増してしまっているのです」

90年代に取り締まりを強化したにもかかわらず薬物汚染の拡大を防げなかったポルトガルでは01年から薬物の使用や所持を違法とし続ける一方で、10日分以内の薬物所持なら処罰するより治療や更生、社会復帰に力を入れるようになったのです。

「密売人は金儲けだけに関心があり、薬物がどのように危険で、どれほど強いのか使用者に教えることに興味がありません。息子らの世代がどうしてMDMAを使用するのか理解することから始めなければならない。MDMAは陶酔感を作り出し、仲間内の共感を生み出します」

闇市場を流通している薬物にはどんなものが混じっているか分からないのです。「息子たちの死をアンラッキーで済ましてはいけないと思います」。レイクマン氏は今の状況は薬物に対する十分な知識のない若者たちにロシアンルーレットをさせているのと同じだと言います。

レイクマン氏とジャックさん(右)、トリンさん(左、anyoneschild.org提供)
レイクマン氏とジャックさん(右)、トリンさん(左、anyoneschild.org提供)

レイクマン氏は薬物被害防止団体「あなたの子供も より安全な薬物コントロールを求める家族の会(anyoneschild.org)」を通じて啓蒙活動を続けています。2人の息子の悲劇を繰り返さないようにするためです。

若さゆえの好奇心や冒険心もあるでしょう。しかし、あんなに強そうに見える清原和博氏も覚せい剤取締法違反で有罪になり、執行猶予中です。人間誰しも心の中は意外と脆いものです。そこに薬物の誘惑が忍び込んできます。

法律だけでなく社会も薬物常習者に厳罰主義で臨んでしまうと更生や社会復帰の道を閉ざしてしまいます。沢尻容疑者を責める前に私たちはレイクマン氏の話にも耳を傾ける必要があるようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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