98人が亡くなった介護施設 ニューヨークに長く住む日本人が無関心でいられない事情 新型コロナウイルス
新型コロナウイルスは抵抗力のない高齢者を容赦なく襲い、尊い命が奪われ続けている。ニューヨーク州にある高齢者施設で亡くなった感染者は3000人を超え、州全体の死者の実に約2割に当たる。
705床ある介護付きナーシングホームの「イザベラセンター」では、死因が感染かその疑いで98人が亡くなり、他に類を見ない多さだった。このセンターは併設の高齢者用住居(アパート)が日本人に人気で、かつて日本の総領事館から表彰もされている。ニューヨークに住む年配の日本人の中には「ついのすみか」として考える人も少なくない。
昨秋行われた見学会でも「静かでいい所」と参加者に好評だった。感染拡大を避けるために入居者の家族すら出入りできない現状、施設はどうなっているだろうか。
アパートの4割は日系
「いい所ね」
「素敵な眺め」
2019年9月、マンハッタン区の北方にあるイザベラセンターに20人ほどの日本人が集まった。本人や家族が、センターに併設の高齢者専用アパート「イザベラハウス」への入居を検討するための見学会に参加するためだ。
入り口脇の広い集会室には日本人形、食堂では日によってみそ汁が出るなど、日本人仕様のしつらえや食事が用意され、日本人スタッフも複数働いている。70超あるイザベラハウスの居室の4割は日本人・日系人が占めるそうだ。ニューヨークで名を上げた日本人の先達も暮らしてきた。
「マンハッタン島の北端に近いけど、バスや電車1本で中心街に出られますので。川を挟んで隣のニュージャージーの日系スーパーにも行きやすいですよ」と施設の日本人スタッフは交通の利便性をアピールしていた。「角部屋の眺めが本当に素晴らしいんです」とも話し、窓を指さす。なるほど見晴らしが良い。
1世紀を超す歴史
イザベラセンターは1875年創立で1世紀超の歴史を持つ高齢者施設。705床の介護施設(ナーシングホーム)と居住用のイザベラハウスのほか、リハビリ施設や各種ケアを取り揃えている。
1990年代に運営者と親しい日系人がいた関係で、入居者として多くの日本人を紹介したことが、今に続く日本人・日系人比率の高さにつながっている。他にはドミニカ共和国の出身者も目立つそうだが、日本人の多さは際立つ。
さまざまな健康増進のプログラムも用意され、月曜は太極拳、火曜はフラダンス、金曜はヨガなど曜日によって異なる。仏教やキリスト教、ユダヤ教など各宗教に合わせたサービスもある。よくあるパターンは、良好な健康状態の人がイザベラハウスに入り、仮に老衰が進んだ場合にナーシングホームに移るといったケースだという。
以前の見学会でも
ー12階の1寝室に住んでいる幸恵クラークさんの居間の窓からは、イーストリバーとハドソンリバーが見渡せる。「快適です」と幸恵さんは話す。
ー「ここに住んでいると何の不安もないですから。寝たっきりになってもデイケア、ハウスケアサービスも受けられるので安心感があります」とすっかり気に入った様子だ。多くの友人もでき、「毎日が楽しくて」と話していた。
(2006年6月30日「よみタイムVol.43 快適な老後の生活を 「イザベラ・ハウス」を視察 -日系人会-」より抜粋)
といった声が寄せられていた。そうした評判が評判を呼び、入居を希望する日本人・日系人は後を絶たない。順番待ちのケースも少なくないそうだ。
イザベラハウスは12~17階でどこも眺望が良い。スタジオと呼ばれる部屋は370平方フィート(約34平方メートル)のタイプで、月2500ドル(約26万円、2019年1月時点)、1日2食などのサービスが付く。
眺めの良さ、交通の便の良さに加え、「家族が気軽に来られるのもポイント」とも話していた。日本人スタッフが多く、ニューヨークにいながら日本らしい老後の暮らしを送れる、稀有な存在として日系コミュニティーに重宝されてきた。
2014年にはニューヨークの日本総領事館から、
ニューヨークには,ロサンゼルス,上海に次いで多数の日本人・日系人が居住しており,近年,ニューヨーク及びその周辺地域の日本人・日系人の高齢化が進み,同地域における高齢者問題対策は喫緊の課題である。
(中略)
早くから日本人・日系人高齢者の受け入れに尽力してきた。日本人・日系人高齢者の増加に伴い,日本人アシスタント4名を雇用するなど,日本語でのきめ細かいサービスの提供に努めている
として、イザベラセンターが在外公館長表彰を受けた。
深刻な高齢者施設での感染
しかし今、コロナウイルスの感染拡大を受け、家族であっても訪問ができない状態が続いている。
イザベラセンターのフェイスブックでは、
といったコメントも寄せられていた。
イザベラセンターによると、4月29日時点で、亡くなった98人のうち46人がコロナウイルス陽性で、52人が感染が疑われるという。
高齢者施設での集団感染は以前から懸念されていたが、4月半ばにニュージャージーの老人ホームで上限4人の遺体安置所から収容しきれなかった17人の遺体が見つかり、問題性があらためて注目された。その後ニューヨーク州もデータを公表し、コロナウイルスによる州全体の死亡者のおよそ4人に1人が高齢者施設で死亡している事実が明らかとなった。
ヒーローが働いている
イザベラセンターは苦しい状況下、一線で働く職員らをツイッターやフェイスブックで紹介して励ましている。「ヒーローたちが働いています」
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昨秋の見学会に参加した日本人の間では、「順番待ちはどのぐらいかな」とか「ここに決めようかしら」とイザベラハウスでの暮らしに胸を膨らませる声が聞かれた。このようなパンデミックの煽りを受けることになろうとは誰が予想しただろうか。
見学時、入居者には笑顔が多く見られ、スタッフも友好的で感じの良い施設という印象を受けていた。
何とかこの苦境を乗り越えられますように――。
(※写真は2019年9月に筆者撮影)